第6話 魔法師団




 魔法師団は少数精鋭の小部隊である。

 まず、魔法の才がないと入団できない。よって才能がある者がスカウトされるかたちで入る。エリザもまた、子どもの頃に魔術の才能を見出され、十六になったら入団するようにとほとんど強制のようなかたちで仕事に就いたのだ。

故に構成メンバーは全員実力者ぞろいで、他部隊に駆り出されることも多くとにかく忙しい職場である。


「スカウトされた時は、こんなに肉体労働系の職場だとは思わなかったわ……」


 魔法師団員は皆、魔術を習得するから魔術師であることに変わりはないのだが、一般的に知られている魔術師のイメージは、王宮勤めをしている宮廷魔術師であって、魔法師団所属の魔術師は完全に現場仕事の優雅とはかけ離れた泥くさい仕事がメインだった。

 宮廷魔術師は公爵家などの上位貴族のみが就ける職で、下位貴族のエリザには無縁の存在であると、この仕事に就いてから知った。

 幼い頃スカウトされた時は、格好いい制服を着た魔術師たちを見て、自分もこんなキラキラした人たちの仲間になるのかとワクワクしたのを覚えている。だがあれは広報用の服装で、普段は皆、洗いざらしの隊服を適当に着ているだけだと入団初日に知ってがっかりしたが、自分の軽薄さが恥ずかしくて人には言えなかった。


 はあ、と小さくため息が漏れる。


大抵の団員は任務に駆り出されているので、師団の建屋にはあまり人がいることは少ない。気分が落ち込んでいるからあまり人に会わないで済むのがありがたかった。


任務終了後に報告書をかならず提出することになっているが、皆日々の忙しさに負われて書類仕事は滞りがちになっている。

エリザも例にもれず三件ほど報告書を滞らせているので、今日のぽっかり空いてしまった時間で全部済ませてしまおうと考えていた。


 事務所の扉を開けると師団長と補佐官が奥の机にいるのが目に入った。休みなのに事務所に来たから何か言われるかなと身構えていると、案の定師団長がエリザの姿を見つけると、何かを察したようにニヤッと笑いわざわざ机から立ち上がってこちらに絡んできた。


「なんだ、エリザ。今日は休みのはずじゃなかったか? ああ、振られてデートがキャンセルになったのか?」


 痛いところをつかれて思わず師団長を睨むと、がははと笑われてますます腹が立つ。


「うるさいです……放っておいてください」


 師団長は優秀な魔術師であるが、絶望的にデリカシーがない。今のところ女性の隊員がエリザしかいないせいもあり、女性に対する配慮が皆無なのである。

 そもそも現在男性ばかりの魔法師団にエリザを引っ張ってきたのはこの師団長だ。

それに、女性なのだから行動班に入らずサポート役に回るべきという周囲の反対を押し切って、才能があるのだからと現場に放り込んだため、エリザは他師団員から同情と嫉妬の両方を向けられる難しい立場になってしまったのである。

 性別で差別しない師団長に感謝している面もあるが、その態度が逆にエリザだけ特別扱いしているように他人には見えるらしく、師団長の愛人じゃないかなどと根も葉もない陰口を言われる原因にもなっている。

 

「男に貢ぐために危険任務をガンガン請け負っていたのになあ。振られるとは可哀そうに。まあでもよかったんじゃないか? エリザはちょっと無理しすぎだったからな」


 以前師団長から、危険手当がつくような任務を人より多く請け負うエリザに、借金でもあるんじゃないかと疑いをかけて問い詰めてきたためその際に恋人の学費等を援助している話をしてしまっている。


「だったらこれを機に内勤に移動したらどうですか? そんな不純な動機でいい加減に危険任務に当たられても迷惑です」


 師団長の隣にいる補佐官のクロストが、銀縁眼鏡の奥から睨みをきかせて嫌味を言ってくる。

この人は以前から、女性が魔法師団で働いていることについて不満に思っているらしく、常日頃からエリザに嫌味を言っていた。


「いい加減、貴族の女性として役目を果たすべきです。優れた魔力をもっているのだから、その血筋を欲しがる人は多いでしょう。男の真似事をするよりも、優れた子を産むことのほうが有意義ですよ。そろそろまじめに結婚相手を探したほうがいい」


「職務には真面目に取り組んでいます。第一、私は師団長から請われて入団したんです。持つ者の責務だと言われて。それなのに、更に子を産むことまでも責務ですか? 国のために働いているのに、この状況で子を産むことまで強要される謂れはありません」


 クロストの酷い言い分に腹が立って強めに言い返すが、悲しいことに彼の意見は貴族のあいだではまかり通る考えなのである。

 当然のことだが、魔法は魔力を持つ者にしか扱えない。魔力を持って生まれるのは王家から派生した貴族の血筋にしか発現しない。

 貴族の優劣は王家に血筋が近いことよりも、より多く優れた魔力持ちの人間を輩出した家が優れた家系として扱われる。

 エリザの家は元々下位の貴族だったが、魔法師団からスカウトが来るほどの才能を持った娘が生まれたため、その地位を向上させている。

 魔力持ちの者からは、また魔力を持った子が生まれる場合が多く、そのため魔力持ちの女性は国からも結婚出産を推奨されているのは事実だ。


 人手不足の魔法師団から是非働いてほしいと請われてここにいるが、団員の中にはこの補佐官のように、強い魔力持ちの女性は結婚出産が至上命題だと考えている者もいる。

とはいえ、時代を逆行する古い考えだと非難の対象になるため、このクロストのように口にするものは少ない。


 エリザが言い返すと補佐官はあからさまにムッと顔を歪ませる。だが師団長が口をはさんできて、

「コイツ、ひねくれてっから素直に心配だって言えないだけなんだよ。だからエリザ、嫌味じゃないから気にしなくていいぞ」

 と揶揄われたため、補佐官は顔を真っ赤にして怒って給湯室へ行ってしまった。

別に追いかけてフォローする必要もないためエリザは師団長の軽口も無視して書類作成に取り掛かった。


紙にペンを走らせながら、フィルのことを考える。

実はエリザの両親も、クロスト補佐官と同じような古い考えを持っていて、フィルと恋人であると告白した時に大反対されその時からずっと別れろと言われている。


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