023 乙女のアキ

 サナと違ってアキは料理ができない。

 そのため得意料理で心を動かす作戦は使えなかった。


 ということで、アキは外食を選択。

 ヤスヒコと二人で小洒落たイタリアンで食事を楽しんだ。


 次はお泊まりに必要な物を購入。

 歯磨きセットやパジャマ、他にも必要な物を色々と。


 そして、ヤスヒコの家にやってきた。

 アキにとっては今回が初めての訪問となる。

 なので、彼女は知らなかった。


「え? ヤスヒコ、布団が一つしかないぞ? それもシングルサイズ」


「そうだよ」


「サナが泊まった時はどうしているのだ?」


「この布団で一緒に寝ているよ。狭いから抱き合っている」


「なん……だと……!」


 これは予想外だった。

 てっきり自分用の寝具があると思ったのだ。


(サナの奴め、思ったよりも大胆な……!)


 アキの脳内に勝ち誇った顔のサナが浮かぶ。


「必要なら今から布団を買いに行くか? 近くのニトリが営業しているよ」


 ヤスヒコが気を利かせる。

 普段のアキなら「無論だ!」と即答していた。


 だが、今のアキにはそれができない。

 ヤスヒコに惚れてしまったからだ。


 狩りに誘った時点では気になる程度だった。

 冒険者学校の生徒らの一件で、上のステージに進んだ。

 だからこそ、アキは勇気を振り絞った。


「布団は必要ない。そこの布団で一緒に寝よう。ヤスヒコさえよければだが」


「俺は問題ないよ」


 ヤスヒコは一人がけのソファに座った。

 ふぅ、と息を吐いてスマホを取り出す。

 LINEのグループチャットで、メグやサナのメッセージを見ていた。


「アキも座ったらどうだ? 隣、空いているよ」


「いいのか?」


 アキはソファの背面を見ながら言った。

 なんと「サナ専用」と書かれた紙が貼ってあるのだ。


「大丈夫だろう。サナはここにいないし」


「そ、そうか、ならば遠慮なく……」


 アキはソファに座ると、何もせずに固まった。

 道中で買ったお泊まり道具一式を大事そうに抱えながら。


 できれば話しかけて空気を明るくしたい。

 しかし、何を話していいのか分からなかった。

 緊張のあまり頭が真っ白になっている。


(お泊まりってことは、やっぱり……あるよね? アレやコレが……!)


 この先の展開を妄想するアキ。

 しかし、知識不足により鮮明にイメージできるのはキスまで。

 そこから先は曖昧過ぎて現実味がなかった。


「よし、LINEの返事が終わった」


 ヤスヒコが立ち上がる。


「寝るのだな!?」


 思わず食い気味になるアキ。

 言ったあとで恥ずかしくなって顔を赤くする。

 これでは飢えているみたいではないかと思った。


「いや、歯を磨いて風呂に入る。寝るのはそれからだ」


「あ、そっか、そうだよな」


「お風呂の順番はどうする? 先がいい?」


 ヤスヒコが尋ねる。


「サナが泊まっている時はどういう順番なの?」


 アキは言ったあとに思った。

 答えは一つしかないだろう、と。


「サナとは一緒に入っているよ」


 ヤスヒコの答えはアキが思ったものだった。


「だよね……」


 と苦笑いを浮かべる。


(ここは「なら私も一緒がいい」って言わないとな。ただでさえサナにおくれを取っているのだ。怖じ気づいている場合ではない)


 そうは分かっていても、アキには無理があった。

 同じ布団で寝ると言うだけでもアップアップだったのだ。

 同じ風呂に入るなどとは口が裂けても言えない。


「じゃあ、私はあとにするよ。ヤスヒコ、一番風呂を満喫してきてくれ」


「分かった」


 ヤスヒコは小さな台所で歯を磨くと、その場で服を脱ぎ始めた。

 ワンルームなので仕方ないが、当然ながらアキは驚いた。


(ヤスヒコの裸……!)


 顔を真っ赤にしながらチラチラと窺う。

 思ったより筋肉量が少なくて、細マッチョというより只の細身。

 歴戦の猛者を彷彿とさせる強烈な傷跡などもない。

 まさに典型的な高校生の裸体だ。


「ではお先に」


 ヤスヒコは浴室に消えていく。


「私は……どうしたら……」


 とりあえず脱ぎ捨てられたヤスヒコの服を拾う。

 なんとなく匂いを嗅いで、ふにゃあ、と頬を緩める。

 それから、「何をしているのだ」と我に返って恥ずかしくなる。


「このままではいかんな……」


 アキはスマホで調べることにした。

 こういう時の正しい動き方について。


「む?」


 調べようとしてLINEの通知に気づく。

 サナから個別ルームでメッセージが届いていた。


『今日からアキは私のライバルだからね!』


 サナは既に気づいていた。

 アキが抜け駆けしてヤスヒコの家でお泊まりすることに。


「まるで警察犬のような嗅覚だな」


 アキは苦笑いを浮かべながらメッセージを返す。


『良いソファだった。次は布団を使わせてもらうとしよう』


 宣戦布告だ。

 ヤスヒコの知らぬところで恋愛戦争の火蓋が切って落とされた。


 ◇


 互いの入浴が終わった。

 適当に雑談したり沈黙したりで時間が流れる。


 どうにかイチャイチャしたいと思うアキ。

 残念ながら彼女の力量でヤスヒコを動かすことはできなかった。


「よし、寝るか」


 そして、いよいよ就寝の時間がやってきた。

 ヤスヒコは布団に入ると、アキに背を向けて端に移動する。


「どうした? 入らないのか?」


 背中を向けたままヤスヒコが言った。

 アキの心臓がドクンッと震える。

 突発性の不整脈を起こしそうになった。


「入る、入るとも」


 アキは恐る恐る布団に入る。

 緊張は最高潮に達していた。


(ヤスヒコから誘ってくれるよね? 男なんだし……)


 アキは普段、男女差別を嫌っている。

「男が奢るべき」などという女性有利の考え方も嫌いだ。

 にもかかわらず、ここではつい「私は女だから」と思ってしまう。

 彼女の中の眠れる乙女心が覚醒していたのだ。


「じゃ、おやすみ」


 悲しいことに、そんなものはヤスヒコに通用しない。

 とにかく強い男は、とにかく鈍感で、とにかく一般常識には無縁だ。

 アキが吐きそうなくらいドキドキしていることに気づいていなかった。


「え? 寝るの?」


 思わず聞いてしまうアキ。


「布団に入って寝る以外に何かあるのか?」


「それは……」


 アキは言葉に窮した。

 しかし、ここで完璧な返答を閃く。


「ほら、サナの時はただ寝るだけなのか?」


 何が「ほら」なのか自分でも分からないアキ。

 その点にツッコミを入れることなく、ヤスヒコは「うむ」と頷いた。


「サナの時は、寝る前に抱き合ってキスする」


「じゃ、じゃあ、私もそれをしたい」


「サナと一緒がいいのか?」


「そうだ。ダメか?」


「もちろんダメではないよ」


 ヤスヒコは振り返り、アキを抱きしめた。

 アキもヤスヒコの背中に腕を回す。


「キスもするのか?」


 念のために確認するヤスヒコ。

 アキは静かにコクリと頷いた。


「「んっ」」


 アキが目を瞑ると、ヤスヒコが唇を重ねた。

 メグやサナとの経験があるため、キスのテクニックも大したものだ。


(これがキス……。気持ちいい……幸せ……)


 アキは異性とする人生初のキスに感動していた。

 ヤスヒコが相手になると、いつもの強い女ではなくなってしまう。


「ヤスヒコ、サナとは他にも何かするんじゃないか?」


「おう」


「なら私もそれを望む」


「分かった」


 アキは、普段サナがしていることを全て堪能した。

 その時の彼女は、両親すらも知らないメスの顔をしていた。

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