第11話 保身のための謝罪
「エリザ、僕は多分近いうち養子に出されると思う。でも僕は……努力して士官になって身を立てるつもりだ。貴族でなくなっても、いつかエリザに見合うだけの人間になるから……いつか大人になったら結婚してくれない?」
家を出されればエリザと会うのは難しくなる。でもエリザとの約束があれば会えない間もそれを心の支えにして頑張れるからとプロポーズされた。
エリザも気持ちは同じで、もちろん将来一緒になるために頑張ろうと二人で誓い合った。
あれからフィルは他家へ養子に出されて容易に会えなくなってしまった。
それでも手紙のやりとりをしてお互いを励まし合って付き合いを続け、誕生日には使用人に頼んで両親に内緒でフィルの住土地まで連れて行ってもらい、ひっそりとお祝いをするというのを成人するまで続けていた。
両親は薄々エリザがフィルと付き合いを続けていることに気付いていたが何も言わなかったが、成人を迎えた時にはっきりと、『フィルとはもう会わないほうがいい』と注意されてしまった。
だからフィルに関することは両親に相談できるはずもなく、彼が養子先を出て士官学校に通いたいと言い出した時も、フィルと話し合ってエリザが学費を援助すると二人だけで決めてしまった。だから今も両親はエリザが給金のほとんどをフィルに渡している事実を知らない。
こうなってしまって思うのは、エリザはどこで選択を間違えたのかということだ。
エリックが言うには、エリザがフィルのことをクズに育ててしまったらしい。
確かに表面上の事実だけを述べれば、言われるがまま金を渡して彼に好き放題させたのだからそう言われても仕方がない部分もあるが、彼が士官を目指す理由やそれから努力し続けている姿を知っていたから、信頼しきっていた。
それなのにどこから間違ってしまったのか。ある頃から唐突にフィルが変わってしまったとしか言いようがない。
お前、ただの金蔓だからと言い放ち、汚いものを振り払うかのように突き飛ばしたフィルの姿が忘れられない。
あれだけのことをされてもなお、彼が変わってしまったのは何かやむにやまれぬ事情があったのではないかと心のどこかで擁護してしまう自分がいる。
怒りも悲しみもある。エリザこそ、あんな目に遭わされたのだからもう二度とフィルの顔も見たくないが、どうしても彼と過ごしてきた日々を思い出してしまう。
吹っ切るにはまだ相当時間がかかりそうだ、と未練がましい自分に呆れながらエリザは早々に眠りについた。
***
翌日、起きてダイニングに向かうとそこにはすでに簡単な朝食が用意されて男が待っていた。
おはよう、と声をかけると男は少し躊躇ったあと、エリザに謝罪してきた。
「昨日はすみません。少し無神経だったと思いまして」
言い過ぎましたと殊勝な態度で謝る男にエリザは少々驚いてしまう。なぜならこの男は出会った時からずっと無神経だったのだから、今更謝られてもどうしたらいいか分からない。
「気にしていないわ。あなたはそう思ったってだけの話だし」
何も知らないくせに、と腹を立てたのは事実だ。だが少し冷静になってみれば赤の他人なのだから知らなくて当然で、事実を並べて客観的に見ればそう思われても仕方がない。
なんだかんだ言ってこの男を連れ帰ったのは、他人からの意見で冷静になれたからというのが大きい。
「おお、それは良かった。怒らせてしまって、早速追い出されたらまた家無しになってしまうのでひとまず謝っておいて正解でした」
「本当に余計なことを言うのね。ひとまず謝るとか誠意の欠片もないじゃない」
「そりゃあ住むところを失いたくないですからね。僕はね、保身のためなら全然悪いと思っていなくとも土下座だってする男ですよ」
「要らないわそんな情報……」
謝罪はいつも言うと軽くなるから、土下座はここぞと言う場面でしか使わないんだとニコニコしながら語る男に軽蔑の目を向ける。
「そんな心のこもらない謝罪、意味ないでしょう……」
「いえいえ。人は案外、土下座までされたら許してしまうものなんですよ。人前でやれば特に、男がここまでしているのに許さないなんて酷いと周囲が味方してくれたりするので、特に効果的ですね」
「使い方が最低」
「女性のヒモをして暮らしているクズの処世術ですよ。エリザさんも安易に土下座して相手をコントロールしようとする男に気を付けてくださいね」
お前が言うなと思ったが、男の意見に納得がいく点があったのでとりあえず頷いておいた。
職業柄、犯罪者は嘘をつくものだと知っている。罪を逃れるために謝罪と恫喝を駆使する犯罪者を何人も見てきた。この男がこれまでにどんな生活を送ってきたのは分からないが、最下層で犯罪が日常的に行われる場所で暮らしていたか……身近で犯罪者を見ていたかのどちらかに思える。
「アドバイスありがとう。いってきます」
エリザの心のこもらないお礼に男はひらひらと手を振って応えた。
***
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