024 アキvsサナ

 ゴールデンウィークが終わった。

 今年のヤスヒコは、最初から最後までアキと過ごしていた。


 過ごし方は一般的なカップルと変わらない。

 家でだらだらしたり、お祭りや旅行に行ったり。

 他にも、色々と……。


 もちろん全てアキから提案したものだ。

 初日で一皮剥けた彼女は、自分でも驚くほど積極的だった。


 ところが、それでも昨日までだ。

 ゴールデンウィークの終了に合わせて疑似カップルも終了した。

 ヤスヒコの正妻を狙う女サナが、大阪に帰還したのだ。


 ◇


 サナとアキの正妻を巡る争いは、GW終了の翌日に表面化した。


「たくさん稼いだほうがヤスヒコ君と過ごせるってことでどう?」


 ギルドに着くなりサナが提案したのだ。

 ダンジョンを攻略する際の功績を持って決めるという。

 その後にヤスヒコを独占できるのがどちらかを。


「えらく私に有利な条件だが、本当にいいのか?」


「もちろん! だって私のほうがアキより強いから」


「良かろう、受けて立つ」


 アキからすれば願ってもない条件だ。

 アタッカーの彼女にとって、ヒーラーのサナに負ける道理がない。

 彼女自身だけでなく、メグやヤスヒコも思った。


 ところが、蓋を開けるとサナの圧勝だった。


「えい! メテオ! メテオ! どかーん! どかーん!」


 サナは武器を新調して戦いに臨んだのだ。

 新たな装備は、隕石の雨を降らせるCランクの杖〈メテオロッド〉。

 魔力100の攻撃特化型だ。


 GW中に、サナはこの武器を仕込んでいた。

 〈ハンターズ〉を使って70万円で購入したのだ。


 これは結構なお値打ち価格である。

 ギルド内のショップで買うと200万円は下らない。

 余談だが、魔力70などの人気どころは300万円以上になる。


 メテオロッドは、サナに最強の力をもたらした。

 一度の使用で、広範囲のザコをまとめて根絶やしにする。

 アキがザコを1体殴る間に、サナは10体を消し炭にしていた。


 もちろんメテオロッドにも欠点はある。

 範囲攻撃型に特化した武器だから、単体に対する攻撃性能は低い。

 また、隕石の雨が降り始めるまでには数秒のタイムラグがあった。


 とはいえCランクの魔力100武器だ。

 レベル20台のザコはかするだけで成仏していた。


「今日も私の勝ちだね! ヤスヒコ君、一緒に家でイチャイチャしよーね♪」


「おう」


 アキというライバルの出現で、サナは覚醒した。

 もはや仲間の支援を行う可愛いヒーラーではない。

 率先して敵を皆殺しにする最強の遠距離アタッカーだ。


 ◇


 サナの覚醒によって、アキも戦闘力を上げた。

 武器と防具をそれぞれ2ランクずつグレードアップ。

 攻撃力と防御力、さらに身体能力が飛躍的に向上した。


「どりゃああああああ!」


 新たなアキの武器〈爆発ナックルC50〉が大活躍。

 殴った魔物を爆発させ、木っ端微塵に粉砕する。


 それを支えるのがランクアップした防具だ。

 レガースとスニーカーを合わせると魔力40の脚部強化だ。

 ランクがFからDになったことで強化量が2倍になった。


 結果、アキの殲滅速度は急改善。

 メテオが発動する前に範囲内の敵を殺しきることもあった。


 しかも、アキにはサナよりも有利な点がある。

 ボス戦だ。


 ボスは単体なので、単体火力の高いアキに分があった。

 しかも、ボスの落とす上級魔石は、通常の魔石50個分と同価値だ。

 一つ手に入れるだけでザコ50体を倒したのと同じ扱いになる。


「えーっと、アキが上級魔石1個とノーマル魔石53個で、サナがノーマル魔石98個だから、今回の勝者はアキだね!」


 メグが集計結果を伝える。

 アキは「よし!」と嬉しそうに頷く。

 サナは「クソッ!」と地面を蹴った。


「ヤスヒコ、今日は君の家に泊まるぞ。明日は休みなのでな」


「分かった」


「朝まで休むことなくイチャイチャしよう」


「おう」


 歯ぎしりをするサナの肩に手を置き、アキは勝ち誇ったように言う。


「今でこの調子なら、防具のランクもCにするとどうなるだろうな?」


 サナは「ぐぬぬ」と唸るしかできなかった。


 ◇


 サナとアキに引っ張られる形で、ヤスヒコPTのレベルは急上昇。

 5レベルごとに訪れる壁を難なく突破していき――。


「パッパカパーン! レベル30達成! いえーい!」


 GW終了から約二週間で、レベル20台を卒業した。

 ギルドのロビーで、メグがクラッカーを慣らしまくる。

 周りの冒険者は鬱陶しそうな顔をしているが気にしない。

 大きな胸をボインボインと揺らすことで文句を封殺した。


「いやー、サナとメグのおかげで私とヤスヒコの出番が全然ないよ! レベル20~30までの間、私ら何してたよ? ねぇ? ヤスヒコ!」


「俺はそれなりに倒していたけどな。メグと違って」


 メグは「ギクッ!」と言って目を逸らす。


「安心しろ、メグ。君だってPTに貢献しているぞ」


「ほんと!? アキ!」


 メグの目がキラキラと輝く。

 アキは「もちろんだとも」と頷いて続きを言った。


「たしかにメグは戦闘面では足手まといだが、そのおかげで我々は魔石を拾う作業から解放され、戦いに集中できている。決して只の寄生虫などではない」


「それ褒めてないでしょ! ていうかアキって私に対して何か酷いよね!? サナには足手まといとか寄生虫とか言わないのに!」


 メグが笑いながら頬を膨らませる。


「サナは戦闘に貢献しているからな」


「そーだそーだ!」とサナが杖を掲げる。


「くぅ! 私だって本気になれば強い武器を導入して暴れることだってできるんだからなー! あんたらに花を持たせるためあえて我慢しているんだよ? 分かる? あえてだからね!」


 そんなメグの装備は、ヤスヒコと出会った日から変わりない。

 つまりFランクの魔力90混乱杖とFランクの魔力10ガントレットだ。

 どちらも戦闘において何ら役に立っていなかった。


「ところで、今日はアキとサナのどちらと過ごせばいいんだ?」


 ヤスヒコが切り出す。

 これはレベル30のダンジョンでも問題になったポイントだ。

 彼の発言によって、二人は「そうだった!」と思い出す。


「明らかに私のパンチが決定打となった」


「違うよ! 私のメテオで倒したんじゃん!」


 アキとサナが言い合いを始める。

 どちらがボスを倒したのかで盛大に揉めていた。


「ヤスヒコはどう思う?」


「ヤスヒコ君はどう思う?」


 アキとサナが同時に振る。

 それに対し、ヤスヒコは――。


「メグにはどう感じた?」


 ――逃げた。

 どちらかを選ぶと面倒なことになる。

 鈍感な彼にもそのくらいは分かったのだ。


「同じタイミングに見えたし三人で過ごしたらいいじゃん!」


 メグがテキトーな調子で言う。


「名案だな! さすがはメグ!」


 ヤスヒコが声を弾ませる。

 しかし。


「「そんなのダメ!」」


 アキとサナは猛反発。


「ならじゃんけんで決めたら?」


「またじゃんけんか。二日連続だな」


「昨日は負けたけど今日は勝つよ! アキ!」


 アキとサナがその場でじゃんけんを始める。

 驚くことに、これですらあいこの連発で決着がつかない。

 昨日もそうだった。


「ねね、ヤスヒコ」


 二人がじゃんけんを続ける隙を突いて、メグが声を掛ける。


「待っていても退屈だしトイレに行かない?」


「トイレ?」


「そ、多目的トイレ♪ 昨日みたいにさ」


 上目遣いでヤスヒコを見て舌なめずりをするメグ。


「OK」


 ヤスヒコは承諾し、メグと二人でその場を離れる。


「それにしてもメグはちゃっかりしているな」


「ふふふ。でしょ? 男をたぶらかす天才だからね、私」


 ヤスヒコとメグがロビーの出入口に到着。

 アクリルの扉を押し開け、前にいるOLの横を通り抜けようとする。

 しかし、その時。


「あなたがヤスヒコ君ね?」


 目の前のOLがヤスヒコに話しかけた。

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