003 プロローグ③

「ヤスヒコの奴、レイナに告白したのか?」


「生放送中に……!?」


 生徒たちがざわつく。

 レイナもまさかの告白に固まっていた。


(そんなこと言う雰囲気じゃなかったじゃん! というか今も!)


 レイナの視界に映るヤスヒコは無表情そのものだ。

 発情した猿の如き他の男子とは全く違う雰囲気を醸している。

 だからこそ選んだというのに思わぬ大誤算だった。


(どうしたらいいの!? これ!)


 レイナは何も言わずに振り返る。

 ディレクターのカンペに出ている指示を確認するためだ。


『面白くなってきた! 好きにしていいよ!』


 ディレクターは満面の笑みを浮かべていた。

 その隣にいるマネージャーも親指をグッと立たせている。


(私に丸投げ~~~~~~!?)


 まさかの奇襲に動揺するレイナ。

 しかしテレビ慣れしている彼女は、すぐに平常心を取り戻した。

 深呼吸を一度すると、ヤスヒコに向かって微笑みかける。


「気持ちは嬉しいけど、私、誰と付き合うかは決めているの」


「好きな人がいるってことか」


 それなら仕方ないと諦めるヤスヒコ。

 だが、レイナは「ううん」と首を振った。


「私、最強の人と付き合いたいの」


「最強の人?」


「誰よりもレベルが高い人のこと」


「何のレベル?」


 首を傾げるヤスヒコ。

 他の全生徒が理解している中、彼だけは本当に分かっていなかった。


「冒険者レベルのこと。私が高校を卒業する時に、そのレベルが最も高い人と付き合いたいと思っているの」


「へぇ、そんなレベルがあるんだ? どうやって確認するの? 俺、もしかしたらそれなりのレベルかも」


 高校に入学して以降、ヤスヒコは毎週欠かさずダンジョンに通っている。

 戦闘の腕には多少の自信があるし、チャンスがあるかもしれないと思った。


「ステータスカードは分かる? ダンジョンに入ったことがあるなら貰っているはずだけど」


「これのことかな?」


 ヤスヒコは懐から財布を出して、一枚のカードを手に取った。

 彼が「身分証」と呼んでいるものだ。


「そう、これ。表面にレベルが記載されているよね? それが冒険者レベル」


「ほう?」


 ヤスヒコはくるりとカードをひっくり返した。

 カメラが彼のカードにズームする中、レベルが映し出される。


『レベル:1』


 次の瞬間、教室内で爆笑が起こった。

 レイナも思わず「プッ」と吹き出してしまう。


「レベル1じゃん!」


「つまり高いってこと?」


「最低レベルに決まってるでしょ!」


 涙がちょちょ切れるほど笑うレイナ。

 他の生徒も笑い転げていた。

 ユウイチなどは笑いすぎて窒息死しかけている。


「おかしいな、ダンジョンには通っているんだけど……」


「と、とにかく、私と付き合いたいなら、再来年の三月までにレベルをたくさん上げてね」


「再来年ってことは……今は二年なの?」


「うん、君と同じだよ」


「年齢まで一緒とは運命を感じる」


「私は感じないけどね」


 レイナはクスリと笑い、ヤスヒコに背を向けた。


「またね、ヤスヒコ君」


「どうして俺の名前を知っている?」


「ステータスカードに書いてあったからね」


「なるほど」


「じゃあ頑張ってね」


 レイナは教師にインタビューすることなく教室をあとにした。

 ディレクターから切り上げるよう指示が出ていたからだ。


 その後、ヤスヒコは校長室に呼び出されてこっぴどく叱られた。

 生放送中に告白して番組の進行を妨げるとは何事だと。

 学校の皆からは「めちゃくちゃ面白い奴」として認識された。


 ◇


 ヤスヒコは釈然としなかった。

 自分のレベルが1しかないことに。

 少なくとも10くらいはあると思っていたのだ。

 そこで、レベルの仕様を聞くことにした。


 やってきたのは、ギルドと呼ばれる冒険者用の施設。

 東京ドーム3個分ほどの大きさで、全国の至る所に点在している。


 冒険者としての活動は全てギルドが起点になっていた。

 ダンジョンへ行くのもギルドを経由しなければならない。

 ヤスヒコは利用したことがないけれど、武器なども売っている。

 魔石の換金も当然ながらギルドで行う。


「おいアイツ、昼のテレビに出ていた……」


「レイナに告白した身の程知らずじゃん!」


「でもガッツあるよなー! クソ面白かったけど!」


 周りの人間がヤスヒコを指さしてケラケラと笑っている。

 しかし、ヤスヒコは何とも思っていなかった。

 レイナに告白したことからも分かる通り、彼は他人の目を気にしない。


「冒険者レベルの仕様について教えてもらえませんか?」


 ギルドの総合案内カウンターで、ヤスヒコは質問した。

 担当する受付嬢のお姉さんは笑顔で答える。


「冒険者レベルは自分が攻略したダンジョンの最高レベルと同じです。つまり、レベル1の冒険者がレベル2のダンジョンを攻略した場合、その方の冒険者レベルは1から2に上がります」


「なるほど」


 ヤスヒコは納得した。

 そういう仕様であれば自分は紛れもなくレベル1だな、と。

 今まで一度たりともレベル2以上のダンジョンに行ったことがないのだ。


「今の最高レベルってどのくらいか分かりますか?」


「世界ランキングのトップは490で、日本人のトップは180です」


「ふむ」


 レイナは「最もレベルの高い人と付き合いたい」と言っていた。

 しかし、それが世界トップなのか日本人のトップなのか分からない。


(ま、世界トップになりゃいいだけか)


 ヤスヒコとレイナが卒業すまで残り約700日。

 日数的には、レベル490は決して無理な目標ではない。


 万年レベル1だったヤスヒコはレベル上げを決意した。

 一目惚れしたアイドルと付き合うため、眠れる獅子が目を覚ましたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る