第32話 告白
二人にされても、何を話したらいいか分からず目を逸らしていると、エリックがギクシャクと声をかけてくる。
「エリザさんはひとまず体を休めて。まだ薬が抜けきってないでしょう」
「あ、ありがとうございます」
水は? お茶は? 毛布は要る? と色々訊ねて気を遣ってくれているようにふるまっているが、ただ質問されないよう逃げているとしか思えない。
「大丈夫ですから、座って話をさせてください」
「う……分かった」
エリザがきつめに言うとしぶしぶ席に着いた。
「聞きたいことは山ほどありますけど……まず、正体がばれた時にどうしてなにも説明しないでいなくなってしまったんですか? 状況的に私に内偵がついてもしょうがなかったと思いますし、私のために調査に入ってくれた事情を説明してくれれば……」
あれだけ疑わしい要素が揃っていたのだから、警察がしたように即投獄でもおかしくなかった。師団長の言うとおり、エリックが内偵にはいってくれたおかげで冤罪を免れたのだ。感謝こそすれ、恨むなどありえない。
あの時もちゃんとエリザの嫌疑を晴らすためだったと説明されればすぐに納得できたはずだ。それなのにエリックは何も告げずにいなくなることを選んだ。
今回も含め、何も知らされずただ守られていたことにあの日からずっと胸の中がモヤモヤして落ち着かない。
その気持ちをぶつけるように、やや恨みがましい言い方になってしまったせいか、エリックは難しそうな顔をして額を押さえうつむいてしまった。
「ずっと嘘をついていた相手から、あなたを助けるためだったなどと言われたって、信じられるわけがないだろう? そもそも、騙したのは事実だ。その騙した相手に理解を求めるつもりはないよ」
「でも、それは……任務で……」
「そうだ。僕は任務で君に近づいた。だから任務が終わったから離れた。それだけのことさ」
「じゃあ、だったらどうしてまた助けてくれたんですか? 離れたあとも、ずっと見守ってくれていたんじゃないんですか?」
「……違う」
エリザの疑いが晴れたなら、もう近くで見張る必要もないはずだ。それなのにあのタイミングで駆けつけてくれたのは、任務が終わっても気にかけてくれていたからではないのか。
「……じゃあどうして、騙すつもりの相手に、任務だけで近づいた相手に、あなたの本名を告げたんですか?」
師団長が彼のことをエリックと呼んでいたから、潜入捜査用の偽名ではなく本当の名前だと思いカマをかけてみたら、当たりだったらしく、ハッとしたように息を呑んだ。
出会いも身元も、全て任務のために作られた設定なのに、どうしてか彼は本名をエリザに告げた。わざと偽名みたいな言い方をして、本名を告げた理由はなんなのか。それが本当のことを明かせない彼の、精いっぱいの誠意だったのではないかとエリザは感じた。
そう告げると、エリックの瞳が揺れた。
「誠意とか、そんな奇麗なものじゃないよ。ただ、君には……本当の名で呼ばれたかっただけだ」
「私に、名前を? どうして……」
「どうしてって、師団長の言ったとおりさ。みっともないから隠し通して終わりにしたかったのに、そんなふうに問い詰められたら嘘もつけないじゃないか……」
一瞬なんのことか分からず首をかしげたが、すぐにハッと思い至る。
「え、え、それって、師団長の勘違いって言いましたよね?」
惚れた女、というのは冗談のはずだ。勘違いだと言っていたじゃないか。だがエリックを問い詰めるとみるみる顔を赤くしていく。
「エリザさんが入団してすぐの頃、地方遠征で一緒に仕事をしたことがある。僕はその時も別人になっていたから気づかなかっただろうけど」
エリックが言うには、エリザが初めて潜入捜査に参加した時のメンバーに彼もいたらしい。まったく思い当たる人物が記憶にないため驚いたが、赤狗は任務ごとに顔を変えているから、とも言われた。
「その捜査中に、他国の工作員と衝突して殺し合いになったんだ。君は初めて魔法で人を攻撃して、返り血を浴びて真っ青になって震えていた。限界だと思って後ろに下がらせようとしたが、最後まで戦うと前線に戻ったんだ。つい先日まで、貴族令嬢として生きてきた少女が歯を食いしばって戦うその姿が、目に焼き付いて離れなかった」
そんなことを言われて驚くしかない。エリザの記憶では、初めて敵と戦闘してパニックになったせいでグダグダになって終わった。
担当の先輩にはこっぴどく叱られ、こっそり吐いていたこともバレてしまい、結局女を現場に行かせた師団長が悪いと責められる結果になったことしか覚えていない。
「それからかな。君のことが気にかかり、かかわっている任務には目を通すようになっていたんだ。魔法師団における君の扱いは決して良いものではなく、有能なのに女性だからと下に見られることも多かった。それでも文句ひとつ言わず真面目に目の前の仕事に取り組む君を見ているうちに……その、好感を持ったというか……」
そこまで言うと、エリックはうつむいてモゴモゴと口ごもってしまう。
「私、てっきりエリックさんには馬鹿な女だと見下げられていると思っていました」
「そんなわけない! 僕はずっと君のことを…………あ、いや」
「……私のことを?」
途中で途切れた言葉を催促するように言うと、エリックは目を逸らしてごまかそうとしたが、エリザが黙って言葉を待っていると諦めたように白状した。
「……君のことを、好いていたんだ。彼氏のことで色々偉そうに説教したけど、それはあの男に未練を残さずきっぱり別れてほしかったからだ。ああそうだ、完全なる私情だよ。任務だなんてどの口が言うのかと笑ってくれ」
かあっと頬が熱くなる。
もしかして、と期待していた言葉。
自分はこの人に好意を向けられて喜んでいる。好いていると言われた時に、心臓が跳ね上がるのを感じた。
そうであったらいいのにと願って、その言葉を待っていたのだ。
息を呑むエリザを見て、返事に困っていると思われたのかエリックは大きなため息をついて天を仰いでしまう。
「すまない、任務とはいえ君を騙したのだから、クロスト補佐官があんな行動にでなければ二度と顔を見せるつもりはなかった。君も二度と会いたくなかっただろう。不快にさせるつもりじゃなかったんだ」
「あ、会いたくないなんて、私、言っていません。むしろ……あの時言い訳くらいしてほしかった。私に向けた言葉の全てが嘘なわけじゃないって、言ってほしかった……それなら私だって」
ポロっと涙がこぼれる。
最初から彼が嘘をついていると気づいていたけれど、一緒に過ごすうちに、それでもいいと思えるほど心を許してしまっていた。彼が去ってしまった時、悲しくて涙が止まらなかった。
「……私だって? なに?」
エリックは先ほどの仕返しかのように、笑って言葉を促してくる。その顔が憎たらしく、エリザは感情を爆発させた。
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