005 第二の壁
ヤスヒコの攻撃手段は鉈しかない。
その鉈が粉々に粉砕した以上、オマールマンを倒すのは不可能だ。
たとえ敵の攻撃が当たらずとも、こちらも決定を与えられない。
普段なら「だるいなぁ」とボヤきながら帰っていただろう。
だが、今のヤスヒコは違っていた。
「もうちょいやってみるか」
戦闘を継続したのだ。
顔面を腕でロックして捻りきろうと考えた。
全てはレイナと付き合うためだ。
こんなところで躓いているようでは最強になれない。
人生で初めて一目惚れした女を諦めるにはまだ早いと思っていた。
「クケケケー!」
「ふんっ」
オマールマンの攻撃を回避すると、ヤスヒコは背後に回り込んだ。
ヘッドロックの要領で海老野郎の頭をロックする。
だが、ここでも予期せぬ問題が発生してしまう。
「いてぇ! 無理無理! 俺の腕が血まみれになっちまう!」
海老のトゲトゲしい顔面は絞めるに向かなかった。
そこですかさず二対の長い触覚を引っ張る作戦に変更する。
背中に左足を当てて、触覚を思い切り後ろに飛行とした。
「クケケー!」
「おわっ」
――が、これも失敗。
オマールマンがヘッドバンギングで対抗したのだ。
敵の力は常人の数百倍あるため、ヤスヒコは余裕の力負けを喫した。
「くっ……! 痛ぇ」
ヘドバンによって吹っ飛ばされたヤスヒコは背中を強打。
地面が岩肌ということもあって顔が歪むほどの痛さだった。
「やっぱり武器がないと勝てないな」
人間は非力だ。
故に強力な武器を駆使する術を身に着けた。
そのことを思い出したヤスヒコは、一転して逃走するのだった。
◇
無事に逃げ切ったヤスヒコは、その足でギルドに戻ろうとした。
とにもかくにも新たな武器がなければどうにもならない。
だが、そうするとダンジョンの攻略には失敗したことになる。
ルール上、今日中にリベンジするのは不可能だ。
そこで、帰る前にザコを狩ることにした。
ボスはダメでもザコなら素手でどうにかなるのではないか。
そう判断したのだ。
「おらぁ!」
「ギョエー」
「せいや!」
「グギャー」
「どりゃ!」
「ピエーン」
ヤスヒコの判断は正しかった。
レベルの10のザコは、これまで倒してきたボスより弱かったのだ。
ゴブリンやコボルトなど種類は様々なれど、例外なく話にならなかった。
「やべーなヤスヒコ!」
「素手で皆殺しにしてんじゃん!」
「お前そんなに強かったのかよ!」
これには他の冒険者もびっくり。
戦闘の手を止めてヤスヒコの戦いぶりに歓声を上げる。
命を刈り取ることに特化した無駄のない動きに感動していた。
「これで50個か」
1時間ほどかけて通常の魔石を50個集めたヤスヒコ。
戦い続けていたため、全身から汗が噴き出ていた。
「俺たちがPTで戦うよりも効率がいいなんて、どうなってんだヤスヒコ」
「とにかくツエーなアイツ……」
「あたし、ヤスヒコ君に惚れちゃったかも……!」
皆が愕然としている。
一方、当のヤスヒコ本人は涼しい顔だ。
周りの反応など心の底からどうでもよかった。
(帰ろう)
だから、ヤスヒコは真っ直ぐ帰還用のポータルに向かう。
何の余韻にも浸っていない。
その様子に、周りは「クール」「カッケェ」と感心する。
とにかく強いヤスヒコは、とりあえずレベル10に到達した。
◇
換金を終えたヤスヒコ。
普段なら直帰するところだが、この日は違っていた。
ギルドの総合案内に行き、受付嬢に質問していたのだ。
「他の冒険者が武器から炎やら雷やら出していたのですが、あれってどういう仕組みですか?」
ヤスヒコにとって、周りの攻撃方法は魔法にしか見えなかった。
可能なら自分も皆と同じように魔法を使いたい。
そうでなくてはいずれ苦戦を強いられるに違いないからだ。
「ダンジョン武器のことですね」
受付嬢のお姉さんがすまし顔で言う。
「ダンジョン武器?」
「ご存じの通り、ダンジョンには『魔力』と呼ばれる地球にはないエネルギーが漂っています。ダンジョン武器では、この魔力を炎などに変換して扱うことが可能になっております。いわばダンジョン専用の装備といったところでしょうか」
「なるほど、そういう仕組みだったんだ」
知った風に言うヤスヒコだが、本当は初耳だった。
そもそも彼は「魔力」という言葉自体ご存じではなかったのだ。
大抵の人間はダンジョン武器に頼らないと魔物と戦えない。
しかし、ヤスヒコは類い稀なる強さによって普通の鉈でやってきた。
そのせいでダンジョン武器を知る機会がなかったのだ。
「そのダンジョン武器はどこで買えますか?」
「ギルド内にある武器屋で販売しております。どうしても値が張りますが、それだけの価値はあると思いますので、是非ご検討してください」
「ありがとうございました」
ヤスヒコは受付嬢に礼を言い、武器屋に向かう。
少しずつではあるが冒険者らしくなってきていた。
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