022 フレイムナイツ

「なんだあいつら」


 ヤスヒコが怪訝そうに見た。

 アキも「さぁ」と首を傾げている。


「おいおい、助けてやったんだから礼を言ったらどうだ?」


 PTのリーダー・トモキが言う。

 短めの黒い髪をワックスで立たせている男だ。

 武器は片手用の剣で、盾や軽装鎧、籠手を装備している。

 ファンタジー作品に登場する剣士のような格好だ。


「私は別に助けなど求めていない。余計なお世話だ」


 アキはムッとした顔で魔石を拾う。

 すると――。


「なに人の魔石をパクってんだよ。ミノタウロスは俺が倒したんだぜ?」


 長い杖を持った男・シンゴが言った。

 女目的でバンド活動をしていそうなロン毛野郎だ。


 トモキたちは客席からバトルフィールドに飛び降りた。

 それなりの高さだが、全員が防具の靴を履いているため問題ない。

 強化された脚力には落下ダメージを和らげる効果もあるのだ。


「ふざけたことを……!」


「アキ、魔石を譲ってやれ」


 ヤスヒコが言うと、アキは「正気か!?」と振り返った。


「奴等は横取りしてでもその魔石が欲しかったんだ。その意を汲んでやろう。せっかくの休みにザコとの面倒ごとに関わるのはごめんだからな」


 ヤスヒコには悪気はない。

 むしろ、彼は相手を思いやっているつもりだった。


「ヤスヒコがそう言うなら……」


 アキはトモキらの足下に魔石を投げ、ヤスヒコと共に去ろうとする。

 もちろん連中はその振る舞いを許さなかった。


「おい、待てよ。そこの男」


 トモキがヤスヒコを呼び止める。


「まだ何か?」


 呆れ顔で振り返るヤスヒコ。


「誰がザコだって?」


 ピキピキと苛つくトモキ。

 一方、仲間のリュウイチ、シンゴ、ミカはニヤついている。


「やめなよトモキ、女の前でいい格好をしたかっただけでしょ。許してやりなよ、一般人の戯れ言くらい」


 ミカが形だけの制止を行う。

 左側が赤で右側が青という二色のショートボブが特徴的な女だ。


「そうだぜトモキ、相手が大人ならまだしも俺らと同い年くらいじゃん。いじめてやるなよ、可哀想だろー?」


 野球部にいそうな丸刈り男のリュウイチが加わる。


「誰がって、そりゃお前らのことだよ」


 ヤスヒコは真顔で言った。


「「「なんだと?」」」


 トモキだけでなくリュウイチとシンゴも苛つく。

 ミカも「調子に乗りやがって」と舌打ちした。


「そんな風に言われちゃ許せないな」


 トモキは魔石を拾うと、アキに投げ返した。


「一般人のお前に格の違いを見せてやるよ。前に出ろ。サシで勝負しろ」


 剣を抜くトモキ。


「そういう面倒ごとを避けたいから魔石をくれてやったのに」


 ヤスヒコはため息をつきながら応じる。

 力の差を見せつけたほうが手っ取り早いと判断したのだ。

 サーベルを抜いて前に出る。


「ヤスヒコ、待て」


 そんな彼をアキが止める。


「奴等は先ほどから私らを『一般人』と呼んでいる」


「それは俺も気になっていた。芸能人か何かなのかな?」


「いや、まず間違いなく冒険者学校の生徒だ」


 シンゴが「正解でーす」とおちゃらけた感じで言う。


「冒険者学校? なんだそれ?」


「嘘、冒険者学校も知らないの? それで私らのことザコって言ったの? うけるんだけどー!」


 ミカが馬鹿にしたように笑う。

 リュウイチとシンゴも腹を抱えて大ウケだ。


「冒険者学校は、その名の通り冒険者の養成に特化した高校だ。国が運営していて、各都道府県に存在している」


 アキが説明する。


「その中でもレベルの高い大阪校に通っているのが俺たちフレイムナイツだ」


 トモキが補足した。

 フレイムナイツというのは彼らのPT名だ。


「そんなものがあるんだな」


 ヤスヒコはそういったことに疎い。

 また、彼を引き取った親戚は、彼の強さを知らなかった。

 そこら辺にいる中高生と同じだと思っていたのだ。

 だから、ヤスヒコが冒険者学校について知る機会が今までなかった。


「ま、分かったんなら発言を訂正して謝るんだな。何も知らないお馬鹿さんみたいだし、それで今回は許してやるよ」


 偉そうに言うトモキ。


「いや、かえって興味が湧いた。勝負しよう」


 相手は冒険者に特化した存在。

 それを知ったヤスヒコは、この件を好機だと捉えた。

 自分の実力を客観的に知るいい機会である、と。


「ルールは単純だ。先に相手に刃を当てたほうの勝ちとする。知らないかもしれないので教えてやると、ダンジョン武器で人を斬ることはできない。だから安心して攻撃してくるといい」


 トモキの説明に、ヤスヒコは「分かった」と頷く。


「念のために聞くが、お前らのなかで一番強いのはお前でいいんだよな? 後ろのハゲとロン毛のほうが強いとか言うなよ」


「誰がハゲじゃい!」とリュウイチが叫ぶ。


「安心しろ、俺が一番強い。実力でも、レベルでも」


「それを聞いて安心した」


 こうして二人の戦闘が始まった。

 ヤスヒコはサーベルを右手で持ち、歩いて距離を詰める。


「ヤスヒコ……! 油断するなよ、相手は強いぞ……!」


 冒険者学校の生徒と知り、アキは萎縮していた。

 それは彼女がかつて冒険者高校を受けて落ちたからだ。

 しかも受けたのはトモキらの通う大阪校である。

 だから、無意識の内に相手を自分より強いと思い込んでいた。


「いくぜ、身の程知らずの無知野郎!」


 トモキが動き出す。

 アキに匹敵する速度で走り、盾を前に構えてタックル。


「イノシシみたいな動きだ」


 ヤスヒコは最低限の動きでスッと回避。


「少しは動けるようだな。いい靴を履いているのか?」


「靴か? アシックスのスニーカーだ。セールで買った」


 リュウイチたちが盛大に吹き出す。

 アキも思わず笑った。


「ふざけたことを! アシックスは一般靴のメーカーだろうが! 馬鹿にするのもいい加減にしろよ!」


 トモキはくるりと横に回転。

 水平に寝かせた剣でヤスヒコの体を狙う。

 籠手によって強化された腕力が高い攻撃速度を実現していた。

 ――だが。


「これで俺の勝ちだな」


 ヤスヒコのほうが速かった。

 トモキが回転を始めるや否や、彼はサーベルを動かしていた。

 トモキの顔が来るであろう場所に切っ先を向けて待っていたのだ。

 超人的な反射神経だからこその芸当である。


「なっ……」


 固まるトモキ。

 鼻先にサーベルが当たっている。

 実戦なら切れていた。


「なんだ今の動き」


「速すぎて見えなかったぞ」


「嘘……トモキがあっさり負けた……」


 これまで余裕ぶっていたリュウイチたちの顔が真っ青になる。


「ヤスヒコに心配は無用だったな」


 アキは安堵の笑みを浮かべる。


「おま……! ふざけんな! 只のマグレだろうがよぉ!」


 トモキは現実を受け入れられずに戦闘を続行。

 ヤスヒコのサーベルを手で払い、剣で斬りかかろうとする。

 しかし、彼が剣を振り上げた瞬間――。


「マグレじゃないと分かってもらえたかな?」


 ――トモキの首元に、ヤスヒコのサーベルがあった。

 切っ先が首に向けられている。

 さすがのトモキも受け入れざるを得なかった。


「そんな……俺が……一般人如きに……」


 崩落するトモキ。

 他の連中も愕然としたまま動けない。


「じゃ、そういうことで。待たせたなアキ、帰ろう」


「おう!」


 ヤスヒコは涼しい顔でアキと去っていく。

 二人が消えても、トモキたちは動くことができなかった。

 それほどまでに衝撃的だったのだ。


「ヤスヒコ、やっぱり君は強いな! 冒険者学校の生徒にも圧勝とは!」


 ポータルに向かう道すがら、アキが声を弾ませる。


「あまりにも弱すぎて参考にならなかったな」


「ヤスヒコが強すぎるというのもあるが、たしかにあの男は弱かった。私すら勝てたかもしれない」


 実際のところ、同じグレードの装備ならアキのほうが強い。

 それは彼女が高校に入ってからメキメキと実力をつけたからだ。


 また、二人には知る由もないが、トモキの防具はCランクである。

 装備することで得られる効果はアキの防具と比較にならなかった。

 それでもなお、トモキはヤスヒコに手も足も及ばなかったのだ。

 防具を装備していないヤスヒコに。


「このあとは外でご飯を食べたら家に帰る流れでいいのかな? いや、その前にアキの歯ブラシとかを買う必要があるか」


 ヤスヒコが前を向きながら話す。


(そっか! 私、ヤスヒコの家に泊まるんだった! ヤスヒコと二人で夜を過ごすんだ……!)


 アキは今日のメインイベントを思い出した。

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