004 オマールマン
レイナと付き合いたい――。
人生に意義を見出したヤスヒコだが、さっそく問題が発生した。
「ヤスヒコ様が挑めるダンジョンのレベルは2が上限です……」
様子見でレベル10のダンジョンへ行こうとして断られた。
安全上の都合により、ダンジョンのレベルには制限があったのだ。
自分のレベル+1がダンジョンレベルの上限である。
レベル1のヤスヒコが挑めるのはレベル2のダンジョンまでだ。
「他に何か制限はありますか?」
念のために尋ねておく。
「PTの最大人数は4人で、1日に挑めるダンジョンの数は一つまでとなっています」
「すると、どれだけ頑張っても1日1レベルしか上げられないってことですか?」
受付嬢は「そうです」と頷いた。
「そうなると序盤で躓くわけにはいかないな」
卒業まで残り700日程度。
その間に、最低でも489レベルは上げる必要がある。
しかも、それは世界トップが490で固定されていた場合の想定だ。
実際にはトップのレベルも上がっていくに違いない。
現実的に考えると500以上のレベルアップが必要だった。
(厳しい目標だが仕方ない。相手は日本一のアイドルだしな)
喚いても変わらないので、ヤスヒコは大人しくレベル2のダンジョンに入った。
◇
ヤスヒコにとって、レベル2のダンジョンはお遊びも同然だった。
道東で暴れ回っていたエゾシカのほうが遥かに怖い。
そのため、労せずダンジョンの攻略に成功した。
ダンジョンの攻略条件はどこでも同じだ。
一度の挑戦で、上級魔石1個か通常の魔石50個を持ち帰ること。
つまりボスを1体倒すかザコを50体倒せば攻略達成となる。
大体の冒険者はボスを避けてザコを選ぶ。
時間はかかるけれど、そのほうが安全に戦えるからだ。
面倒臭がりなヤスヒコは迷わずにボスと戦う。
猟師から貰った愛用の鉈でサクッと仕留めて終了だ。
ボスを倒したら、ザコには目もくれずに帰還する。
周りの冒険者が彼のお手並みに驚いているが気にしない。
ギルドとダンジョンを繋ぐ
ダンジョンに転移した20分後にはギルドに戻っていた。
ギルドに着いたら魔石を換金する。
レベル2のダンジョンなので、7万円が支払われた。
上級魔石のレートはダンジョンレベル×1万円+5万円だ。
(レベル1との違いが分からないほど弱かったな。これならあっさりレベル100くらいまでいっちゃうかもなぁ)
余裕
しかし、そんな彼に予期せぬ落とし穴が待っていた。
◇
「すご! ソロでボスを瞬殺かよ!」
「あれ? あの人、前にテレビでレイナに告白していた人じゃない?」
「そうそう、ヤスヒコだよ」
「このダンジョンにいるってことは同じギルドだったんだ!?」
「知らなかったのか? 泉州ギルドの名物高校生だぜ」
次の日も、また次の日も、ヤスヒコはギルドに足を運んだ。
ダンジョンに行き、ボスを瞬殺して、レベルを上げていく。
「最初の壁」と呼ばれるレベル5も難なく突破した。
それから数日後――。
(忘れ物はないな? ……といっても鉈と鞄だけなんだが)
放課後、ヤスヒコはいつものようにギルドへ来ていた。
手続きを済ませて、ダンジョンへ転送するための部屋に到着。
腰に鉈を装備し、学生鞄を肩に掛けている。
いつもと同じ格好だ。
「よし、やるか」
部屋の中にあるパソコンを操作。
奥にある仰々しい機械が唸り声を上げて起動する。
ほどなくして黒いモヤモヤが現れた。
ポータルだ。
ヤスヒコは大股でポータルに近づく。
そして触れると、彼の姿はその場から忽然と消えた。
ダンジョンに転移したのだ。
今回、ヤスヒコが挑むのはレベル10のダンジョン。
敵が明確に強くなることから、世間では「第二の壁」と称されている。
最初の壁と違い、この壁は本物だった。
◇
転移先はどこまでも続く荒野だった。
アメリカのカリフォルニアにありそうな雰囲気が漂っている。
そこに数十人の冒険者がいた。
なかにはヤスヒコと同じ学校の生徒の姿もあった。
(えらく多いな……!)
今までは多くても10人程度しかいなかった。
ヤスヒコは自分がボリューム層に昇格したのだと認識した。
「うおおおおおお!」
「アチョー!」
「チェストー!」
あちこちで戦闘が繰り広げられていた。
冒険者たちは武器を振り回し、炎や雷を飛ばしている。
誰もがPTで行動しており、ソロはヤスヒコしかいない。
(どういうカラクリだ? 本当に同じ人間か?)
首を傾げるヤスヒコ。
しかし、深くは考えないことにした。
他人のことなどどうでもいい。
(ボスはどこだ?)
いつものようにボスを捜す。
常人であれば、この作業は非常に困難だ。
ゲームと違ってミニマップなど存在しないから。
そのうえ、ボスだって生き物なので自由に行動する。
いつも同じ場所にいるとは限らない。
だが、ヤスヒコには見つける方法があった。
フィールドサインをよく調べることだ。
要するに足跡を見て当たりを付けるということ。
ただし、ヤスヒコが見るのはボスの足跡ではない。
その他の足跡だ。
(こっちだな)
1分もかからずに正しい方角を導き出した。
その方角だけ足跡の濃度が明確に低かったからだ。
つまりザコが全くいないということ。
原則としてボスは単独で行動しており、ザコは近づかない。
ザコが寄りつかない場所には冒険者も近寄らない。
したがって、足跡のない場所へ向かうと――。
「いたな」
――あっさりボスを発見できる。
「クケケケケ!」
笑い声のような音を発するのは人型の巨大オマール海老だ。
人間のような脚を生やしており、それで巧みな二足歩行を行う。
その名も――オマールマン。
「サクッと仕留めて帰るぜ」
ヤスヒコは鞄を地面に置き、鉈を抜いた。
警戒感を絶やすことなくオマールマンとの距離を詰める。
「クケケケー!」
オマールマンが右のハサミで攻撃する。
ヤスヒコを挟んで真っ二つにするつもりだ。
並の人間であれば速くて捉えるのがやっとのスピード。
「遅いな」
しかしヤスヒコにとっては遅すぎた。
スンッと最低限の動きで軽やかに回避する。
ヤスヒコの反射神経は猫以上だ。
そのうえハヤブサを凌駕する動体視力も併せ持つ。
オマールマンの攻撃が当たる確率は0%だった。
「終わりだ」
ヤスヒコは鉈を逆手に持ち、オマールマンの顔に突き刺す。
――が、鉈は刺さらなかった。
パリィイイイン!
派手な音とともに刃が粉々に砕け散ったのだ。
「ウソだろ?」
ヤスヒコは目を疑った。
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