第25話 被害者意識


「うるせえ! 偉そうに言いやがって! 執事なんか雇いやがって、金がないって言ったのは嘘だったのかよ!」


「……ああ、そういうこと。使用人を雇っていないのを知っていたから、私が軍部に拘束されている間に侵入して偽装工作をする計画を立てたのね。残念だったわね、予定外に腕の立つ執事がいて」


 侵入に失敗したどころか、全員拘束されて証拠品まで押さえられて逆に嘘の証言をした裏付けになってしまったのだから、さぞかし悔しいだろう。


「偽装工作までして私を陥れようだなんて、どこまでクズなの……? いつからそんな腐った人間になってしまったのよ。あなたを支援し続けてきた自分が馬鹿みたいで泣きたくなるわ」


「そうやってすぐ俺を見下すからだろうが! 俺だってエリザがいなけりゃこんな惨めな人生送ってなかった! 何もかもお前のせいだ!」


「いつ、私があなたを見下したっていうのよ……」


 責任転嫁しないでと怒鳴ってやりたかったが、フィルの口から発せられた言葉が胸に突き刺さり、声が震える。


「最初から、ずっとお前に見下されてきた。魔力判定の日、エリザは皆から賞賛されてもてはやされている横で、俺は親にも見向きもされなかった。魔法師団に入ったお前が重要な任務について活躍している話を他所から聞かされるたび、格差を見せつけられて俺がどれだけ惨めな気持ちになったか分かるか? 惨めな俺に金を恵んで、お前はさぞかしいい気分だったろうな!」


「そんなわけ……」


 いい気分になったことなどない。本来雇うべき使用人すら雇えないほど生活費を切り詰めてフィルの学費その他を賄ってきた。

 金蔓だったと嘲られたうえに、それすら惨めな気持ちにさせられたと責められるのか。自分は一体どうすればよかったというのか。



 フィルと恋人になったことがそもそも間違いだったのかもしれないと、絶望的な気持ちになっていると、エリザの後ろにいたエリックがすっと前に出てきた。

 前に出てきたエリックを皆が不思議そうに見ていたが、彼はいきなり腕を振り上げ、跪いているフィルの横っ面を殴り飛ばした。


「うぐっ!」


 殴られた衝撃で憲兵に抑えられていたフィルの体が吹っ飛ぶ。エリザの突然のことであっけにとられて、ただ見ているしかできなかった。


「エリザさん」

「えっ、はい」


 急に呼びかけられてひっくり返った声で応えるエリザに彼はにこりと微笑みかけてきた。


「ヒモ男に言いたい放題させては駄目だよ。あれだけの支援を受けたことに感謝するどころか逆恨みするような奴は、ヒモの資格もありません」


「その……ヒモではなく、一応恋人だったのだけど……」


「だったら尚更あなたは怒るべきだ。恋人に金蔓呼ばわりされた時点で、ぶん殴る。それがあの時の君の最適解だよ」


「ああ……そうよね。本当に、そう」


 まったくその通りだ。どうすればよかったなんて考えるまでもない。

 フィルとは恋人だったのだから、対等な関係であるべきだった。金蔓などと嘲られた時に、殴って自分の怒りをフィルにぶつけるべきだった。なにひとつ言い返せず、黙ってあの場を去った自分は全て不正解の行動をしていたのだ。


「フィル……」


 殴られて半分意識を飛ばしているフィルにそっと呼びかける。


「私といることで惨めだと感じたなら、その時点で別れるべきだった。もう憎しみしかないのに、お金のために恋人関係を続けたのが間違いだったのよ。だからあなたが惨めな人生を送っているのは、あなた自身の責任よ」


「う、うるせえ……恵まれた環境で、何もかも持っているお前に……俺の気持ちが分かるもんか」


 彼の返答に、ああもう本当にこの人とは分かり合えないのだなと、胃の腑が冷たくなる感覚がした。


 魔法師団での任務は肉体的にも精神的にも辛いことが多く、それこそ最初の頃は体がついていかなくて陰で吐くこともあったし、悔し涙を流した時も一度や二度じゃなかった。でもフィルはエリザのそんな苦悩があったなど考えもせず、ただ「恵まれている」としか思わなかった。


 エリザは確かに魔力に恵まれた。でもだからといって自分がした努力や苦労がなかったことにされるのは許せない。


「人を羨んで逆恨みするような人の気持ちなんて分かるわけないわ。あなたみたいな最低な人と別れられてよかった」


「ふざけんな! お前が俺に振られたんだ! お前みたいなごつくて女らしくもねえ女、俺のほかに付き合ってくれる男なんかいねえからな!」


 激高したフィルは、下品な言葉でエリザを罵ってくる。これ以上聞いていられないと判断し、拳を振り上げた瞬間、師団長が先にフィルの頬をバチーンと張り飛ばした。


「黙れ。お前のお気持ちなんか誰も興味ねえんだよ。そういうのいいから、指示された計画の内容を話せ。ああ、虚偽の供述を重ねるほど罪は重くなるのをよく理解したうえで喋れよ」


 手のひらの形に真っ赤に腫れた頬を押さえて、フィルは完全に戦意喪失した表情でコクコクと頷いている。

 殴るより平手で張り飛ばされたほうが人の心を折るのに効果的なのだな……と師団長の張り手を見て感心していた。

 ふと周囲を見渡すと、師団長よりも憲兵たちが鬼のような形相でフィルを睨みつけている。彼らは師団長の手前大人しくしているが、憲兵を欺き利用しようとしたフィルに激怒していたようだ。

 本来ならこの場で報復を受ける羽目になっていただろう。今大人しくしているのは欺かれたとはいえエリザを誤認逮捕した負い目があるから師団長に任せているだけだ。

 憲兵に引き渡されるより、この場で素直に師団長の問いに答えたほうがまともな扱いを受けられると考えたのか、フィルは素直にこれまでの経緯を語り始めた。


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