第7話 持つ者と持たざる者




 

 紙にペンを走らせながら、フィルのことを考える。

 実はエリザの両親も、クロスト補佐官と同じような古い考えを持っていて、フィルと恋人であると告白した時に大反対されその時からずっと別れろと言われている。


 フィルは所謂『持たざる者』であった。


 魔力の大小はあれど、貴族の生まれなら多少の力はあるのが普通であるのに、フィルは平民と同じく魔力無しの鑑定を受けていた。

 魔力を持たないというのは、貴族としては致命的である。たとえ長男であっても家督を継ぐことはまずありえない。

 フィルは持たざる者であるうえに、三男坊だったためあっさりと養子に出されてしまった過去がある。

 現在はその養子先からも出奔してしまったため、フィルはすでに身分的には平民ということになっている。

 だからエリザの両親は、せっかく優れた魔力持ちの娘が生まれこれから家の地位が向上していくという時に、わざわざ平民落ちしたフィルと結婚させるわけにいかないと強く主張している。魔法師団に入っていなければ、親の権限で無理やり婚姻させられていたかもしれない。

 エリザが給金からフィルに援助するために生活を切り詰めているのも、家族にフィルとの関係を秘密にしているからだ。


 フィルが士官を目指した理由も、もとはと言えば陸軍所属の魔法師団に勤めるエリザと釣り合う職に就いて、結婚を認めて貰いたいと願ったことから始まった。はずだった。

 駆け落ちでもいいと言ったエリザを諭したのはフィルのはずだ。


『必ずご両親に認めてもらえるような男になる』と誓って、将来一緒になってほしいと言ってくれたあの日。

 あれは嘘だったのか、あれから変わってしまったのか分からない。



 考え事をしながら書いていた割には報告書の作成は順調に進み、昼過ぎにはもう溜まっていた分を書き終えていた。

 元より休みであるわけだし、家にあの男を残してきているのも気になるから嬢は帰ろうとしていたところで、師団長に呼び止められた。


「お前、もう帰るのか? 悪いがちょっと現場で揉めているって報告が来たから、手伝ってくれないか?」


「ええ……ハイ、いいですけど」


 師団が今日駆り出されているのは、王都に存在する人身売買の斡旋をする組織の一斉摘発である。自警団と軍部が主体でおこなうのだが、違法な武器や薬物を組織が所持しているという情報があったため、魔法師団のメンバーに協力要請が来た。


「突入した部隊が毒か何かにやられたみたいでな。そっちの救助活動に人手を割かれているから、俺も現場に呼び出されたんだ」


「毒ですか? 衛生部隊は?」


「そっちもすでに現場に向かっている。死者は出ていないが、使われたものが不明だから現場の清浄化を我々が請け負う」


 武器とマスクを携えてエリザは師団長と共に現場へと向かう。

 

 そこは敵も味方も入り乱れて多数の人間が地面に倒れ込んでいて、わずかな動ける者が駆けずり回って手当てをして混沌とした状態になっていた。

 師団の仲間が二人の姿を見つけ、駆け寄ってきた。


「師団長! ご足労いただき申し訳ございません!」


「酷い状況だな。状況は?」


 突入部隊に加わっていた団員の話によると、犯罪組織のアジトに踏み込んだところで組織の人間が証拠隠滅を図ったのかアジトの地下室に火を放った。

燃料を狭い地下室に放り込んだせいか、小爆発を起こし、それに巻き込まれやけどをした者もいるが、被害が大きくなったのは爆発によって広がった煙が原因だった。


「アジトの建物内に煙が一気に充満しまして、うっかりそれを吸い込んだ者が次々と昏倒していったのです。地下室になにか危険な物質が保管されており、それが爆発の影響で周囲に巻き散らかされたのではないかと」


 団員はとっさに風魔法で煙を吹き飛ばしたため、意識を失わずに済んだが、わずかに吸い込んでしまったのか頭がクラクラしていると言う。


「なるほど。なんの物質なのか現時点では不明だが、死者がでていないところを見ると毒ガスの類ではなさそうだな、ご苦労だった。ここはもういいからお前も治療を受けろ。さっきから眼球が小刻みに揺れているから倒れる寸前だぞ」


 師団長は報告をした団員を衛生部隊に引き渡すと、エリザを伴って問題となった地下室の入口へと向かう。


「マスクをつけておけ。あと、清浄魔法を使え」

「はい」


 毒の種類が分からないため、経皮吸収される物質だった場合を考え自分の周囲を清浄化する魔法を展開し続ける。

 地下室の火はすでに鎮火されている。他の団員が気絶する直前に水魔法を放って消火させたようだと救護班が伝えてくれる。


 二人で慎重に地下へ降りていくと、爆発のせいでめちゃくちゃになっている。だが燃え残ったものも多く見受けられ、これならここに何が保存されていたのか特定できそうだと師団長と話し合いながら二人で手分けして外へ運び出す。


 軍から派遣された応援部隊に運び出したものを手渡していく。師団員以外は清浄魔法を使えないので手袋にマスク、ゴーグルに保護服という重装備である。


「割れていて分かりにくいですが、薬瓶のようなものが数多く紛れていますね。これに何が詰められていたのか薬師に調査を依頼しましょう」


 瓶類は爆発の衝撃で全部割れてしまっているが、全てが燃えてしまったわけではないので、内容物の特定は不可能ではないだろう。

 中のものを全て運び出して、調査班に引き渡したところで師団長が現場一帯に清浄魔法をかけたので、ようやくマスクを外すことができた。


「助かったよエリザ。休日のはずだったのに悪かったな」


「いいですよ。現場にいた団員まで昏倒してしまうなんて不測の事態ですし。それにしても、一体なんの毒だったんでしょうね。見た限り、ここは毒物の精製が行えるような施設ではないから、別に製造所があるんでしょう。この件は長引きそうですね」


 今回は人身売買の組織を捕らえるためだったが、もっと別の地下組織とつながっている可能性が出てきてしまった。正体が分からない毒素を用いる組織と相対するのであれば、自警団では荷が重いだろうから、これは魔法師団が請け負うことになりそうだ。


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