第17話 罪悪感
「……俺だって、色々辛かったんだ。八つ当たりしたのは謝る。悪かった。でも今はエリザも冷静じゃないみたいだから、出直してくるよ。また今度お互い頭が冷えたらちゃんと話そう」
そして手に持っていたプレゼントをエリザに押し付けて、逃げるようにして走り去っていった。
手元に残ったプレゼントをどうするか悩んだけれど、ここに捨てていくわけにもいかず仕方なく今度突き返そうと一旦家に持ち帰ることにした。
ため息をつきつつ玄関を開けるとそこに腕を組んで壁にもたれているエリックの姿があった。
「……ただいま」
真夜中の静まり返った路地での話し声は家の中にも響いたのだろう。様子を見に玄関で待っていたようだ。
「エリザさんは彼氏の前ではずいぶんと弱気になるんですね」
「見ていたの?」
「ええまあ。殴り返すくらいはするかと思って見ていたんですけどね。結局言われたい放題でがっかりしました。プレゼントも受け取っているし、やっぱりまだ未練があるのかな」
「べ、別に、殴る価値もない人だから。これも今度来たら突き返すわよ」
目を合わせず横を通り過ぎようとすると、無遠慮に腕をつかまれプレゼントを取り上げられた。エリックは勝手に箱のリボンを解いて、中身を確認する。
するとそこには可愛らしい香水の小瓶が入っていた。
「へえ、割とセンスがいい。高いものじゃないが若い女性に人気の香水ですよ。良かったじゃないですか。あんな馬鹿にした態度を取られて挙句殴りかかられたのに、彼からのプレゼントは受け取ってしまうんだね。もらえて嬉しかったのかな?」
「そんなわけないでしょう! いい加減なこと言わないで!」
カッとなって声を荒らげると、エリックはさらに距離を詰めてくる。
「そうやって僕にははっきり強く言えるのに、なんで彼にはそれができないのかな? これまでも要求がおかしいと分かっていても、それを指摘できず彼の言いなりになってお金を渡して甘やかしてきたんでしょ? 君は恋人というより、子どもに甘い親みたいに見えるよ」
痛いところを突かれてぐっと言葉に詰まる。
「そ、そうだとしてもエリックさんには関係ないことでしょ。首を突っ込んでこないで」
「関係大ありですよ。もしエリザさんがやっぱり彼が好きだから金蔓に戻ると言い出したら、僕は追い出されるでしょうし、死活問題ですよ」
さすがにヒモを二人も養ってはくれないでしょう? と口元だけで笑って見せる。
「好きな気持ちは少しも残ってないわよ」
「それなのに、どうしてあんなに弱腰なんです? 嫌いな相手にあんなに優しくしてやる必要ないでしょう」
どうして、と問われ少し考える。
弱腰というか、彼の言葉を否定しない癖がついていた。それは二人の始まりが関係している。
「彼が家から追い出されると決まった時、彼は人生に絶望していて……すごく傷ついていたの。だから私は絶対彼を傷つけないと心に誓った時から、強く言えなくなったのかもしれない」
あの頃のフィルは、家族に捨てられ世の中の全てが敵になってしまったような気持ちでいた。だからエリザは、自分だけは彼の絶対的な味方であろうと心に誓ったのを覚えている。
彼の希望をできるだけ受け入れて否定しないようにしてきた。それで少しでも傷ついた彼の心が癒えればいいなと思ってのことだった。
結果、不自然なお金の要求が増えておかしいと思いつつも強く問いただすことができなかった。
彼の機嫌を損ねないように、彼の言葉を否定したり疑ったりするようなことは言えなくて、無理な要求にも黙って従うようになっていた。
「そうだろうね。長い付き合いなら、彼も君の気持ちをよく理解していたんだろう。その結果、無理なお願いをしても受け入れてもらえると学習して、最終的にあれだけのクズに君が育ててしまった」
「……でも、それって私が悪いの? 恋人に優しくしたい、望みをかなえてあげたいと思うのは間違いなの?」
キッとにらみつけるエリザをエリックは黙ったままじっと見つめる。探るような目を向けられ少したじろぎ一歩引くと、ようやく視線を逸らされた。
「最初に話を聞いた時、君のような強い女性がどうしてそんなクズの男にいいようにされているのか不思議だった。惚れた弱みと君は言ったけれど、多分そうじゃないね。何かもっとこう……彼に対する負い目みたいなものがあったんじゃないか?」
「負い目……?」
「そう。君は自分だけが魔力持ちであったことに、勝手に罪悪感を抱いていたんじゃない? 同じ時に魔力検査をして、一方は優れた魔力持ち、もう一方は持たざる者と判定され完全に明暗が分かれた。魔法師団からスカウトされた君に対し、彼は家族から絶縁されてしまった。自分だけ恵まれていて、申し訳ないとか思っているでしょう」
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