014 悲しき友達

 次の日。

 授業が終わっても、多くの生徒は学校に残っていた。

 戦闘訓練という冒険者向けの特別授業を受けるためだ。


 ヤスヒコの通う学校では、冒険者の養成に力を入れている。

 そのため、学内にはスポーツジムのような筋トレマシンも揃っていた。


 戦闘訓練もその一環だ。

 自衛隊での教官経験があるプロを招き、生徒たちに技術を教える。

 冒険者用の専門学校にも引けを取らない力の入れようだ。


 もちろんヤスヒコは参加しない。

 とにかく強い男だが、その実、強さに興味を持っていないのだ。

 彼が戦うのは楽して稼げるからに他ならない。


「ヤスヒコ、戦闘訓練を受けないのか?」


 教科書をロッカーに戻していると、ユウイチが話しかけてきた。

 この学校で唯一、ヤスヒコに対して積極的に声を掛ける男だ。

 学校では男女の両方に好かれている陽キャだが、なんと童貞である。

 広く浅く付き合う性格上、深い仲の友達がいなかった。


「そうだよ」


「受けたほうがよくねー? レイナと付き合いたいんだろ?」


「付き合いたいけど、疲れるのはごめんだからな」


「やる気ねぇなーヤスヒコ! お前の愛はその程度か!」


「何を言っているんだ、お前は」と笑うヤスヒコ。


 二人は話しながら下駄箱まで行って靴を履き替えた。


「一昨日、俺だけ狩りにいけなかったじゃん? レベル不足で」


 ヤスヒコは「あったな、そんなこと」と頷いた。


「あれが悔しくてさ、あの日と昨日の二日間、連続でレベルを上げたんだぜ!」


「すると今のレベルはいくつだ? 11?」


「いや、12だ」


「俺と1つ違いだな」


 ヤスヒコのレベルは13だ。


「俺も13まで上げるからさ、そうなったら一緒に狩りに行こうぜ」


「いいよ」


「もちろんその時はメグちゃんとサナちゃんを呼べよ! 男二人じゃつまんねーだろ?」


 ヤスヒコは首を傾げた。

 彼にとって狩りは常につまらないものだ。

 メグやサナがいたからといって面白くなるものではない。

 それでも、「だな」と合わせておいた。


「俺さ、サナちゃんを狙っているんだよね」


「狙っているとは?」


「彼女にしたいってことだよ! 他の奴には内緒なんだけど、俺、実はまだ童貞でさ。サナちゃんは初めての相手に相応しいと思うんだ。お互いに経験なさそうだし、それに可愛いからさ」


「たしかにサナは可愛い」


 ヤスヒコは頷いた。


「ヤスヒコはメグちゃんといい感じなんだろ?」


「それは分からないが」


「でもヤッたんだろ?」


「おう」


「なら俺がサナちゃんに行っても問題ないだろ? ヤスヒコはメグちゃんで俺はサナちゃんだ」


「そういうのはサナが決めることだと思うけどな」


「分かってるって! だからサナちゃんが俺を選んでくれるようにアシストをしてくれって話をしてんだよ!」


「アシスト?」


「俺が活躍できるように配慮するとかさ! ちょっと俺のいいところをアピールしてくれるとかさ! なんかそういうのだよ!」


「なるほど。分かった。四人で狩りをする時はユウイチをアシストしよう」


「よっしゃ! やっぱりヤスヒコは話が分かる男だぜ!」


 上機嫌のユウイチと無表情のヤスヒコ。

 二人は話しながら運動場を進み、校門までやってきた。

 すると――。


「あ、ヤスヒコ君!」


 サナが待っていた。

 周囲の男子が口々に「可愛い」と呟いている。


「サナちゃん!」


 声を弾ませたのはユウイチだ。


「えっと……」


 残念ながらサナはユウイチのことを忘れていた。


「ユウイチだよ。一昨日ギルドで会った」とヤスヒコが説明。


 サナは「ああ」と思い出した。


「サナちゃん、何でここにいるの?」


「ヤ、ヤスヒコ君を待っていました」


 恥ずかしそうに顔を赤らめるサナ。


「え?」


 ユウイチは固まった。


「今日、一緒に帰るって、約束していまして……」


 サナは真っ赤な顔でペコペコする。


「ど、どういうことだよ、ヤスヒコ」


「どうもこうもサナの言った通りさ。一緒に帰る約束をしていたんだ。なんかウチに来てご飯を作ってくれるらしい」


「はぁ!?」


 ユウイチの声が響く。


「失礼、言い忘れていたな。実はレベル上げを急ぐ必要がなくなってな、休みを設けることにしたんだ」


「そんなこと聞いてねぇって!」


 ユウイチは血走った目でヤスヒコを睨む。


「ヤスヒコとサナちゃんが知り合ったのって月曜日だろ!? 月曜日って一昨日だぜ!?」


「言われなくても分かっている」


「なのになんでもうそこまで発展してるの!? 家で料理ってお前、それもうフラグじゃねぇかよ! 料理のあとあーしてこーしてドッカーンだろ!?」


 発狂するユウイチを見て、ヤスヒコは「大袈裟な奴だなぁ」と笑った。


「別に発展なんかしていないよ。俺とサナは只の友達だ。だよな?」


「は、はい、友達です……」


 サナは恥ずかしさと残念さを醸しながら頷いた。


「そんなわけだからユウイチ、また明日な」


 ヤスヒコが右手を差し伸べる。

 するとサナはパッと顔を明るくして、その手を掴んだ。

 二人は手を繋ぐと、ユウイチに背を向けて歩き出す。


「何が只の友達だ! ばっちり恋人繋ぎしてんじゃねぇかよ!」


 ユウイチは膝から崩れ落ちた。


「面白い奴だろ、ユウイチって」


 いきなり話を振られたサナは「えっ」と驚いた。

 それから、「あ、はい」と頷く。


「ああいう大袈裟なところがわりと好きなんだ」


 ヤスヒコがサナと手を繋ぐのは、彼女がそれを希望したからだ。

 他には何の理由もない。

 だから、彼にはユウイチの反応が滑稽に見えていた。


 もちろんサナは分かっている。

 周りが自分たちをどのような目で見ているのか。

 ユウイチが大袈裟な反応をした理由も察していた。


(ヤスヒコ君は鈍感だから私が頑張らないと……! 頑張れ、サナ!)


 サナは今日、ヤスヒコとの関係を深める気でいた。

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