第12話 愛人疑惑


 出勤するとすでに師団のメンバーが揃って昨日の証拠品の検証を進めていた。


「エリザ、来たか。昨日の調査報告を皆にしてくれ」


 現場で昏倒していた団員もすでに全員回復していて、彼らの報告とエリザの調査内容を擦り合わせる。


「昏倒した我々は数時間後には回復しましたが、犯人たちの中には未だに正気に戻らない者もいます。商品にされていた女性のなかにも、様子がおかしい者がいるので、恐らく何か違法な薬物が日常的に使われていたのではないでしょうか」


 人身売買の組織だったが、商品の女を従順にさせるために薬物が使われていたのではないかと、ずっと潜入捜査をしていた団員は証言した。


「分析班が昨日回収された薬物と思われるものを解析した結果、以前に貴族の夜会で出回っていた薬物と同じものである可能性が高いとの報告を受けた」


 団長が言っていたとおり、昨日皆を昏倒させたのは以前から一部の貴族の間で秘密裏に流通していた薬物だったようだ。毒物兵器ではなかったことに少しほっとしつつ、被害を受けた団員の後遺症が心配になる。


「貴族の間では、お香として部屋に焚き染めて使ったり、酒に混ぜて飲んだりして使っていたらしい。皆が昏倒した原因は薬物が燃えた煙を吸い込んだことが原因だろう」

 

「人身売買の罪で捕らえた犯人たちは、その薬物を流通させている組織の末端だったということですね。意識がある者は全員自白魔法を使って情報を全て吐かせています。組織を支援しているのは、貴族である可能性が高いです」


 銀縁眼鏡をクイと押し上げながら、クロスト補佐官が自白した犯人たちの供述内容を説明する。

捕らえられたのは下っ端の人間らしく大した情報はもっていなかったが、とある夜会に商品を運んだという証言が一人の口から語られた。

証言者はただの運び屋で、貴族の名前も知らなかったが、大体の場所から一人の貴族の名前が挙げられた。


「コーデンベルク侯爵は以前から地下組織とのつながりを疑われていた人物だ。捜査妨害を受けて師団は表向き調査を打ち切ったとことになっているが、この件に関しては王命を受けて師団の特殊工作部隊が動いている」


「工作部隊……『赤狗』ですか?」


 驚いた師団員のひとりがうっかり通称を口走る。


特殊工作部隊、通称『赤狗』


魔法師団の中には、王家から勅命を受けて動く専従部隊が存在すると言われていた。内部不正の調査をする場合もあるため、彼らの存在はほとんど知らされず、師団員のエリザも噂程度にしか聞いたことがない。

赤狗の存在は秘匿されており、同じ魔法師団所属でも部隊員の顔すら知らない。赤狗という通称は、その部隊が暗殺や敵の殲滅などの血なまぐさい任務をおこなっているという噂があり、血にまみれた王家の狗……という意味で生まれたとも言われている。


「そうだ。だから我々は薬の流通経路を調べていく。今日はこれから、もうひとつのアジトへ強制捜査に向かう」


 現場に向かうメンバーには、またエリザも加えられていた。昨日の現場を見ているからという理由らしいが、危険の多い現場に女が先陣を切っていくことをよく思わない他の団員からはやや不満の声が聞こえてくる。

 皆が『女がでしゃばるな』と思っているわけではなく、ただフィジカルで男よりも劣る女性を危険な現場に出すのをよく思わないだけなのだ。

とはいえ、いつも色々言われるのはあまりいい気がしない。


「気にすんな。男の中に一人だから目立つのは仕方がない。俺はお前を性別関係なく評価している」


 アジトへ向かう道中、師団長が声をかけてくれた。

彼はエリザに魔法の才能を見出し、半ば強制的に入団させた張本人なので、こうして何かと気にかけてくれるが、そのせいで他部署からは愛人疑惑をかけられていて大変迷惑をしている。


「評価してくださるのは嬉しいですけど、だったらもっと愛人疑惑を否定して回ってくださいよ。書記官とか文官のなかで、私が体を使って上役に取り入っているとか言われてるの知ってます?」


 男性ばかりのところに女が一人いれば、下世話な想像をされるのは仕方がないことかもしれないが、関わりの薄い事務方にまでそのような見方をされ、わざわざ聞こえるように言ってくる者もいる。


「あー、知ってる知ってる。その噂、しばらく泳がせていたけど、もう出所つかんで潰したからもう気にしなくていい」


「え? そうなんですか?」


 潰した、と言われたことにも驚いたが、『体を使って』というくだらない噂も把握していたことになにより驚いた。


「噂の広がり方が不自然だったし、他部署にも女性はいるのに、色仕掛けとか一番縁遠いお前がなんで噂の標的になるのか分からなくてな。気になって出所を調べたんだ」


「出所……? どこだったんですか?」


「士官学校だったよ。学生たちが研修に来た際に、その噂を師団とはかかわりの薄い部署で積極的にしゃべっていたらしい」


 ガン、と頭を殴られたような感覚がした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る