027 冒険者学校

「これが冒険者学校……。イメージとは全然違うな」


 冒険者学校に着いた時、来る場所を間違ったのかと思った。


 彼の想像していた学校は典型的な日本の高校だ。

 運動場があって、校舎があって、体育館やプール場が隣接しているもの。


 ところが、現実の冒険者学校は大学のようだった。

 豪華な門を抜け、道を進んだ突き当たりに校舎がある。

 その左右には弓道場やテニス場、その他、色々な施設が並んでいた。

 かなり広々としているが、生徒や教職員の姿は殆ど見当たらない。


「来たわね、ヤスヒコ君」


 ヤスヒコが門の傍で突っ立っていると、二人組が近づいてきた。

 声を発したのは彼をスカウトしたサツキだ。


 もう一人はクリーム色の長い髪をした巨乳の女。

 ロリ顔でヤスヒコより幼く見えるが、実年齢は25歳。

 ワインレッドのゴスロリ服で、何故か手に鞭を持っていた。


「紹介するわね、彼女はセイラ先生。君の担任よ」


 ヤスヒコは「どうも」とセイラに頭を下げる。


「はじめましてぇ。二年を担当するセイラだよぉ。よろしくねぇ、ヤスヒコ君」


 ニコッと微笑むセイラ。

 おっとりした話し方で、ヤスヒコは「優しそうな人」だと思った。

 大間違いである。


「セイラ先生が案内してくれるから。じゃあ、またね、ヤスヒコ君。私の目に狂いがなかったことを証明してね」


「それじゃあ行こっかぁ」


 セイラはヤスヒコの返事を待つことなく歩き出す。

 ヤスヒコも何も言わずに続いた。


 ◇


 ヤスヒコは真っ直ぐ校舎に案内された。

 四階建てで、二階から上が授業用の空間になっている。


 驚いたことに、一階以外は各階に1フロアしか存在しなかった。

 フロアは俗に言う「大講堂」で、半円状に席が設置されている。

 中央奥に教壇があり、その後ろには大型のスクリーンが備わっていた。


「座席の指定はないからぁ、好きな席に座っていいよぉ。でもぉ、今回は前に出て皆に自己紹介をしようねぇ」


 セイラが教壇まで歩いていく。

 ヤスヒコは周囲を見ながらその後ろに続く。


 講堂には既に他の生徒が揃っていた。

 約120人。

 服の指定がないため格好はバラバラだ。

 男女の比率は6対4ないし7対3程度で、少しだけ男子が多い。


「アイツが転校生か」


「見た目は強そうに見えないね」


「防具の使い方がめちゃくちゃ上手いのかな?」


「レベルいくつなんだろ? やっぱり100くらいあるのかな?」


「それは言い過ぎとしても70くらいならあってもおかしくないよね」


「ていうか制服じゃん」」


 多くの生徒がざわざわしている。

 皆は冴えない見た目のヤスヒコが気になって仕方ない。


「皆さん静かにぃ。それではヤスヒコ君、皆さんに自己紹介をしてぇ。レベルとか簡単にお願いねぇ」


 教壇で話すセイラ。

 ヤスヒコはその隣に立ち、皆の顔を見ながら話した。


「名前はヤスヒコ。レベルは34。あとは……何を話せばいいのかな?」


 と、セイラを見る。


「ダンジョンでの役割とかあると嬉しいかなぁ」


「役割?」


「アタッカーとかぁ、デバッファーとかぁ」


「なんですかそれは? でも、何かその単語には聞き覚えがあるな……」


 ヤスヒコは財布を取り出し、ステータスカードを抜いた。

 これは冒険者がダンジョンへ行く際などに使うものだ。

 レベルなどが記載されている。

 ……が、アタッカーやらデバッファーやらの記載はなかった。


「おいおい、アイツ、役割ロールも知らないのかよ」


「変わった人ー」


「来る学校間違ってない?」


「あははは、たしかに」


 講堂内で嘲笑が起こる。


「えーっと、ヤスヒコ君はダンジョンだと何をしているかなぁ? 魔物を倒すのか、仲間を回復するのか、それとも……」


「魔物を倒しています。武器は弓とサーベル」


「それならアタッカーだねぇ」


 ヤスヒコは「なるほど」頷いた。


「ということで、どうやら俺はアタッカーみたいです。よろしく」


「自己紹介はこれで終わりねぇ。じゃあ授業を始めるから、ヤスヒコ君は適当な席に座ってぇ」


「あ、はい。空いている席ならどこでもいいんですか?」


 講堂には空席が目立つ。

 生徒の数が約120人なのに対して、座席数は300を超えていた。


「うん、どこでもいいよぉ。座席の指定がないってことぉ、私ぃ、最初にも言ったよねぇ? ちゃんと聞いていなかったのかなぁ? それとも忘れちゃったのかなぁ? お馬鹿さんなのかなぁ?」


 笑顔で詰めるセイラ。

 初めて見るタイプの人間に、ヤスヒコは恐怖した。


「すみませんでした」


 素直に謝り、逃げるようにして教壇から離れる。


「隣、座ってもいいかな?」


 ヤスヒコは一人の生徒に目を付けた。

 非常に小柄な女子で、胸はそれなりに大きく、髪は青のセミロング。

 大人しそうな雰囲気なのと、何よりも一人でいる点が気に入った。

 他の生徒はPT単位で分かれているようで、大体が四人一組なのだ。


「うん、いいよ」


 声を掛けられた女子はビクビクした様子で答えた。

 分かりやすい人見知りだ。


「俺はヤスヒコ。君は?」


「イ、イオリ……」


「イイオリ?」


「えと、そうじゃなくて、イオリだよ」


「そっか。よろしく」


「う、うん」


「ところでイオリ、筆記用具とか出さなくていいの?」


 ヤスヒコは皆の机を見る。

 誰一人として筆記用具やノートの類を出していない。

 そもそも鞄を持っているのがヤスヒコだけだった。


「ここでの授業は筆記用具は不要だよ。話を聞くだけだから」


「ふむ」


 ヤスヒコは時間割の類をもらっていない。

 そのため、今から始まる授業が何かも知らなかった。


 ◇


 最初の授業が終わった。


 内容はセイラの気分でコロコロ変わった。

 小学校レベルの算数をしたり、歴史の授業をしたり。

 かと思いきや、途中で全く関係ない雑談をすることもあった。

 生徒の半数は寝ていて、残りも大半がスマホを触っていた。


 授業中、ヤスヒコはイオリに話を聞いていた。

 時間割やクラスのことなど。


 その結果、ヤスヒコはこの学校が3クラス制だと分かった。


 クラスはA、B、Cで分かれている。

 ただ、授業は全クラス合同で受ける仕組みだ。

 つまり講堂にいる約120人が2年の全クラスになる。


 クラスは月ごとに決まる仕組みだ。

 毎月リセットのランクポイントによって決定する。

 ポイントの上位3PTがAクラス、次に高い5PTがBクラス。

 残りは全てCクラスとなる。もちろんヤスヒコもだ。


 時間割については、午前は全ての曜日で今日と座学である。

 座学とは、先ほどまで行われていたセイラの講義だ。


 講義を真剣に受けている生徒は殆どいない。

 筆記試験がないうえに、大学入試で困ることがないからだ。

 冒険者学校の生徒は無試験で任意の大学に入学できる。


 座学が終わったら昼食だ。

 冒険者学校は10時半から始まるため、午前の講義は一限のみ。

 生徒たちは上機嫌で行動を飛び出して食堂に向かった。


(思ったよりも俺に対する関心が低いな)


 ヤスヒコは皆が話しかけてくるものと思っていた。

 普通の高校だと、転校生が来たらアレコレと質問責めにするものだ。

 出身地やら何やら。


 しかし、冒険者学校の生徒は違っていた。

 不思議に思ったヤスヒコは、イオリにその件を尋ねた。


「皆、ヤスヒコ君のことが気になっているとは思うよ。でも、百聞は一見に如かずって言うし、あえて尋ねなくても午後の授業で分かるから。質問責めはそのあとにあるんじゃないかな」


「午後はどんな授業をするの?」


 ヤスヒコはイオリと二人で食堂に向かう。

 案内してもらわないと、彼には食堂がどこか分からなかったのだ。

 担任のセイラは授業が終わると「またあとでねぇ」と消えていった。


「午後は曜日によって異なるんだけど、冒険者の活動に役立つ実戦的なものだよ」


「今日は何をするの?」


「今日は月曜日だから……」


 イオリは少し考えたから答えた。


「対人訓練だね」


「対人訓練?」


「仮想空間で対人戦をするの」


「冒険者の相手は魔物であって人間ではないはずだが」


「でもダンジョンで絡まれることはあるよね? そういう時の対処法を身に着けるのが目的だと思う。それに相手が人間でも戦闘の経験を積めるよ。人間に似た姿の魔物だっているんだから」


「なるほど」


 ヤスヒコはダンジョンで絡まれた時のことを思い出した。

 一度目はチンピラに、二度目は冒険者学校の落ちこぼれが相手だった。


(たしかに対人訓練は必要かもな)


 イオリの説明に納得するヤスヒコ。

 そしてこの対人訓練が、彼の注目度を大きく上げることとなる。

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