第24話 侵入者

 突然憲兵が現れたというのに動揺もせず執事を演じているエリックを見て、エリザのほうが動揺してしまったが、憲兵たちは特に気にした様子もなくエリックを一瞥するだけで部屋に入っていく。

 だが憲兵に連れられたフィルは驚愕の表情を浮かべ、立ち止まってエリックを凝視している。


「おい、エリザ。前は使用人なんて雇ってなかっただろ……」


「あなたには関係ないことでしょう」


 一人暮らしの家に男を連れ込んでと非難されたのかと思い、苛立ちを込めて言い返したが、よく見るとフィルが妙に焦った表情をしているので、もしかして何か違う意図があったのかともう一度彼の様子を注意深く窺う。


 きょろきょろと目を泳がせて、前にいる憲兵を気にしているように見える。なんだ? と思いながらも、先にレセプションルームに足を踏み入れた憲兵から、ぎょっとした声が聞こえてきた。


「っ、おい! これは一体なんだ!」


 その声に気を取られてそちらを向いた時、フィルが踵を返して玄関に向かって駆け出した。


逃げるタイミングをうかがっていたのか、彼の隣に立っていた憲兵の手を逃れて玄関の扉に手をかけるが、その前に師団長がパチンと指を鳴らし彼に向って魔法を放つ。


「ぎゃっ!」


 バチッと火花が散ってフィルがはじかれたようにその場にひっくり返った。


「容疑者から目を離してはいけないと上官は教えてくれなかったのか?」


 師団長の嫌味にフィルの監視役だった憲兵が顔をゆがませるが、注意を怠っていたのは事実であるから、黙って頭を下げた。こちらの騒ぎに気付いた他の憲兵たちが駆けつけてきたが、フィルのことはそっちのけでエリザに食って掛かる。


「エリザ・ルインストン! あれは一体なんだ!?」


「はい? 何の話ですか?」


「とぼけるな! あちらの部屋に転がされている男たちのことだ!」


「お、男?」


 凄みをきかせて迫ってくる憲兵たちに訳が分からず引いていると、横にいたエリックがすっと割り込んできて手を挙げた。


「ああ、それ僕の仕業です。泥棒が家に入り込んできたので捕まえて縛っておきました。ちょうど通報しようとしていたところにあなた方がいらしたんですよ」


「えっ、泥棒? 大丈夫だったの?」


 さらっととんでもないことを言い出したエリックに驚愕しつつレセプションルームへ走ると、手足をまとめて奇麗に縛り上げられた男たちが三人並べられていた。


「レストルームの窓を壊して侵入してきたんです。ご丁寧に一人ずつ入ってきたから順番に捕まえました」


 すごいでしょうとエリックが呑気そうに笑うが破落戸といった風体の大柄な男たちをこの細身のエリックがどうやって捕らえたのだろうか。


「でも泥棒にしてはおかしい。こいつら何かを盗むわけでもなく、荷物を運びこもうとしていたんです」


 エリックが指示した窓から外をのぞくと、確かに木箱が数個置かれている。憲兵がさっと窓を飛び越えて箱の中身を確認すると、何かの小瓶が詰められていた。そのうちの一本を開封して憲兵が匂いを確かめる。


「……おそらく例の薬物です。押収したものもこの甘ったるい香りがしていました」


「じゃあやはりここが薬の保管場所になっていたということか」


 例の薬物がここで取引されていた証拠だと言い出した憲兵に対し、師団長が呆れた声を上げた。


「馬鹿か。運び屋が窓を壊して侵入するわけがないだろう。運び屋が一斉逮捕されて、ソイツの証言から憲兵が保管場所へ捜索に来ると分かっているのにわざわざそこに証拠品を運び込むわけがないだろう。最初から、全部仕組まれているんだよ。エリザの元カレを逮捕させて、証言して憲兵が捜索に来るまで全部あっちの筋書きどおりだ」


「はっ!? な、我々が踊らされていると!? 何を根拠に!」


 侮辱されたと感じた憲兵がカッとなって声を荒らげるが、師団長はひらひらと手を振って彼らをいなす。


「組織の幹部が逃げる時間を確保するために、スケープゴートを用意しているとの情報をつかんでいて、師団では幹部の潜伏先を調査中だったんだ。あんたら軍部警察は、その組織が用意したスカをまんまとつかまされたんだ」


 フィルが逮捕されたのは組織からの指示で、エリザが共犯であると自供し彼女が憲兵に連行されるように仕向けた。その思惑どおりにエリザが拘束された隙に運び屋が自宅に侵入し、フィルの供述どおりになるよう薬物を運び入れる算段だったのだろうと、師団長が彼を指し示すと、フィルはビクッと肩を震わせて挙動不審になる。


「お前が先ほど逃げ出そうとしたのも、侵入した仲間が捕まったと気づいたからだな? 偽装工作が失敗すればお前が嘘の証言をしたのがばれてしまうからな」


 もうつまらん言い逃れはできないぞと師団長が凄みを利かせる。

 憲兵たちも自分たちが組織のミスリードに引っかかったらしいと理解したのか、怒りのこもった目でフィルを見下ろしている。

目を逸らして震えるフィルの姿を見ていると、仮にも恋人だった相手にここまでされる自分が情けなくて涙が出そうになる。


「フィル、黙っていてもどうせ自白魔法をかけられるんだから、みっともない姿を晒す前に諦めて自白したら?」


 これ以上ないほど冷めた声で言ってやると、それまでうなだれていたフィルがガバッと顔を上げ憎しみのこもった目でエリザを睨みつけてきた。


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