025 スカウトのサツキ
謎のOLに話しかけられたヤスヒコ。
メグが「知り合い?」と首を傾げる中、彼はそのOLに言った。
「いえ、僕はヤスヒコではありません。人違いです。それでは」
何となく面倒くさそうな予感がしたので逃げようとする。
当然ながら「待ちなさい」と肩を掴まれた。
「隠しても無駄よ。分かっているから」
ヤスヒコは「やれやれ」とため息をついた。
「メグ、どうやら多目的トイレには行けないようだ」
「多目的トイレ!?」
驚くOL。
「残念! せっかくヤスヒコと楽しむチャンスだったのになー! おばさんのせいで台無しだよ!」
「おば……!? まだ26歳だから! あんたらと大差ないわよ!」
メグは「はんっ」と鼻で笑った。
「それで俺に何の用?」
ヤスヒコは怪訝そうな目つきでOLを見る。
艶やかな黒いセミロングの美人で、背はアキよりも高い167センチ。
グレーのスーツ姿で、タイトスカートから黒パンストの脚がすらりと伸びている。
顔が美人なこともあって、ヤスヒコは大人の色気を感じた。
「立ち話もなんだから座って話さない? サナさんとアキさんにも聞いてもらいたいし。今日も一緒なんでしょ?」
「どうやら俺たちのことに詳しいみたいだな」
ヤスヒコの警戒度が高まる。
OLは「まぁね」と笑い、名刺を取り出した。
「安心して、怪しい者じゃないから」
ヤスヒコは名刺を受け取り、メグと一緒に確認する。
『冒険者学校 大阪校専属スカウト サツキ』
謎のOL――サツキは、冒険者学校の人間だった。
「あなたのスカウトしにきたのよ、ヤスヒコ君」
◇
ギルドのロビーにて。
ヤスヒコはテーブル席に座っていた。
いつもの三人に加えてサツキも一緒だ。
ヤスヒコとメグが並んで座り、残りが対面に座っていた。
サツキの両サイドをサナとアキが囲む形だ。
「あれ、ヤスヒコじゃね?」
「本当だ。泉州第一で活動しているんだな」
「どうりで普段見かけないわけだ」
「つーかヤスヒコの席、女ばっかりじゃね」
「PTの上限人数より多いじゃん。どうなってんだ?」
「アイツそんなにモテるキャラなん!?」
近くから男子の話す声が聞こえる。
ヤスヒコと同じ学校に通っている生徒たちだ。
たまたまこのギルドに来ていた。
「この女がヤスヒコ君を奪いに来たって?」
切り出したのはサナだ。
サツキに対して敵意を剥き出しにしている。
サ行の名をした女同士仲良くしようなどとは毛ほども思っていない。
「奪いにきたという表現は間違いよ。私はヤスヒコ君に今の高校から冒険者学校に転校しないかと誘いに来ただけ」
サツキは「ふっ」と笑って答えた。
「冒険者学校に引き抜きだと!?」
「ヤスヒコってそんなに強いの?」
周囲の男子がざわついている。
堂々と聞き耳を立てていた。
「エリート揃いの大阪校がヤスヒコを欲しがるのはどういう理由だ? やはりフレイムナイツとの一件が理由か?」
アキが尋ねると、サツキは首を傾げた。
「フレイムナイツとの一件って?」
「知らないのか? ゴールデンウィークの初日、そちらの学校でフレイムナイツなる名前で活動をしている四人組が、私とヤスヒコに絡んできたのだ。そしてリーダーのトモキなる男は、ヤスヒコと一騎打ちして完膚なきまでに打ちのめされた」
「なるほど。まぁトモキ君では話にならないでしょうね」
そこで一呼吸置き、サツキは続けた。
「フレイムナイツは我が校の落ちこぼれだから当然の結果ね。リーダーのトモキ君は最低限の実力を持っているけど、それでもヤスヒコ君には敵わないわ」
「なんだあいつら、やっぱり落ちこぼれだったのか」
ヤスヒコは「だと思った」と納得。
あまりにも弱かったので拍子抜けしたのを覚えている。
「とりあえず話を進めようよ! サナやアキはそれまで黙ってて!」
メグが仕切る。
話が脱線して収拾が付かなくなると判断したのだ。
「ありがとう、メグさん。まぁ私の用件は既に知っていると思うけど、ヤスヒコ君の勧誘よ。知っての通り冒険者学校は国営であり国策でもあるから、普通の高校に比べてすごく優遇されているわ」
ヤスヒコは「そうなのか?」とサナを見る。
彼は分からなくなるとサナに頼るきらいがあった。
そしてサナは、その求めに応えられるだけの知識を有している。
「うん! 在学中にレベル30まで上げたら学費は無料になるし、どんな大学にも面接だけで入れる。学費も国が負担してくれるよ。あと、35歳まで冒険者として活動したら、レベルに応じた冒険者年金が支給される」
「冒険者年金?」
この問いにはサツキが答えた。
「レベル×2万円が毎月支給されるわ。ヤスヒコ君はレベル30だけど、その場合の支給額は月60万円。1年で720万円になるわ。もちろん非課税よ」
「35歳から働かなくても手取り年収720万円か。それはすごい」
「だから、是非とも我が校に入らない? 君の実力なら、他の生徒にとって良い刺激になると思うわ」
サツキが話し終えると、サナが「よし」と頷いた。
「今度は私とアキが追い払う番ね!」
ヤスヒコが「待て」と止めた。
「その前に質問したいことがある。不可解な点がいくつかあるから」
「何かしら?」とサツキ。
「どうして俺に目を付けたんだ? 別に目立つようなレベルじゃないだろ」
ヤスヒコは国内ランキング上位100のレベルを知っている。
100位ですらレベル120以上だ。
「たしかに現在のレベル自体でいえば低いわ。我が校の二年の平均レベルが33だから、ヤスヒコ君は平均以下になるわね」
「ならどうして?」
「私が注目したのは今のレベルそのものではなく、短期間でそのレベルに上がったこと。あなたは先月半ばまでレベル1だったのよ?」
「1ヶ月でレベル1から30まで上げるのはすごいことなのか?」
これはサツキではなくサナに対する質問だ。
「すごいよー! そんなことができるのはヤスヒコ君だけだよ!」
「インチキして盛るのは簡単だけど、ヤスヒコみたいに自力でとなるとヤバいよねー!」
メグが続く。
「インチキ?」
「例えばヤスヒコみたいな強い人を雇ってダンジョンに同行してもらうの。そしたら自分は何もせずとも簡単にレベルが上がるってわけ」
「なるほど、メグのことだな」
「そうそう、私の……って、ほっとけ!」
ヤスヒコは「ははは」と満足気に笑う。
それからサツキに次の質問をした。
「俺だけを勧誘するのは、他の三人が俺のオマケだと思っているからか? メグはともかく、サナとアキは自力でレベル30まで上げられる腕前だぞ」
「いや私だってガチれば余裕だし!」
というメグの発言は全員が無視した。
「もちろん承知しているわ。ただ、サナさんやアキさんは武器や防具の性能に依存している部分があると思ってね。特にサナさんはメテオロッドがなかったらまともに戦えないんじゃないかしら?」
サナが「ぐぬぬぅ」と唸る。
正論なので言い返せなかった。
「あと、やっぱり途中から入るとなったら、並大抵の実力じゃダメなの。おそらくアキさんは我が校でも十分に通用するけど、その程度の高校生なら他にもいる」
アキは何も言わなかった。
真っ当な評価だと思ったからだ。
「じゃあ次の質問だけど、どうやって俺たちの実力を判断したの? 戦闘を直接観ていたのか?」
「それは不可能よ。ダンジョンにカメラなんかないわ。だから、冒険者学校のスカウトが閲覧を許されている数々の非公開データを分析して判断させてもらった」
「ほう? どういうデータだ?」
「名前、年齢、装備といった基本的なことを始め、ダンジョンの攻略成功率、攻略にかかった時間、持ち帰った魔石の数、その他、100項目以上のデータがあるわ」
メグとサナが「すごっ!」と口を揃える。
「なるほど、最後の質問だけど――」
ヤスヒコが第四の質問をしようとした時だった。
「何を質問するか当ててあげましょうか?」
サツキがニヤリと笑う。
「そんなことできんの!?」
驚くメグ。
ヤスヒコも「ほぉ」と興味津々だ。
「これでもプロのスカウトだからね。相手に何を提供すれば応じてくれるかも計算してから動くの」
「そこまで言って大丈夫か? 外したら笑いものだぞ」とアキ。
「その時は勧誘を諦めて帰るわ」
サツキには自信があった。
「いいだろう、当ててみてくれ」
ヤスヒコが言うと、サツキは迷わずに答えた。
「冒険者学校に入学した後も、メグさんたち三人とレベル上げをすることができるのかどうか。それが質問でしょ?」
「「「えっ」」」
驚いたのはメグたち三人だ。
さらにサツキは畳みかけるように続けた。
「私の分析だと、ヤスヒコ君は先月半ばに何かしらの理由でレベルを上げる必要が生じた。時期的に考えてレイナさんと付き合いたいといったところかしら」
正解だ。
ヤスヒコたち四人が静かに頷く。
「ただ、ヤスヒコ君にはレベル上げと同じくらい大事にしているものがある。それがメグさんたちとのPT活動よ。だから、その点に問題が生じるのであれば、どれだけ魅力的な条件を提示してもヤスヒコ君は承諾しないつもりでいる」
「そうなの!?」
メグがヤスヒコを見る。
サナとアキもヤスヒコを見つめていた。
「驚いたな、大正解だ。データの分析でそこまで分かるとはな」
ヤスヒコはサツキの分析力に感心した。
「それでお金を頂いているからね」
そう笑って言ったあと、サツキは真顔でヤスヒコの目を見た。
「冒険者学校に入ったとしても、今までと同じように放課後はメグさんたちとPTを組んでダンジョンに行けるわ。ただ、週に1回だけ冒険者学校の生徒とPTを組んでダンジョンに行ってもらうから、今後は三人とのレベルに差が生じてしまうかもしれない」
ヤスヒコは「ふむ」とだけ言って黙った。
完全に今まで通りとはいかないことで引っかかっているのだ。
そんな彼を見て、サナが言った。
「ヤスヒコ君、冒険者学校に行くべきだよ」
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