第13話 真実はわからぬまま


「お前のカレシ、あ、もう別れたんだっけ? 士官学校はその元カレがいたところだよなあ。もう辞めたみたいだけどな」


 士官学校の生徒から噂が広まったというのなら、フィルの仕業だとしか考えようがない。


……だが、なぜそんな噂を広める必要がある? 


彼の友人のように『金蔓』だと言われるならまだ分かる。師団長の愛人になっているなどと言い出す意味も理由も分からない。そもそもフィルには基本的に仕事の話はしないため、彼は師団長が誰でどんな人かも知らないはずだ。


 答えを求めて師団長の顔を仰ぎ見るが、彼はもう他へ指示を出してわざとらしくエリザの視線を無視した。

ということは、その噂の出所がフィルだと師団長は判断しているのだろう。

 フィルがどんな目的でそんな噂を言いふらしたのか分からないが、エリザの立場を悪くしてやろうという悪意を感じられる。

 どうしてそんなことを……と理由を考えると、ふと嫌な結論にたどり着く。


「……魔法師団に、いられなくするため?」


 師団長は根拠のない噂などに踊らされるタイプではないから、これまで特に影響はなかったが、本来ならこんな噂がたったら原因となっているエリザを他部署に移すなどの対処をしてもおかしくなかった。

 だが、そうだとしたら何故フィルがエリザを左遷させるようとするのかが分からない。

彼が学費のほかに教材費やら研修費など要求してくる金額を払えているのは、師団の給与に加え危険手当があるおかげだ。

恋人でなく金蔓というのなら、エリザが師団から移動になっては都合が悪いはずだ。それなら別の目的があったのか……そもそもフィルが噂の発信者であるという推測が間違っているのか。

 考え事をしながら歩いているうちに、目的のアジトに到着してしまったのでそこで思考は途切れた。


 

 踏み込んだアジトは、すでに逃亡された後で室内は嵐の後のように荒れ果てていた。

よっぽど慌てて出て行ったのか、重要なもの以外はもっていく余裕がなかったらしく様々な残留物が室内のいたるところに散らかっていた。

 そのなかでも、書類は汚して証拠隠滅したつもりのようだったが、浄化魔法で汚れ部分を除去できるので内容を読み取るのは容易だった。

そのほか、何かの指示書が引き出しの奥でぐしゃぐしゃになった紙も発見できた。恐らく見落として回収しそびれたのだろう。イニシャルと数、そして数字が走り書きされているものや、不規則な文字と数字の羅列が書かれたものもある。


「これは販売先の情報でしょうか。後に続く数字は……なんでしょう、金額とかですかね? こっちの紙は受け渡し方法が書かれています。アジトでブツを受け取った者と販売する者は替えて、金を運ぶのもまた別にすること……手下が捕まっても、アジトまでたどれないように人を経由するようにと指示を出していたようですね」


これまで調査を進めても、捕まるのは下っ端だけで、運ぶだけの仕事を頼まれたとかひとつの役割しか請け負っておらず、指示を出している者もまた人を経由しているので、元締めを押さえることができずにいた。

メモ書きを師団長に渡すと、隣にいたクロスト補佐官がエリザの推測にダメ出しをしてくる。


「販売先ではなく、運び屋の情報でしょう。数字の並びは、おそらく住所ですね。王都の地図が頭に入っていればすぐに分かるでしょうに、まったく……」


 適当なことを言うなと怒られ反論できず、すみませんと謝罪するしかない。クロスト補佐官はそんなエリザを無視して横を向いていた。



 アジトでは、他にも薬が入っていたと思われる空の瓶が残っていて、その場で簡易検査をすると、昨日見つかった薬物と同じものである可能性が高いとの結果が出た。

 これでこのアジトで見つかったメモ書きが、薬の運搬方法の情報でまず間違いないだろうと師団長が判断し、次はメモにある運び屋を特定し捕まえると団員に指示を出す。


 アジトの調査が終わり、ひとまず事務所へと戻る。

待機していたほかのメンバーと情報を共有して、師団長がメモ書きにある運び屋の特定と確保にメンバーを振り分けて捜査を行うよう指示を出したが、エリザは今回、事務所待機で上がって来た情報のとりまとめ役をすることになった。


「クロストが暗号の解析をするから、エリザも手の空いた時に手伝ってやってくれ」

「はい……」


 師団長は現場に出るそうなので、事務所でクロスト補佐官と二人で仕事をすることになる。さっそく気が重いけれど不満を言えるような状況ではない。


「書類の暗号と内容の称号は僕のほうでやるので、エリザさんは上がってきた情報を整理してください」

「分かりました」


 各班から新しい情報が上がってくるたびにエリザが内容を取りまとめて他の班へ伝達魔法で伝える作業をおこなう。

地味な仕事だが、魔力消費が大きい魔法のため本来ひとりで長時間できる仕事ではない。だがエリザは桁外れに豊富な魔力を有しているので、どれだけ伝達魔法を使っても魔力切れを起こすことはないと分かっているため、今回自分が事務所に残されたのだ。

 

 クロストと二人きりは気が重かったが、実際始まってみると忙しすぎてあちらもエリザに嫌味を言う暇もなく仕事に追われていた。

 この薬物の販売ルートは多数の場所を経由させて元締めを特定できないようにされているほか、取引のたびまた別の仲介者を用意するという周到さであった。

 そのため、その膨大な量の情報から、薬の経由地や保管場所、受け渡し場所から元締めへとつながる手がかりを探し出さねばならない。

 普段ならエリザに話しかけもしないクロストも、この時ばかりは協力して作業を進めた。


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