第26話 正体
「こ……この計画は、上の者からの指示です。供述内容も、あらかじめ決められて、俺はエリザを共犯に仕立て上げる命令を受けていました」
わざと憲兵に捕まえられて、魔法師団員のエリザが組織幹部だと証言をするのがフィルに与えられた役目だったと言う。
フィルがエリザと恋人関係だったと言う事実と、以前からエリザには良くない噂があったせいで、軍部警察はフィルの嘘の証言を信用してしまった。
「ずいぶんと長期的な計画だったようだな? 士官学校に在籍中、エリザの悪評を広めたのも、この計画の布石だったのか?」
「あ、いや……それはむしろ、仲間がエリザの悪い噂を俺に教えてくれたんですよ。俺と付き合っているのに師団の男たちと関係を持っているって……」
「その仲間っていうのは、誰だ? 組織の人間か?」
「そうですけど、でもあいつらも元士官学校生で、研修で行った王宮で聞いた話だっていうし嘘じゃないですよ」
「それで聞いた話を鵜呑みにして、エリザに意趣返しのつもりで悪評を広めたってことか?」
「でも事実を言っただけでしょう! 俺は恋人に裏切られたんだから、何か言う権利はあるはずだ!」
「士官学校時代からの仲間という奴らの素性はすでにこちらで把握しているが、過去に士官学校に在籍した記録はない。窃盗、恐喝、売春で逮捕歴がある組織の構成員だ」
「えっ……?」
「その仲間は『仕込み』だよ。最初からエリザの恋人であるお前を組織に取り込む目的で近づいたんだ。嘘の証言をさせる役目を果たしたからもう用済みだろうけどな」
フィルは、そんなわけがない……と言いかけた口をつぐむ。思い当たる節があるのだろう。そもそも今回フィルは憲兵に捕まって嘘の証言をする指示を受けていたが、その他に逮捕された者たちの中に、その士官学校時代の仲間とやらは含まれていなかった。
フィルが嘘の証言をして捜査がかく乱されたとしても、自白魔法を使われれば嘘であることがすぐに証明されてしまう。師団と軍部は仲が悪いため、聴取に自白魔法を使われない可能性を考慮しての作戦だったのだろうが、逮捕され嘘の証言をしたフィルは確実に重罪になる。
最初から、フィルは使い捨ての駒として利用するつもりだったことが窺い知れる。
フィルを使い、エリザが組織幹部であるとの疑惑を植え付けて偽装工作が上手くいけば、師団は信用を失って組織の捜査からは外される。そうやってスケープゴートに目を向けさせている間に、本物の組織の幹部はさっさと逃げおおせるという筋書きだった。
「途中までは上手く言っていたな。エリザの容疑が晴れないうちは師団も動きが封じられるから、幹部が商品を持って行方をくらますだけの時間が稼ぐつもりだったのだろうが、あいにく師団ではその計画を把握していたんだ。幹部が潜伏しているアジトもすでに押さえてある」
師団長の言葉にその場にいた誰もが驚く。
エリザが嵌められると分かっていたのに、どうして何も教えてくれなかったのかと師団長を責める気持ちが湧いて恨みがましい目を向けてしまう。
それに気づいた師団長が、困ったように首を振る。
「悪いが俺も最初はエリザを疑っていたんだ」
「えっ! そ、そうなんですか……まあ、そうですよね……」
疑われていたと言われてショックだったが、よく考えれば恋人が地下組織の構成員だったのだから、疑われても仕方がない。
「エリザの悪い噂について調査をする過程で、お前の恋人が地下組織と関わっていると分かっていたんだ。それと共に、師団の捜査情報が組織に流れている可能性が出てきて、お前を疑わざるを得なくなった」
「捜査情報が?」
師団が組織の取引現場やアジトを押さえようと動くたび、一足遅く確保できない事案が続き、内部からの情報流出が疑われた。状況的にエリザはその容疑者として最も疑わしい人物だったため、だいぶ前から内密に調査していたのだと語られた。
「そ、それで私の疑いは晴れたんでしょうか……?」
「まあ、だいぶ前からシロだと分かっていたが、組織が仕掛けてくると思って泳がせていたんだ。内部情報が漏れた件は、調査チームの調べでお前は容疑から外れているから心配するな」
ひとまず安心してホッと息をつく。
とはいえ、地下組織の構成員と恋人関係だったことは事実なわけで、今後師団でのエリザの扱いがどうなるかは分からない。クビにはならなくとも、一度ケチの付いた魔術師など使いにくくなるから辞職を勧められるかもしれない。
もうフィルのために学費を稼ぐ必要もないのだから、辞めることになっても仕方がないと諦めがつくけれど、やはりこんな不名誉なかたちで自分の努力が無になるのは少し悲しかった。
一通りの尋問が終わり、警察からかけられていたエリザの容疑が全て晴れたところで、フィルと侵入者の三人は憲兵に引き渡された。あちらの手柄になってしまうのにいいのかと訊ねたが、運び屋なんて下っ端を捕らえても大した手柄にならないと笑って流されてしまった。
侵入者が持ち込もうとした証拠品も憲兵が回収していき、彼らは無言でエリザに頭を下げて帰っていった。
「さて、俺も軍部に苦情を言いにいくか」
「あっ、じゃあ私も……」
「馬鹿者。さすがにお前はもう休め」
師団長も報告のために一緒に軍部に行くというので、エリザも同行しようとしたが、体力的にも限界だろうと言われありがたく従った。
言われてみれば、休憩も取らせない過酷な取り調べで全く寝ていないせいで疲労がたまっている。お腹もすいているのでとにかく何か食べて休みたい。
「エリザさんお疲れ様。なんだか大変なことになっていたんだね。とりあえず何か食べるかい?」
肩すくめながらエリックが話しかけてくる。
そう、大変だった。仕事のあとに軍部警察に拘束されて、長時間圧力をかけられながら取り調べを受けて、もうへとへとだ。ベッドに飛び込んでそのまま眠りたい衝動にかられる。
でも、どうしても今確認しなければならないことがある。
「エリックさん」
呼びかけると、彼は作り笑いを浮かべて振り返る。
「ああ、それともすぐに寝たいかな? かなり疲れてそうだ」
「いえ、それよりも聞きたいことがあります」
話を遮ると、彼は眉をひそめ作り笑いをひっこめた。
「あなたは戻らなくていいんですか?」
「……えっと、どこへかな?」
「魔法師団ですよ。あなたは私を監視するために派遣された諜報員なんでしょう? もうこれで調査は終わったんじゃないですか? それともまだ私の容疑は晴れていませんか?」
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