018 ドラゴン
悲鳴が聞こえた瞬間、ヤスヒコは駆け出した。
そこらに散乱している魔石を無視して、一直線に草原へ行く。
「なんだこいつは……!」
草原に着いたヤスヒコは愕然とした。
なんと全長10メートル級の巨大ドラゴンがいたのだ。
一方、リザードマンはアキたちが倒した後だった。
「イレギュラーモンスターだ!」
アキが叫ぶ。
ヤスヒコに背を向け、ドラゴンを睨んでいる。
「イレギュラーモンスター?」
「本来だとダンジョンに存在しないモンスターのこと! すっごく低い確率で現れることがあるの!」
サナが説明した。
「ああ、なるほど、それでか」
ヤスヒコは昔のことを思い出した。
レイナを知る前――レベル1のダンジョンに通っていた頃だ。
二度ほどイレギュラーモンスターに遭遇していた。
その時は「珍しい魔物だなぁ」としか思わなかった。
ボス以外に興味がなかったので、二度とも戦わずに帰還している。
「イレギュラーモンスターの強さは様々だが、ドラゴンは間違いなく強い。私たちでは勝てないかもしれん……!」
「やばいよ、こんなの聞いてないって」
お調子者のメグも顔を強張らせるほど緊張していた。
脚がガクガク震えている。
「ヤスヒコ君……どうしよ……」
サナが怯えきった顔でヤスヒコを見る。
「どうもこうも戦うしかないだろう。頼んで逃がしてくれる相手には見えない」
戦闘態勢のヒグマと同じだ。
背を向けて逃げたところで追いつかれるのが関の山。
勝てるかどうか分からなくても戦うしかなかった。
「アキ、お前はメグとサナを連れて逃げろ」
「なぬ!? どういうことだ?」
「大型の敵にナックルは分が悪い。ドラゴンは俺が引き付ける」
アキは反射的に「私も戦う」と言いかけた。
メグとサナも異議を唱えようと思っていた。
しかし――。
「分かった。頼んだぞヤスヒコ」
アキは承諾した。
ここで言い合うのは危険と判断したのだ。
それは他の二人も同じだった。
「絶対に生きて帰ってこいよ! ヤスヒコ!」
「ギルドで待ってるから! 死んだら恨むから!」
ヤスヒコは「分かった」と笑みを浮かべる。
「さぁこいドラゴン、俺が相手だ!」
走り出すヤスヒコ。
側面に展開しながら矢を放つ。
「グォ……!」
矢はドラゴンの首に命中。
首はあらゆる動物の急所であり、ドラゴンにも効く。
だが――。
「死なないのか」
一撃では仕留められなかった。
ヤスヒコにとって、即死しない敵は初めてだ。
ドラゴンが見かけだけではないと確信した。
「逃げるぞ! メグ! サナ!」
ヤスヒコの攻撃に合わせて三人が走り出す。
そんな三人を無視して、ドラゴンはヤスヒコを狙った。
「グオオオオオオオオオ!」
吠えながら体を仰け反らせ――。
「ゴォオオオオオオオオオオ!」
――口から火球を放つ。
ヤスヒコの全身よりも大きいサイズだ。
「うお!?」
経験したことのない攻撃に驚くヤスヒコ。
脅威の反射神経を活かし、横に跳ぶことで難なく回避。
火球は草原を焦がしながら森まで飛び、樹にぶつかると爆発した。
「当たったらひとたまりもないな」
ヤスヒコは先ほどよりも距離を取った。
疲れない程度に動き回りつつ矢を放つ。
「グォ……! グォォオ!」
矢は的確にドラゴンを捉える。
――が、死に至らしめることはなかった。
(ダメージは受けているようだが、圧倒的に火力が足りていないな)
ヤスヒコの考えは正しい。
このドラゴンを相手にDランクの魔力50では力不足だった。
快適な戦闘をするには最低でもBランクの魔力70は欲しい。
今の3倍以上の火力が求められていた。
(どうする? 逃げるか?)
戦いながら考えるヤスヒコ。
ドラゴンの攻撃は強力だが、距離を取っていれば怖くない。
「いや、逃げちゃダメだろ」
ヤスヒコは呟いた。
こんなところで逃げるようではレイナと付き合えない。
そう思ったのだ。
「グォオオオオオオオオオオオオオ!」
ドラゴンが飛翔し、滑空状態でヤスヒコに突っ込む。
さながら旅客機が迫ってきているようだった。
「初めてヒグマより強い魔物に出会えたな」
ヤスヒコは「ふっ」と笑い、弓を背中に戻した。
道東で何度も味わった死の危険を思い出す。
ダンジョンでは初めてとなる感覚だ。
自分は今日、死ぬかもしれない――。
ぞくぞくしてきた。
脳内物質が急激に分泌される。
頭の片隅にあったレイナの顔が消えた。
「来い!」
サーベルを抜くヤスヒコ。
「グオオオオオオオオオオオオオ!」
ドラゴンが大きな口を開ける。
ヤスヒコを丸呑みにするつもりだ。
「させるか!」
ヤスヒコは助走をつけてジャンプ。
体を横に回転させて、ドラゴンよりも上へ。
「ここだ!」
回転の勢いが落ちてきたところでサーベルを刺す。
ドラゴンの首――人でいう“うなじ”を的確に捉えた。
「ギャオオオオオオオオオオオ!」
ドラゴンは吠えながら高度を上げる。
弓矢でペチペチするのとは比較にならないダメージだった。
「うおおおおおおおおおおおお!」
ヤスヒコの攻撃は止まらない。
左手でサーベルを握りつつ、右手で矢筒から矢を抜く。
その矢をドラゴンの首に刺すと、次の矢を抜いてまた刺す。
矢の自動補充機能を活用して、何本も刺しまくる。
「グォ! グォオオオオ! グォオオオオオオ!」
ドラゴンはぐにゃぐにゃと飛んで抵抗。
どうにかしてヤスヒコを振り落とそうとする。
「絶対に落ちねぇからな!」
10本、20本、50本、100本……。
ドラゴンの首に刺さる矢の数が増えていく。
そして――。
「グォォォ……」
ドラゴンは地面に墜落した。
飛行するだけの力すら残っていないのだ。
「もらった!」
ヤスヒコはその隙を逃さなかった。
ドラゴンの上に立ち、目にも留まらぬ速度でサーベルを振る。
攻撃するたびにドラゴンの体内を強力な電撃が襲う。
「これでトドメだ!」
フィニッシュは脳天への一撃。
ヤスヒコは跳躍し、ドラゴンの頭にサーベルを突き刺す。
刀身が見えなくなるほど深く刺した。
「グ……ォ……」
これが決定打となってドラゴンは死亡。
その場に上級魔石が落ちた。
「ふぅ、危なかったな」
かつてない激戦を終えて安堵するヤスヒコ。
「ヤスヒコォオオオオオオオオオ!」
そこにメグが駆け寄ってきた。
アキとサナも一緒だ。
「なんでいるんだ? ギルドに戻ったんじゃ?」
「やっぱりヤスヒコ君だけ残すなんて耐えられなくて、森の中から様子を見ていたの!」
サナが言った。
「ま、私らの自己満よ! 近づいたら迷惑をかけちゃうし、ギルドに戻ったら罪悪感がやばいし……みたいな?」
「そうだったのか」
「ところでヤスヒコ、すごい戦いぶりだったな。私も腕に自信を持っているが、あそこまで戦うのは不可能だ。感動したよ」
アキが拍手する。
「ヤスヒコ君、かっこよかった! ますます好きになっちゃった!」
サナが抱きつく。
「ありがとう」
ヤスヒコは笑みを浮かべ、サナの頭を撫でた。
「私も魅力に感じてきたよ」とアキ。
「アキ、気をつけなよー! ヤスヒコに手を出そうとしたらサナに噛まれるよー! 私みたいにヤるだけにしときなー!」
「そんなの認めないもん! ヤスヒコ君に近づく悪い虫は私が払う!」
サナは威嚇するようにアキを睨んだ。
メグが「おー、こわ」と笑う。
「とりあえずギルドに戻ろう。俺はもうクタクタだ」
ヤスヒコの服は汗でぐっしょりしていた。
忘れていた疲労が込み上げてきて強い眠気を催している。
「しゃー! 帰還じゃー! 者共、私に続けー! 戻ったら肉を食いに行くぞー! 私の奢りだー!」
「おー、メグ、相変わらず太っ腹だな! 寄生虫であることを自覚していて偉いぞ!」
「足を引っ張っているのはたしかだけどその言い方はやめろー!」
「「「ははは」」」
四人は愉快気に帰還するのだった。
ひやりとする場面もあったが、最終的には無傷の勝利だ。
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