第22話 更なる裏切り


「確実な証拠があって容疑が固まっているならともかく、容疑者の一人の証言がエリザの名を出しただけでいきなり強制連行するのはおかしいでしょう」


 大佐の指示だと強気の姿勢を崩さない憲兵だったが、魔法師団のトップである師団長の抗議を突っぱねることはできないようで、しぶしぶエリザの取り調べは終了して解放すると了承した。


「ですが彼女の容疑が晴れたわけではありません。こちらが証拠固めに動いているところを邪魔される可能性もあるので、監視をつけさせていただきます」


「容疑が晴れればよいのだろう? その証言をした構成員の聴取をさせてもらおうじゃないか」


 現在軍部警察に勾留されているフィルに直接話をさせろという師団長の要求に、憲兵は難色を示したが、現在この捜査に関しては軍部警察と魔法師団で捜査協力をしているので、拒否できる理由がない。


「……分かりました。取り調べを許可します。ただし、我々も立ち会わせていただきますので」


 こちらを信用していないのを隠そうともしない姿勢に鼻白むが、ひとまず取り調べが先であるため大人しく憲兵の後について取調室を出た。その際に、エリザの拘束具を外すように師団長が指摘してくれたため、ようやく不自由な体制から解放され小さく息をつく。


 今回捕らえられたのは、以前から軍部警察が目星をつけていた地下組織の構成員が、仲間と接触したところを一斉確保された者たちである。そのほとんどは下っ端の運び屋ばかりで、そのなかにフィルが含まれていた。


 独房の前にある取り調べ用の遮音室で待っていると、手足を鎖でつながれたフィルが現れた。数日前に現れた時もすさんだ雰囲気になったと感じていたが、さらに目が落ちくぼみ肌は土気色になっていてまるで別人の容貌になっていた。

 エリザがその場にいることに気が付くと、憎しみのこもった目で凝視してくる。


「最初から自白魔法を使って証言させれば、つまらない嘘がつけなくなるから手っ取り早いだろ。エリザ、お前がやるか?」


 師団長が後ろにいるエリザを振り返る。確かに自白魔法を使えば嘘の証言などすぐに覆せるのだから、あんな長時間拘束される必要などなかった。

 元恋人のフィルに対し、犯罪者に使う自白魔法を使う日が来るとは非常に複雑な気分だが、仕掛けてきたのはあちらのほうだ。

 魔法を展開しようと右手を持ち上げた瞬間、フィルが憲兵に向かって叫んだ。


「憲兵さん! 止めさせてください! コイツが自白魔法と見せかけて洗脳するかもしれないじゃないですか! 全部俺に罪をかぶせて自分だけ逃げるつもりなんだ!」


「もし違う魔法をかけようとしていたら俺が気づかないわけがないだろう。エリザにかけられたくないなら俺がやってやるからこれ以上醜態をさらすな」


 なんとか自白魔法から逃れようと悪あがきするフィルに師団長が一喝してくれたが、それに対し彼はとんでもないことを言い出した。


「師団長は自分の愛人であるエリザをかばうに決まっている! 二人がグルなら魔法に不正があっても憲兵には見抜けないだろ! 絶対に拒否する!」


「この期に及んで嘘を並べ立てるのはやめて!」


 愛人というのもそもそもフィルが流した嘘なのに、それを根拠に因縁をつけてくるその卑怯さにカッとなって声を荒らげてしまう。この人はいつからこんなに最低な人間になってしまったのか。それともエリザの目が節穴だっただけで、元から彼は最低な本性を隠していたのだろうかと情けない気持ちになる。


「愛人という噂の真偽は分かりませんが、自白魔法で得られた証言は証拠とならないので、それで何をしゃべっても我々にとっては意味のないことです。尋問は軍部の規則に沿っておこなってください」


 憲兵が口をはさんできたため、頭に血が上っていたエリザも一瞬にして頭が冷える。

確かに自白魔法で得られた証言は証言では正式な裁判の場合証拠とならない、と軍法では決まっている。

自白魔法はただ嘘がつけなくなるだけなので、本人が嘘をついている自覚がない場合は意味がない。人は、嘘を話しているうちに事実と思い込んでしまうことも多く、その場合嘘を真実として話してしまう。そういった理由から、自白魔法の証言は証左とならないため、魔法師団と仲の悪い軍部では特に否定的な意見を持つ者が多い。


「証左とならなくとも、自白魔法で最初の証言と内容が食い違えば、こいつが嘘を言ったことだけは確認できるだろ」


「容疑者の不安も無視できません。師団長とその団員がねんごろだという噂は我々も耳にしたことありますからね。愛人をかばってその罪をもみ消す可能性がわずかでもあるのなら、ここで魔法を使わせるわけにはいかないんですよ」


「あ? なんだと? 軍部は噂の真偽も見分けられず地下組織の情報操作に踊らされるほど愚鈍なのだな」


 憲兵の失礼な物言いに師団長が怒りをあらわにする。中尉にすぎない憲兵だが、ここまで強気な態度を見せるのだから、これは上からの指示なのだろう。


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