021 ミノタウロス

 レベル20のダンジョンは大草原。

 只の草原ではなく、真ん中に大きな闘技場がある。

 ローマのコロッセオを彷彿とさせる建物だ。


「昨日と同じならボスはあの闘技場にいるな」


 ヤスヒコは左手に弓、右手に矢を持つ。

 武器は変わらず〈光の弓D50〉だ。


「二人で狩りをするのは初めてだな! 腕が鳴る!」


 アキも愛用の〈アサシンナックル〉を装備してやる気十分だ。


「「「モォオオオオオ!」」」


 まずはザコモンスターが二人に襲い掛かった。

 三本のツノを持つ闘牛〈トリプルブル〉だ。

 さらに二本のツノを持つ熊〈ダブルベア〉も加勢する構え。


「牛が三頭に熊が二頭か。アキ、どっちを倒す?」


「私は熊をもらおう。牛の突進とは相性が悪い」


「オーケー」


 ヤスヒコはテンポよく矢を放ってブルを倒す。

 敵が到達するより先に、全ての矢を脳天に命中させた。

 このレベルの敵が相手でも〈光の弓D50〉なら一撃だ。


「さすがはヤスヒコ、いい腕だ!」


 アキが駆け出した。

 転がるブルの魔石を飛び越え、その奥にいる二頭の熊へ。


「「グォオオオオオオオオ!」」


 熊は両サイドに展開し、右の腕を振り上げる。

 見た目は凶悪だが、道東に巣くうヒグマよりも動きが鈍い。

 防具で身体能力を底上げしているアキの敵ではなかった。


「はぁ! せいやー!」


 アキは後ろ回し蹴りで一頭を吹き飛ばす。

 蹴られた個体は即死は免れたようで派手に転がった。


 さらに勢いを殺すことなくもう一頭に正拳突き。

 こちらはナックルの刃が胴体を貫いて死に至らしめた。


「これで!」


 倒れている熊に追い打ちに拳を叩き込む。

 二頭目も死亡し、魔石となった。


「いい動きだ。俺も防具を買おうか悩むな」


「防具はいいぞヤスヒコ! 動きが速くなると気持ちいいものだ!」


「でも、弓かサーベルの片方を捨てることになるのがな」


 二人は話しながら闘技場に向かう。

 回収担当のメグがいないため、自分たちで魔石を拾った。


「サーベルは不要じゃないか? いつも弓ばかり使っているではないか」


「レベル20程度の敵ならそれでもいいが、ドラゴンのような魔物が相手になると近接武器が欲しいな」


 ヤスヒコはドラゴンと戦った時のことを思い出す。

 あの戦い、サーベルがなければ負けていた。

 防具で身体能力を上げても勝てなかっただろう。


「さて、闘技場に着いたわけだが――」


 ヤスヒコは前方を見ながら言う。


「――中に入るだけでも一苦労だな、こりゃ」


 闘技場の入口前には大量の魔物がいた。

 ゴブリンやインプといった戦闘力の低い小型ばかりだ。


「昨日は簡単に入れたのにな。まぁ時間はたっぷりある。のんびり行こうではないか」


 ヤスヒコは「だな」と頷いて矢を放つ。

 それが戦闘開始の合図となり、アキは敵の群れに突撃した。


「ヤスヒコ、私はもっと君について知りたい!」


 魔物を皆殺しにしながら話すアキ。

 獅子奮迅の活躍ぶりだ。

 ヤスヒコは弓でサポートに徹した。


「なら気になることを質問してくれ」


「では訊こう! 兄弟や姉妹はいるか?」


「いない、一人っ子だ」


「どうして一人暮らしをしている? 大阪が好きなのか?」


「いや、両親が死んだからだ」


「む? それは……すまなかった、配慮に欠けていた」


「そんなことないさ」


 ヤスヒコは無表情で話しつつ、家族で過ごした日々を思い出す。

 彼の家庭は古き昭和を体現したようなものだった。

 父親は亭主関白で、ヤスヒコと同じく口数は決して多くない。

 母親は専業主婦で、これまた寡黙な性格だが愛情に満ちていた。

 夫婦仲は良好であり、ヤスヒコとの関係も良かった。


 そんな両親は、ヤスヒコが中学を卒業して間もなく命を落とした。

 夫婦水入らずで旅行へ向かっている最中のことだ。

 茂みから飛び出したエゾシカを避けようとして、車ごと崖から転落した。


「俺が大阪に来たのは、親戚がこっちに住んでいるからなんだ」


 両親を失ったヤスヒコは、大阪の親戚に拾われた。

 しかし、すぐに家を追い出されることになる。


 親戚はヤスヒコの両親が残した資産を狙っていたのだ。

 世間知らずの子供を上手く言いくるめて掠め取るつもりだった。


 ところが、そうはいかなかった。

 ヤスヒコの両親は、個人名義での資産を持っていなかったのだ。

 家から何まで全て法人名義になっていた。

 そして、この法人には資産と同等の負債があった。


「で、金にならないと分かった途端に俺は追い出されたわけさ」


「壮絶だったんだな、ヤスヒコ」


 思ったよりも重い話に、アキの声もどんよりする。


「そんなことないさ。元から自分の力で生きるつもりだった」


 追い出される前から、ヤスヒコは冒険者として活動していた。

 高校を卒業すると同時に一人暮らしをしようと考えていたのだ。

 その計画が三年ばかり早くなっただけのこと。


「ふぅ、どうにか片付いたな! ヤスヒコ、いいサポートだった!」


「アキが暴れてくれるおかげで俺は楽をできた」


 ザコの掃除が終わり、二人は魔石を集める。

 お金を稼ぐ気はなかったが、それなりの額になりそうだ。


「ヤスヒコ、君はサナと付き合っていないのだろ?」


「おう」


 闘技場の中を歩く二人。

 向かうは中央のバトルフィールドだ。


「ならサナより先に申請すれば、私も君と一緒に過ごせるのか?」


「もちろん――」


 ここでヤスヒコは、驚く提案をした。


「――なんならウチに泊まっていくか?」


「え? ええぇぇぇ!」


 これには流石のアキも驚く。

 顔をポッと赤くして答えに困っていた。


「ゴールデンウィークの予定が特にないと言っていただろ?」


「たしかに言ったが……」


「なら一人より二人で過ごすほうが楽しいんじゃないか?」


「それは、そうだが……」


 アキが動揺するのも無理のないことだ。

 それが一般的な反応である。

 異性とのお泊まりデートは決して軽々しくできるものではない。

 高校生ほどの年齢ともなれば尚更だ。


 しかし、ヤスヒコにはそれが分からなかった。

 毎週、“お友達”のサナが泊まりに来ているからだ。


「無理にとは言わないよ」


「いや、待てヤスヒコ。無理とは言っていない」


 アキが慌てて止める。


「是非とも泊まらせてほしい。ギルドに戻ったら親に連絡する!」


 かつてないほど胸が躍るアキ。

 まさかヤスヒコからお泊まりに誘ってくるとは思いもしなかった。

 アキにとっては大助かりの展開だ。


「お、いたいた」


 ヤスヒコが言う。

 闘技場のバトルフィールドにボスがいた。


 3メートル級の大型ミノタウロスだ。

 全身を鎧でガチガチに固めており、巨大な斧を両手で持っている。

 昨日は守られていない顔面をヤスヒコが射抜いたことで楽勝だった。


「ヤスヒコ、奴は私に倒させてくれないか」


「ソロで挑むつもりか?」


「私の戦いぶりを君に見せたい」


 アキにとっては自己アピールのつもりだ。


「アキの強さは既に知っているが。ま、希望するならそれに従うよ」


「ありがとう! では参る!」


 アキはミノタウロスに突っ込んだ。

 拳で戦うスタイルなので、兎にも角にも距離を詰めなくては始まらない。


「ムォオオオオオ!」


 ミノタウロスは巨大な斧で攻撃。

 見た目に反して動きが速い。


「動きが直線的すぎるぞ!」


 アキは軽やかに回避。

 敵の懐に潜り込んで反撃の拳を叩き込む。

 だが、鎧によって弾かれてしまった。


「グッ……!」


「大丈夫か? 手首を痛めたんじゃないか?」


「ガントレットのおかげで問題ない。ただ、この武器では敵の装甲を突き破るのは難しそうだ」


 アキの武器はEランクの魔力50だ。

 つまりFランクの魔力75と同程度の強さである。

 ミノタウロスの鎧を破るにはEランクの魔力100は必要だ。

 これはDランクの魔力75、Cランクの魔力50に相当する。


「加勢しようか?」


「大丈夫だ。昨日のヤスヒコ同様、守られていない顔を殴る!」


 アキの判断は正しい。

 だが、行動に移すのは難しかった。


 体格差の問題だ。

 アキの身長は161cmで、ミノタウロスは3メートル超え。

 彼女が必死に手を伸ばしても顔に届かないのだ。

 殴るにはジャンプするか、敵を屈ませる必要がある。


(ジャンプは危険だ。ここは後ろに回り込み、膝に蹴りを入れてバランスを崩させてから――)


 アキが戦闘プランを練る。

 その時だった。


「グォオオオオオ……!」


 ミノタウロスの全身が炎に包まれたのだ。

 そのまま燃え尽き、灰ならぬ上級魔石と化してしまった。


「この程度のザコにも苦戦するとか、やっぱり一般人はダメだなぁ」


 客席から馬鹿にしたような声がする。

 ヤスヒコとアキが目を向けると、そこには高校生の集団がいた。

 男3人、女1人からなるPTだ。

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