026 新たな始まり

 サナは当初、誰よりもヤスヒコの転校に反対していた。

 そんな彼女が、真っ先にヤスヒコの背中を押した。


「ヤスヒコ君がレベル上げをするのはレイナと付き合いたいからなんでしょ? だったらエリートの集まるところに身を置いた方が刺激になると思うよ」


「さっきまでの反対はどこにいったよ! しかも敵に塩を送るような真似をしちゃってさ! 魂が浄化されちゃったの!?」


 メグが笑いながら言う。


「それはヤスヒコ君との時間がなくなると思ったからだもん! でも、冒険者学校に入っても一緒にPTを組んだり、お泊まりしたりはできると分かったから! それだったら私は反対しないよ!」


 さらに、サナは「それにね」と続けた。


「ヤスヒコ君には国内トップレベルになってほしいんだよね」


「マジ? そうなったらレイナと付き合っちゃうじゃん! ヤスヒコのレイナ愛はガチだよガチ! 本気で狙ってるよ!?」


 大袈裟に言うメグ。

 ヤスヒコとアキは静かに頷いている。


「分かっているよ。だからトップになって、レイナに告白してもらいたいの」


「なにそれ! 自分の幸せより愛するヤスヒコが幸せならそれでいいってこと?」


「違うよ。告白された上で、それを断って私を選んでほしいってこと。ヤスヒコ君に対する気持ちなら、私、誰にも負けない自信あるもん!」


「うわお!」


 両手を上げて体を仰け反らせるメグ。

 サツキも「言うねぇ」とニヤリ。

 周囲の男子は嫉妬のあまり気絶していた。


「サナ、君は強いな……」


 これにはアキもお手上げだ。


「あはは。あと、そこまでレベル差が生じることってないと思うんだよね。装備頼みだろうがなんだろうが、私らは自分の力でレベル上げができるんだから! 私とアキが本気を出せばレベル40どころか50だって余裕だよ!」


「ちょっとサナ、私は?」


「メグは……オマケ!」


「えー!」


 場が笑いに包まれる。


「まぁそうだな。ここまでヤスヒコに頼りきりだったわけでもない。ヤスヒコがいない時は私らだけでレベルを上げればいい話だ」


 アキは自分の言葉に頷くと、ヤスヒコに言った。


「ヤスヒコ、私もサナと同意見だ。冒険者学校に行ったほうがいい。そして、エリートどもをねじ伏せてやれ!」


「あ、ちなみに私も二人と同じ意見なんで! もしサナとアキだけじゃ厳しいってなったら本気出すんで、ヤスヒコは全然気にしなくていいよー!」


 メグが爆乳をブルンブルンさせながら、座った状態で敬礼する。


「皆がそう言ってくれるなら冒険者学校に行くか」


 サツキの顔がパッと明るくなる。


「あなたならそう言うと信じていたわ、ヤスヒコ君!」


「それは何よりだ。だが、もし俺が断っていたらどうするつもりだったんだ?」


「その時はあの手この手でモノにしていただけよ」


「あの手この手とは?」


「例えば先ほどメグさんと多目的トイレでしようとしていたこととかかしら」


「あー」と納得するヤスヒコ。


「ちょっとメグ、多目的トイレって?」


「詳しく聞かせてもらおうか、メグ」


 サナとアキは立ち上がってメグに詰め寄る。


「いやぁ、二人がヤスヒコをほっぽりだして騒いでいたから、ちょっとつまみ食いをしようかなって……てへ☆」


「「『てへ☆』じゃない!」」


 サナとアキが飛びかかる。


「ぎゃああああああああああああああああああ!」


 メグの悲鳴がギルドのロビーに響き渡る。


「詳細はおって連絡するわ。それではまたね、ヤスヒコ君」


 三人が騒いでいる間に、サツキはその場をあとにした。


 ◇


 ヤスヒコの転校は来週に決まった。

 それまでの間に彼がするべきことは殆ど何もない。

 必要な手続きは全てサツキが済ませているからだ。


 彼の通っている高校は、転校の件を大いに喜んだ。

 冒険者学校に引き抜きされるのは、学校にとって良い宣伝になる。

 東大に合格したり、全国大会に出場したりするのと同じだ。

 昨今の情勢を考えると、それらよりも宣伝効果があるだろう。


 そんなヤスヒコのするべきことは二つ。


 一つは引っ越しだ。

 冒険者学校は堺市の南部にある。

 学校までの距離自体は、現在通っている高校と大差ない。

 ただ、路線の都合が悪くて通学にかかる時間が大幅に増えた。

 それを調整するための引っ越しだ。


 この引っ越しはヤスヒコだけでなく女性陣にとっても嬉しかった。

 彼らの通う泉州第一ギルドとの距離が近づいたからだ。

 そのうえ、新たな家は高級マンションの上層階である。

 間取りは150平米の2LDKで、これまでとは比較にならない広さだ。

 高級感溢れる浴室は、二人どころか三人で入っても大丈夫な広さである。

 もちろん家賃は無料だ。冒険者学校が負担してくれる。


 引っ越しに関する作業はあっさり終わった。

 ヤスヒコの家には荷物が全くなかったからだ。

 サナが色々と買っていたが、それでも一般的には少なすぎるレベル。

 引っ越し業者も大喜びだ。


 そして、もう一つの作業は――。


「皆さん今までお世話になりました。ユウイチ以外の人の名前は覚えていないけど」


 ――別れの挨拶である。

 生徒たちは誰一人として泣かず、代わりに「すげー」と興奮した。

 ヤスヒコがレベル1だったことは、学校の皆が知っているのだ。

 なにせ生放送で全国に晒されたから。


「ヤスヒコ、マブダチの俺を捨てて栄転する気分はどうだ?」


 休み時間になると、ヤスヒコのもとにユウイチがやってきた。

 他にもクラスの皆が集まってくる。


「マブダチになった覚えはないが……」


「連れない奴だなー! つーか、マジですげーよヤスヒコ! 冒険者学校に引き抜かれるなんて! それも大阪校だぜ! 今の大阪校って全国屈指のハイレベルだって有名だぞ!」


 他の生徒が「そうだそうだ」「すごいぞヤスヒコ」と同意している。


「それは楽しみだが、ユウイチとのお別れは寂しいものがあるな」


「マジか!」


「もちろん冗談だ」


「おい」


 ヤスヒコは小さく笑う。

 周りの生徒はゲラゲラと爆笑した。


「なぁヤスヒコ、俺ともLINEの交換しようぜ! あの可愛い女子たちとはLINEで繋がってるんだろ?」


「ああ、いいよ」


「やったぜ! いつか俺ともダンジョンに行ってくれ! そしてメグちゃんかサナちゃんかアキちゃんの友達を紹介してくれ!」


「おう」


 ヤスヒコとユウイチがLINEで繋がる。

 それを見て、他の連中が「俺も」「私も」と続いた。

 ヤスヒコが有名になったことでお近づきになりたいのだ。


「別にいいけど、俺、LINEの返事とか全然しないよ。怒らないでね」


 ヤスヒコの筆無精は日に日に酷くなっていた。

 返事をしようと思って忘れたり、面倒くさくて無視したりするのだ。


「さすがは有名人!」


 ユウイチが茶化す。

 マブダチではなくフレンドのヤスヒコは、「ふふ」と笑った。


 ――そして、翌週。

 いよいよ冒険者学校に通う日がやってきた。


「こんなところで躓くようじゃレイナには届かない。良い試金石になるな」


 姿見の前で服装を確認するヤスヒコ。

 着ているのは先日まで通っていた高校の制服だ。

 冒険者学校には制服がなく、私服という決まりがある。


 だから彼はこの服を選んだ。

 何を着るか考えるのが面倒くさかったからだ。


「準備よし」


 武器を持って家を出るヤスヒコ。


 この時のレベルは34。

 どうにか同学年の平均に合わせてきた。

 レベルが低いと馬鹿にされることはない水準だ。


「行くか」


 今、とにかく強い男が、強い奴等の社交場にデビューする。

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