第14話 貶める


「エリザさん、このデータを師団長に送ってもらえますか?」


 渡された紙の内容を魔法に変換し、師団長に宛てて伝達魔法を飛ばした。もう何時間もぶっ通しで机に向かっていたので、クロストにも濃い疲労の色が見える。エリザは自分がまとめた書類を手渡しながら、彼に話しかけた。


「クロスト補佐官、少し休憩しませんか? コーヒーでも淹れてきますので」


「あ、ああ……ハイ。頼みます」


 疲れ切って嫌味を言う余裕もないのかクロストから素直な返事がくる。彼はただ机に向かっているだけのように見えるが、魔法を駆使して普通の人の十倍速く情報処理をしている。その分、疲労が大きいと聞いたことがあるので、余計なお世話と思いながらも休憩を申し出てみた。


「どうぞ。砂糖は勝手に入れました」

「……どうも」


 甘すぎるくらいのコーヒーを手渡すと、複雑そうな顔をしながらも軽く礼を述べる。


「どうして砂糖を入れたんですか?」

「情報処理の魔法は脳が疲弊するから糖分が欲しくなると聞きましたので」


 クロストは、三次元魔法と呼ばれる情報を立体的に組み直すことができる特殊な魔法を使える。この能力は、情報の分析が格段に進むだけでなく、地図や内部構造を立体に起こしたものを他人に渡すことができるため、現場での捜査にも非常に役立っている。

 彼は元文武官で戦いには不向きなのだが、この能力を買われて師団長が引き抜いてきたのだときいたことがある。

その話を聞かされた時に、ついでにクロストの飲み物は脳を回すためにいつも激甘なのだとも教えられたのを思い出したのだ。

 普通なら嫌がらせと思われそうなほどの甘さだが、おそらく今はこれくらいの砂糖を欲しているはずだ。

まあどうせ余計なお世話だとか、甘すぎるとか言われるかと予想していたが、返ってきた言葉は意外なものだった。


「……エリザさんが部隊に加わると作戦がスムーズに進むと言われている理由は、きっとこういうところにあるんでしょうね」


 突然誉め言葉が飛び出してきて、びっくりしてクロストの顔を仰ぎ見る。


「補佐官からお褒めの言葉をいただけるとは思いませんでした。てっきり私の仕事ぶりが不満で、早く辞めてほしいのかと……」


「エリザさんが優秀な魔術師であるのは皆が認める事実です。でも、どれだけ優秀でもやはりあなたは女性なんです。師団長はあなたを男と同等に扱っていますが、それはやはり正しくないと私は思っているからです」


「でも、今どきは女性が働くのなんて当たり前になっています。現場捜査を希望したのは私の意思でもあるので、女だからって区別せず働かせてくれる師団長に私は感謝していますよ」


 事務方ではお金が稼げないし、という言葉はさすがに飲み込んだ。

 クロストが嫌味を言ってくるのは、危険な現場にでるエリザを気遣っての遠回しな気遣いだったようだ。年寄りみたいなことを言うなあと思わないでもないが、魔力持ちであることも含め、怪我でもして子供が産めなくなったらどうするなどという言葉を気遣いとしていう人もいるので、彼の気遣いも分からないでもない。


「ああ、あなたは士官学校に通う恋人のためにお金が必要だから、危険な任務にも手を上げていたんでしたっけ。そこまでしてその恋人をつなぎとめておきたかったんですか? だったらあなたは魔術師として名を上げるべきではなかった」


「……どういう意味です?」


「優れた魔力持ちの女性は結婚相手として引く手あまたです。そしてあなたが魔術師として成果を上げれば上げるほど、その恋人との結婚は難しくなるとは思いませんでしたか?」

「え……いや」


 そんな風に考えたことはなかった。

下位とはいえ貴族である以上、政略結婚が避けられない場合もあるとは考えていた。

だがエリザは魔術師団員という肩書があり自分で身を立てているから、政略結婚をしなくて済むと思っていた。

実際、師団長が勧誘してきた時も、魔法師団に入れば自分で人生を選べる地位を得られるとアドバイスを受けたから、ずっとそれを信じていた。


だからエリザが魔法師団で働き続け、フィルも無事士官になれれば両親もエリザに文句を言えなくなると思ったからこそ、彼を支援してきたのだ。だがクロストによるとそれは全くの間違いだったという。


「あなたの名が貴族のあいだに知れ渡ってしまった以上、あなたの結婚には確実に貴族連が口出しをしてくるはずです。平民の士官と結婚なんて許されないでしょうから、あらゆる手を使って阻止されるでしょう」


 クロストから指摘されて、めまいがする。

フィルの学費のために危険任務も積極的に引き受け必死に働いた結果が、彼との関係の破綻につながるとは思いもしなかった。


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