第3話 悪いのは誰?


 男は崩れたケーキを綺麗に食べつくすと、満足そうに笑ってお礼を述べる。


「ごちそう様。ああ美味かった。思いがけず甘い物にありつけて、今日はいい日だなあ。ところでレディはこんなところで何をしているんです? もう夜中だっていうのに、女性が一人でいたら危ないですよ。強盗にでも襲われたらどうするんですか」


「いえ、私強いのでその心配は無用です」


 食べ終わったのならもう用はないはずなのに、浮浪者は未だに隣に座ったままベラベラと話しかけてくる。しかも不躾なほど彼女の姿をジロジロと眺めてくるので、ここへきてようやくエリザに不信感が生まれた。


(コイツ、様子を窺いつつ強盗でもする気かしら?)


 腰のベルトに仕込んである小型ナイフを男に気取られないようにそっと手に握りこむ。


「うーん、その様子だと、男に振られたってとこかな? 張り切って豪華なケーキを持って告白しに行ったけど、あっさり振られてショックのあまりベンチで茫然自失になっていたって感じ? 当たりでしょ。僕、男女間の修羅場には詳しいんだ」


 いつ豹変して強盗を働くのかと身構えるエリザの警戒を余所に、男は呑気に笑いながら会話を続けようとしてくる。


「違います! フィルとはちゃんと恋人で、約束して……毎年このケーキで彼の誕生日をお祝いするっていうのが決まりで……だったのに……」


「行ったら女がいたとか?」


「それともちょっと違うんだけど……なんか男女数人で部屋にいて、その人たちに私、『金蔓ちゃん』って呼ばれたのよ。そりゃあ確かに彼の学費も生活費も私が援助していたけど……」


「へー。じゃあ君はその彼のお財布だったんだね。すごいね、若いのにヒモを飼うなんてなかなかセレブな趣味だね」


「は? ヒモなんかじゃありません……!」


 カッとなって言い返すと、男はびっくりしたようにのけぞった。


「えっ、違うのかい? お金をせっせと貢いでいたって言うから、てっきりヒモを飼っているのかと」


「彼とは幼馴染なの。彼に援助していたのは、彼が士官になりたいって夢があったから……」


 中流貴族の家同士、フィルとは幼い頃から家ぐるみで付き合いがあった。

 けれど、二人が十歳になった時、三男だったフィルは他家に養子に出されてしまい、それからは手紙でやり取りをするしかなくなってしまった。

 幼い頃はお互い想い合っていると感じても口にはしなかったが、離れてしまったことでこのまま会えなくなるかもしれないと思い、フィルのほうからエリザに気持ちを伝えてくれた。

 その時から、二人は恋人同士になった。なったはずだった。


「それで? 恋人になったからお金をあげるのかい? ヤッパリ変な話だね」


「違うわ。それは彼の養父母が学費は出さないって言うものだから、仲違いして家を飛び出してしまったのよ。私は一足先に職についていたから、お金に余裕があったし、士官学校も三年だけだから、その間は私が彼を支えるって私のほうから申し出たの」


 養子先は彼にとってあまり良くない環境で、本来の跡取りが病弱であるため補佐役として引き取られたため、最初から息子としてではなく労働力としか見られていなかった。

 十五歳になった時フィルは進学を望んだが当然学費を出してもらえるはずもなく、途方に暮れていた。

 その話を聞いたエリザが、自分が援助するから夢を諦めないでとフィルに提案したのだ。だが、自分で学費を工面するから進学すると養父母に伝えたところ、そんな金があるなら家に入れるべきだと言われ、結局進学の許可は下りずフィルはついに用紙先の家を出てしまったのだ。

 その時から、フィルの生活費と学費をエリザが援助して彼の生活を支えていた。


「私たちは将来を誓い合った恋人だったし、彼が困っている時に助けるのは当たり前のことでしょう? 何も変なことは言っていないわ」


「でも出していたのは学費だけじゃないんだろう? 話によると家賃や生活費もレディが払うのはおかしいのでは? 彼も自分の生活費分くらいは働いて稼げたでしょう」


「士官学校は学費が安い分、勉強のほかに奉仕労働とかもあって大変だから、働く余裕なんてないらしいの」


 フィルを擁護する言葉を口にしながら、本当にそうなのか? という疑問が湧いてくる。

 忙しいとはいえ、休日はあるはずだ。それに、士官学校はお金に余裕のない者も通えるように、学業の合間に日雇いの仕事を斡旋してくれると最近知った。


 本当にフィルは自分では働けないほど学業が忙しかったのだろうか?

 入学してすぐの頃は、忙しくても時間を作ってエリザの元へ来てくれていた。休日はいつも一緒に過ごしていた。それが変わったのはいつからだったか。

 新しい制服が必要、学用品を買わねばならない、研修費がかかるなどと言われ、だんだん渡すお金が増えていって、お金を稼ぐためにエリザが危険手当のつく業務を受けなくてはならなくなり、泊まり込みの仕事が増えて会えない期間が増えてきた頃だろうか。

 気付けば手紙も返事が滞りがちになり、ここ最近はお金の無心がくるだけで、近況を知らせる内容などはひとつもなかった。


 この状況に、不安がなかったわけではない。

 けれど、エリザとフィルの関係は、単なる恋人ではないという自負があった。幼馴染でお互いのことを知り尽くし、切れない絆が二人の間にはあると思っていた。


「だから、どうして彼があんなふうになってしまったのか、全然分からなくて……」


 いろんな泣き言と一緒にそんなことを男に言うと、男は心底不思議そうに首をかしげてこう言い放ってきた。


「え? でもあなたがその恋人をクズになるよう育てていたんじゃないの?」


「はあ? なんでそうなるんですか! 話聞いていました?」


「ええ、ちゃんと聞いていたよ。だからてっきり自分好みのクズになるよう育成に励んでいる話に聞こえたけど、違うのかな?」


「どうしてそうなるの? 私、そんなこと一言もいってない!」


「ええ? 実際見事なクズに育て上げたじゃないか。普通の人はそこまで成長するまでエサを与えたりしないんだよ。でも自覚がないってことは、きっと君はクズな男が好きなんだね。いいんだ、大丈夫。人の趣味はそれぞれだ。クズな男が好きでも誰も君を咎めないよ」


「そんなことないって言ってるでしょう! 私はフィルが好きだから彼のために援助しただけで……!」


「いや、違うね。レディは恋人を養うことに喜びを覚えていたんだよ。自分がいなければ生きていけない状況というのは、誰しも少なからず快感を覚えるものだ。いいじゃないですか、寄生先を求めるクズからすると、あなたのような趣味を持つ女性は実に貴重な存在だから、そのままクズの飼育に勤しんでくれれば皆幸せだ」


「え? え? ちょ、ちょっと待って。それじゃフィルがあんなふうになったのは、私のせいだって言うの? いくらなんでもそれは暴論だわ」


 男の言う理論でいけば、悪いのはエリザということになってしまう。『私のなにがいけなかったのかな……』と考えたりしたが、だからと言ってあんな仕打ちを受けて暴言を吐かれたことまでも自分の責任だとはさすがに思えない。


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