006 ダンジョン武器

 ギルドはドームのような円形の建物で、四方に入口が存在する。

 各入口の間――北東・北西・南東・南西がショップエリアだ。

 そのエリアに、ヤスヒコは人生で初めてやってきた。


(思ったより色々な店があるんだな)


 ショップエリアはさながらモールのようだった。

 メーカーの専門店から全般を扱う総合店まで揃っている。


 そのことにヤスヒコは驚いた。

「武器屋」「防具屋」みたいな分けられ方をイメージしていたのだ。

 で、それらは各1店舗ずつしかないと思っていた。


(これじゃどこの店がいいのか迷うな)


 全部の店を見て回るのは面倒だ。

 そこで彼は持ち前の観察力を活かすことにした。


(入口に近い店ほど大きくてざっくりしている……大衆向けってことか)


 正解だ。

 各入口に近い店には総合店が多かった。

 価格もリーズナブルで、いわゆる「コスパの良い」店だ。

 アパレルで喩えるならユニクロである。

 ヤスヒコの大好きなメーカーだ。


(覗いてみよう)


 まずは入口に隣接する総合店に入った。

 武器だけでなく防具まで販売している。


(うげー、思ったより高いじゃん)


 ダンジョン用の武具は通常の物より一回り高い。

 一番安い剣ですら15万円もする。

 ヤスヒコが道東の猟師から貰った鉈よりも高かった。


「何かお探しでしょうか?」


 店員のお姉さんがヤスヒコに近づいてきた。

 コロンの甘い香りを放つ美人だ。


「切れ味のいい武器が欲しい」


「切れ味ですか?」


 お姉さんは首を傾げた。

 ヤスヒコのオーダーが珍しかったからだ。


「試し斬りとかさせてもらえたらありがたいんだけど無理かな?」


「試し斬り……?」


 これまた意味不明な発言だった。

 もちろんヤスヒコは何がおかしいのか分かっていない。

 ただ、お姉さんが困惑していることは彼にも読み取れた。


「もしかして俺、何かおかしなことを言っている?」


 普通なら「そんなことございません」と否定するだろう。

 しかし、お姉さんは申し訳なさそうに頷いた。

 それほどおかしかったのだ。


「当店で販売しているのはダンジョン用の武器ですので、通常であれば【ランク】や【タイプ】、【魔力】や【属性】などの希望をお伺いするのですが……」


 ヤスヒコにはお姉さんの言っていることが不明だった。

 とはいえ、彼は一般的な人間なので状況から察することができる。

 そんなわけで、15万円の剣にぶら下がっている性能表を一瞥した。


=========

【名前】ビギナーズブレード

【ランク】F

【タイプ】攻撃

【魔力】50

【属性】火

=========


 お姉さんの言う【ランク】やら【タイプ】やらが書いてある。

 通常の冒険者はそれらの性能と価格を見て購入を検討するのだろう。

 ヤスヒコは一瞬でそこまで考えた。


「ごめん、俺、何も知らなくて。よかったら簡単に教えてもらってもいいっすか?」


 ところが、ヤスヒコは全く分かっていないフリをした。

 曖昧な知識では後々面倒なので、ここで勉強していこうと考えたのだ。


「もちろんですとも!」


 お姉さんは満面の笑みを浮かべた。

 ヤスヒコから購入意欲を感じるからだ。

 上手く接客して販売に繋げたい。

 歩合制の仕事なので気合が入っていた。


「魔力についてはご存じですか?」


「少しだけ。ダンジョンにある特殊なエネルギーで、それを火や雷に変換して戦えるとか?」


「さようでございます! ダンジョンで保有できる魔力は年齢や性別、体格などに関係なく100と決まっていまして、冒険者は100の魔力をやりくりして魔物と戦います」


「保有はどうするの?」


「えーっと……」


 どう説明しようか悩んだあと、お姉さんは笑顔で言った。


「自然と身にまとわりついているんです! ですのでダンジョンに入った時点で保有していることになります!」


「その魔力を消費して戦うわけか」


「消費というよりも、ダンジョン用の装備に付与するようなイメージです」


「付与?」


「例えばそこのビギナーズブレードは、ダンジョン内で振るうと剣先から炎を放ちます。しかし、一度炎を出したからといって保有している魔力が100から50に減るわけではありません。ダンジョンにいる限り何度でも使用できるのです」


「それで消費ではなく付与」


「はい! 冒険者が装備を選ぶ時は、魔力の合計値が100以下になるよう調整しなければなりません。超えてしまうと魔力不足によって性能が激減してしまいます」


「なるほど。性能表の『【魔力】50』はそういう意味だったんだ」


「そうですそうです」


 ヤスヒコの物分かりがいいのでお姉さんも笑顔になる。

 口調も徐々に親しみを感じるものへ移行していた。


「じゃあ【ランク】は?」


「ランクとは魔力の変換効率のようなもので、高いランクの武器ほど少ない魔力でも強力な効果を発揮します」


「同じ魔力50の武器があってもランクがAとFでは雲泥の差ということか」


「その通りです!」


「じゃあランクFの魔力100とランクDの魔力50だとどっちが強いの?」


 ようやく冒険者らしい質問がやってきた。


「良い質問ですね! その場合だと強さは殆ど同じです!」


「そうなんだ」


「武器の強さは【魔力】×【ランク】で決まるのですが、【ランク】を数値化するとあちらのようになります!」


 お姉さんは店内の至る所にある目安表に手を向けた。


=========

A:10倍

B:5倍

C:3倍

D:2倍

E:1.5倍

F:1倍

=========


「目安表を参考に計算すると、ランクFで魔力100の武器の強さは100となります。ランクDで魔力50の武器も50の2倍で100です」


「なるほどぉー!」


 ヤスヒコはお姉さんの分かりやすい説明に感動した。


「同じ強さでもランクDで魔力50の武器のほうが明確に高いのは、保有できる魔力が100だからなんだね」


「そういうことです! 魔力50であれば、他の武器や防具と組み合わせることができますので!」


「よく分かったよ。【タイプ】や【属性】は見たままといった感じかな?」


「そうですね!」


 ヤスヒコのダンジョン武器に関する疑問が概ね解消された。

 まだ不明な点があるけれど、それらは実戦で確かめたほうがいい。


「よし、これを買おう!」


 疑問が解けた瞬間、ヤスヒコは購入する武器を決めた。

 目にも留まらぬ即決だったので、お姉さんも「早ッ」と驚く。


=========

【名前】アイスブレード

【ランク】F

【タイプ】攻撃

【魔力】100

【属性】氷

=========


 ヤスヒコが選んだのはこの武器だ。

 理由は魔力が100で、そのうえ、店で一番安かったからだ。

 最も安いと思ったビギナーズブレードを下回っていた。

 なんと10万円ポッキリで、さらにセールで2割引きの8万円だ。


「本当にそちらの武器でよろしいのですか?」


 高い買い物なので、お姉さんは念のために確認する。

 あと、できればもう少し高い武器にしてほしかった。

 歩合制だから。


「うん、これにするよ」


「そうですか……」


「質問なんだけど、魔力90以上の武器が露骨に安くなるのは、魔力が高すぎて他の装備と併用するのが難しいから?」


「その通りです! 多くの冒険者は魔力70~80の武器を装備し、残りの魔力を防具にあてます。そうすることによって総合的な戦闘能力が――」


「よく分かったよ。じゃあ、これで」


 お姉さんが防具コーナーへ誘導する前に、ヤスヒコは話を打ち切った。

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