019 魔石の噂
魔石の換金が行った際、ヤスヒコは愕然とした。
良く言えばクール、悪く言えば仏頂面の顔が大きく歪む。
「あのドラゴンが只のボスと同じ価値とか正気か?」
「そうは言われましても規則ですので……」
「とんでもない規則だな」
ドラゴンの上級魔石の価格は19万円。
これは通常ボスのリザードマンと同額だ。
とはいえ、受付嬢に文句を言っても仕方ない。
ヤスヒコは大人しく引き下がった。
「まーヤスヒコが怒るのも無理ないよなー! あんなヤバいドラゴンを倒したんだから、ちょっとくらい上乗せしてくれてもいいのにね!」
メグは両手を頭の後ろで組みながら言った。
周りには目もくれず真っ直ぐギルドの外へ向かう。
「たぶんあの噂って本当なんだろうね」とサナ。
「噂ってなんだ?」
ヤスヒコが尋ねる。
「ダンジョンのレベルとか敵の種類で魔石の質が変わることはないって噂!」
「なんだそれ? 魔石に質なんかあるの?」
ヤスヒコはそもそもの部分から知らなかった。
だからサナは、その点から説明を始めた。
「ダンジョンのレベルが上がると魔石の換金額って上がるよね?」
「うむ」
「それは高レベルのダンジョンほど魔石に含まれるエネルギーが多い……つまり、魔石の質が高いからっていうのが表向きの説明なの」
「ほぉ」
「でも、ダンジョンレベルが上がっても魔石の質は変わっていないんじゃないか……というのが噂になっているの」
「つまりレベル1のザコとレベル100のザコから手に入る魔石は同じ物ってこと?」
「そうそう」
「なら何で高レベルのダンジョンに行かせたがるんだ? レベル1のダンジョンしか行けなくしたほうが安全じゃないか?」
ヤスヒコの言い分は筋が通っている。
実際、ダンジョン内での死亡件数は非常に多い。
レベル1のダンジョンに限定すれば、そうした事故の大半が防げる。
「これは私の推測だけど――」
そう前置きした上で、サナは持論を展開した。
「――魔物が絶滅しないようにしたいからじゃないかな? マグロとかも獲りすぎたら数が減っちゃうでしょ? あんな感じ」
「魔物に絶滅なんてあるのか。いつもどこからともなく現れるけど」
「それが問題なんだと思う。地球上の生物と違って魔物の生殖メカニズムが解明されていないから、どれだけ狩っていいのか偉い人にも分からないんじゃないかな。だからレベルに応じて報酬を設定し、危険なエリアにも冒険者を分散しているのだと思う」
「なるほどなぁ」
立ち止まるヤスヒコ。
出入口は目と鼻の先なのにどうしたのだろう。
女性陣が首を傾げていると。
「今の説明には納得した。サナってすごく賢いんだな」
ヤスヒコはサナの頭を撫で始めた。
「え、えと、えとと……」
まさかの行為にサナの顔が真っ赤になる。
両手で頭上にあるヤスヒコの右手を押さえながらにんまり笑う。
「参考になったみたいで、よ、よかったよ、ヤスヒコ君」
「これからも色々と教えてくれ」
「うん!」
えへへぇ、と喜ぶサナ。
そんな彼女を見て、メグとアキも頬を緩めるのだった。
◇
次の日。
今日も今日とてヤスヒコはレベルを上げていた。
メグ、サナ、アキの三人と一緒にレベル15のダンジョンに挑む。
ボスのリザードマンは、ドラゴンに比べると話にならないザコだった。
「いえーい! レベル15だー!」
声を弾ませて上級魔石を拾うメグ。
「では戻るとしよう。サナには時間がない」
アキは雑談をすることなく帰還用のポータルへ。
「ごめんね、みんな」
サナがペコペコと頭を下げる。
ヤスヒコは「問題ない」と涼しい顔で答えた。
サナは今日、家の用事で早く帰る必要があった。
少し前までなら今日は欠席していただろう。
ヤスヒコの足を引っ張りたくなくて無理に参加したのだ。
自分が休むとレベル上げに支障を来すから。
もちろんヤスヒコは「休んでくれていいよ」と言った。
以前ほどレベル上げを急ぐ必要がなくなったから。
サナが「そんなのダメ!」と言ったことで今に至っている。
そんなわけで、今日はボスだけ狩ってサクッと帰還した。
◇
「私のワガママで急がせちゃってごめんね! じゃ、また明日!」
ギルドを出ると、サナは駆け足で去っていった。
「で、どうするよ? これから!」
メグが二人の前に立つ。
「任せるが、メシはもう少し後がいいな。まだ早い」
「同感! じゃ、アキは何したい?」
「私か? そうだな……」
アキは腕を組んで考える。
数秒ほどして、顔をハッとさせた。
「いいのがあるぞ!」
声を弾ませるアキ。
「それって、まさか……」
メグがアキの目を見ると、キラキラ輝いていた。
それでアキが何を考えているのか察する。
「おっとぉ! 用事を思い出した! 私、帰るー!」
くるっと背を向けて逃げていくメグ。
「ちょ、待つんだメグ! 逃げるな!」
「ごめーん! 私はこれでー! また明日ー!」
去りゆくメグを見て、アキはため息をついた。
「やれやれ、奴は地獄に落ちるタイプだな」
「さっぱりついていけないんだが?」
ヤスヒコは頭上に疑問符を浮かべている。
「失礼、それもそうだよな。まぁ百聞は一見に如かずと言うし、今から付き合ってもらえないか? ヤスヒコ、君ならきっと快く思ってくれるはずだ。どこぞの寄生虫女と違ってな!」
「いいよ。PTを組んでもらっている恩があるし」
「さすがはヤスヒコ。強い男に相応しい良い性格をしている。では行こう!」
「ほい」
アキに案内される形で、ヤスヒコは歩き出した。
「ところで、PTを組んでもらっているなんて言い方はよしてくれ。それは私らのセリフだから」
「アキは謙虚なんだな」
「ヤスヒコには負けるさ」
会話は弾まないが、二人は気にしていない。
波長があっているようで、互いにリラックスしていた。
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