第30話 救援
「さ、いてい。そこまで私のことが、嫌いですか。目障りだとしても……ここまでするなんて」
意外なことにクロストは、笑って首を横に振る。
「あなたを嫌ったことなど、一度もありませんよ」
「は……?」
じゃあどうして、とつぶやくエリザの頬を優しくなでる。ぞっとして顔をそむけるが、力ずくで前を向かされた。
「初めて会った時から、私にふさわしい女性はあなたしかいないと思っていました。私とエリザさんならば、きっと素晴らしい素質を持った子が生まれる。誰からも祝福される結婚となるはずです。優れた魔力を持っていながら、平民の男が相手だなんて国家の損失ですよ? 私との子を成すことが、あなたの使命なのです。貴族として生まれたのならその役目を果たすべきだ。だからずっと、貴族令嬢としての立場を説いてきたのに……」
爆弾発言とともに、にこりと笑いかけられる。
素晴らしい素質を持った子?
誰からも祝福される結婚?
子を成すことが使命?
それはつまり……クロストはエリザと結婚するつもりでいるのか? と気づいて愕然とする。あれだけ貶してきた奴が、どうして自分と結婚したがっているなんて思うだろう。しかもその理由が、恋慕でもなく子を成すためだけというのだから、最低にもほどがある。
横っ面をひっぱたいてやりたいが、薬が回って意識を保っているのがやっとだ。気を抜くとそのまま夢の中に引きずり込まれそうだった。
目の焦点が合わなくなってきたエリザの様子を見て、クロストは詰襟をゆっくりと緩めて、満足そうにうなずいた。
「再三にわたる私の忠告を無視するから、私も強硬手段に出ざるを得なくなったんですよ。だからまず、平民の恋人と別れさせるために動いたんです」
プチ、プチとひとつずつ丁寧に服のボタンが外されていく。
「う、動いた……って、何を……」
「あなたをあの男が手放したがらないと分かっていたので、人を雇って友人になるよう指示をした。そして金儲けできる仕事があると誘わせたんです。もっと時間がかかるかと思いましたが、単純で頭の悪い男で助かりましたよ。簡単にうまい話に食いついて、煽られるままあなたを貶して、挙句に自ら悪い噂を吹聴し始めた時には笑いが止まりませんでしたよ」
突然の暴露にエリザは声も出ない。
フィルが地下組織の構成員になったのは、このクロストの策略だったとは。
元からエリザに対し不満があったフィルは、この策略に見事にはまってしまったようだ。
魔法師団の、師団長補佐官という肩書きを持つ者が、地下組織とつながっていたなんて魔法師団の存続にも関わるとんでもない不祥事だ。
警察に拘束された時、彼らはエリザの有罪を確信しているような態度だったの不思議に思っていたが、おそらく魔法師団の者が組織に関わっていることを裏付ける証拠があったのだろう。
結局エリザはスケープゴートだったが、本当の犯人はこの男だった。
「組織に捜査の、情報を流していたのは……あなただったのね」
「ええ、まあ。組織を動かす報酬として、情報を渡してやることはありましたが、あなたが担当する現場の情報に限定していたので、師団の捜査に影響を与えるほどのものではないですよ」
クロストはあっさりと己の裏切りを認めた。魔法師団に勤める者としての誇りも捨てたのかと怒りがこみ上げるが、手足の自由が利かず魔法を放つこともできない。悔しくて涙がにじんでくる。
抵抗できない姿を見てクロストは満足そうに笑いながら、ゆっくりと服を脱がしにかかる。
「し、団長がこんなこと、許すはず、ないわ」
「心配いりません、傷つけるつもりはないですから。少し強引な手にでてしまいましたが、それもあなたを大切に思うが故の行動です。今は理不尽に感じても、いつかは私に感謝すると気がくるでしょう。大丈夫、全てが上手くいく。あなたは私の手によって本当の幸せを知るのです」
薬を盛って体の自由を奪っておいて、なにが大丈夫だ。
こんな非道な行いを許すわけにいかない。
どんな辱めを受けようとも、コイツのしたことを必ず告発してやるという気持ちを込めてきつく睨むと、それが余計にクロストの感情を煽ったのか、興奮したように叫んだ。
「私はね、あなたを見るたびその詰襟を脱がせてやりたい衝動に駆られていたんです。いつも強気なあなたを組み敷いて揺さぶってやったらどんな顔をするのかと、想像するだけでたまらない気持ちになった。ああ……やっとだ。愛していますエリザ。この胎に私の子を宿してあげましょう」
腹を撫でていたクロストの手が胸へと昇ってくる。荒い息が頬にかかった瞬間、おぞましさで全身に震えが来た。
(初めてが、こんなヤツとだなんて……!)
実はエリザはフィルとは体の関係には至っていなかった。貴族の娘としての価値観で、結婚して初夜を迎えるのが当然と思っていて、それに対しフィルも同意見だったため、彼とは口づけしか交わしていない。
だから噂で愛人だの体を使っているだのと言われても、経験がないためいまいちピンと来ていなかったというのもある。もちろん、職務上女性がそういう被害に遭う事例は見ていたため、それがどういう行為か理解している。クロストだって、凌辱された女性がどれだけ傷つくかを知っているはずなのに、行為に及ぼうとしているのが余計に許せなかった。
(こんな奴に凌辱されるくらいなら、いっそ……)
薬のせいで魔力が練れないのなら、いっそ暴発させてしまえばいい。そうなるとエリザ自身も無事では済まないどころか、体の一部を吹っ飛ばされるかもしれない。それでもこのままクロストの思い通りになるよりマシだ。
たとえ手足や臓腑が千切れても構わないという覚悟で、体内の魔力を放出しようと力を込めた時、エリザの上にのしかかっていたクロストが横に吹っ飛んだ。
「がっ! ……ぐあぁ!」
一瞬のことで何が起きたが分からなかったが、自分を押さえつけていた手が離れたのでなんとか身を起こすと、左側にクロストが転がっていく姿が見えた。
だが彼は床を転がりながらもすぐ体勢を立て直し、間髪入れず攻撃魔法を放つ。
魔法はエリザの頭上で何かとぶつかり合い火花を散らしてはじけ飛ぶ。
驚くエリザに、声をかける人物がいた。
「エリザさん、早くこれを羽織って。……いや、無理か。申し訳ないがちょっと体に触れるよ」
「……! エ、エリックさ、ん」
見上げた先には、なんとあのエリックが立っていた。
返事をする間もなくガバッと抱え上げられる。その瞬間再びクロストが放った攻撃魔法が二人を襲ってきた。
だが、彼は慌てることなく指先ひとつで弾き返していた。
弾かれた魔法のせいで事務所の中は机や書類が吹っ飛び、めちゃくちゃになっている。
「まったく……手加減なしに魔法を放つなんて。エリザさんに当たるかもしれないとは思わないのか?」
「うるさい! エリザに触るな! それは私のものだ!」
腐っても魔法師団で補佐官を任されるほどの実力を持つクロストの攻撃を、エリックは片手だけで防いでいる。彼もエリックの顔を知らないようで、突然現れた知らない男に怒鳴りながら攻撃をしてくる。
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