020 アキ

 メグが嫌がったアキのしたいこと。

 それは――。


「残念! ハズレでーす!」


「もう1回! お姉ちゃん、もう1回したい!」


「ごめんね、チケットがないと抽選はできないの」


 商店街にあるクジ引きスタッフだ。

 厳密には、そうした仕事を始めとするボランティア活動である。


 そう、アキはボランティア活動に積極的なのだ。

 強い正義感を持ち、人の役に立つことを喜びとしている。

 なかなか珍しい根っからの善人だ。


「ヤスヒコ、ボランティアは楽しいだろ?」


 アキが話しかける。

 彼女とヤスヒコは、商店街で新たな客を待っていた。


「楽しくはない。ただ、色々やれて退屈はしなかった」


 クジ引きスタッフの前はゴミ拾いをしていた。

 その前は老人ホームで介護作業の手伝いをしている。

 どの作業も無償だ。


「退屈しないとはセンスがあるな。メグなんか文句ばかり言うぞ。奴はお金が大好きだからな」


「サナはどうなんだ? アイツもボランティアを嫌うのか?」


「いや、サナは嫌わない。むしろ彼女はボランティアが大好きなんだ。しかし、サナはボランティアアレルギーでな……」


「ボランティアアレルギー?」


「ボランティアをしようとしたら発作を起こすそうだ」


 ヤスヒコにも分かる下手な嘘だ。

 ところが、アキはすっかり信じ込んでいた。

 そういう性格なのだろう、とヤスヒコは思った。

 だから話を合わせておく。


「そうか、アレルギーなら仕方ないな」


「うむ! だから最近は一人でボランティアに励んでいたが、幸いにもヤスヒコと出会うことができた」


「今後は一緒にボランティアをしようってか?」


「その通り! 人の役に立つのはいいことだ! 他人を喜ばせて自分も喜ぶ、それこそ人生の醍醐味だろう!」


「その気持ちは今ひとつ分からないが、ボランティアに協力することはできる」


「本当か!」


 声を弾ませるアキ。


「ただ、ダンジョンが終わってからにしてくれ。俺はレベルを上げる必要がある」


「もちろんだとも! 私も強敵と戦いたいから好都合だ!」


 ヤスヒコは静かに頷いた。

 商店街はガラガラで、誰か来るような気配はない。


「ヤスヒコ、君は強い上に優しくて実にいい男だな!」


「アキもいい人だと思うよ」


「ははは、私たちは気があうな!」


「そうだな」


 アキのヤスヒコに対する好感度が大幅にアップした。


 ◇


 それから一週間が経過した。

 ヤスヒコのレベル上げは順調に進み――。


「ヤスヒコ様、メグ様、サナ様、アキ様、レベル20おめでとうございます!」


 ――四人はレベル20に到達した。

 これは高校生の中ではそれなりに高いほうだ。

 大体の学生が10でストップする。


「今日もたくさん稼いだね! ヤスヒコ君!」


 魔石の換金を終え、サナはホクホク顔だ。


「しばらくのお別れに相応しい稼ぎだったなー!」


 ヤスヒコではなくメグが答える。


「そうか、明日からゴールデンウィークか」


 メグの発言で、ヤスヒコは明日から休みだと気づいた。


「私がいない間に他の女と仲良くなったらダメだからね?」


 サナが釘を刺す。

 ゴールデンウィークの間、彼女とメグは大阪にいない。

 帰省するからだ。


「安心していいよ。ゴールデンウィーク期間中は家で大人しくしている」


 日々の狩りによって、ヤスヒコの資金は過去最高に達していた。

 そのため、一人でシコシコお金稼ぎをする必要がなかった。

 外に出るのも億劫なので家でのんびり過ごす予定だ。


「アキはどーするの? ゴールデンウィーク」


 メグが尋ねる。

 アキはナックルを外しながら答えた。


「私は家で休んでいるか、修行しているか、もしくはボランティア活動だ」


「頑張るねー! そろそろ男の一人や二人作ったらどうよ? せっかく美人なのにさ!」


「私より強い男がいれば前向きに検討しよう」


「それならいるじゃん!」


 メグが「ここに!」とヤスヒコの肩を叩く。


「たしかにヤスヒコが相手なら文句はないが……」


 アキの視線がサナに向く。


「ガルルゥ……!」


 サナは獣のように唸りながらアキを睨んでいた。


「さすがのアキもサナには敵わないかー! じゃあヤスヒコはダメだね!」


「俺とサナは別に付き合っていないよ」


 ヤスヒコが口を挟む。


「でも、休みの時とか二人で過ごしているんでしょ? ヤスヒコの家でお泊まりしてさ」


「おう。休みの日はいつもサナと一緒だ」


「そりゃ一般的には付き合っていることになるって!」


 メグの言葉に、サナは「ふふふ」と得意気に笑う。

 もちろんヤスヒコは「いや」と否定した。


「一般的にはそうだとしても、俺たちは違う。だよな? サナ」


「う、うん! 私とヤスヒコ君は付き合っていないよ! ただずっと一緒に過ごして、同じ布団で寝ているだけ! 一緒にお風呂にも入るし、お揃いのパジャマも買ったし、外では手を繋いでいるけど、付き合ってはいない!」


「と、いうことだ。分かってもらえたか?」


 メグとアキは苦笑いを浮かべた。


 ◇


 ゴールデンウィークの初日。

 事前の宣言通り、ヤスヒコは家で過ごしていた。

 ディープフェイクで合成されたレイナのセクシー動画を堪能する。


「む? またか」


 気分良く動画を観ているとLINEのメッセージが届いた。

 相手はサナだ。

 今どこで何をしているのか、写真を添えて送ってくる。


「今だけはどうにかして通知が出ないようにできないのか……」


 ヤスヒコはスマホに疎い。

 そのためLINEの通知をオフにする術を知らなかった。


「これでは満足に過ごせないな……」


 と呟いたところで、またしてもスマホが鳴る。


「む?」


 今度の発信者はサナではなかった。


 アキだ。

 個別ルームで話しかけてきている。


『ヤスヒコ、今は暇か?』


 ヤスヒコは不慣れな手つきで文字を入力した。


『暇だよ。どうした?』


『ならこれから私とダンジョンに行かないか?』


『二人で?』


『そうだ。厳しいなら無理にとは言わないが』


 普段なら「気分じゃない」と断っている。

 ただ、今日はサナのLINEにうんざりしていたため承諾した。


『じゃあ30分後に泉州第一ギルドで会おう! ロビーで集合だ!』


 ヤスヒコは「ほい」と返して支度を調えた。

 彼は気づいていないが、明らかにデートのお誘いである。

 アキはサナのいない隙を突いて、ヤスヒコとの関係を深めようとしていた。

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