008 メグ

 ヤスヒコはどうして嘘をついたのか。

 その理由は単純だ。


(奇跡が起きて何かあるかも……!?)


 男子高校生の性欲である。

 先のことなど何も考えていなかった。

 ただただメグの胸にばかり注目している。


 目を凝らせば服が透けるのではないかと思った。

 実際に凝らしても透けないが、脳内には裸の彼女が浮かんだ。


「本当にリュウさん?」


 ヤスヒコの気持ち悪い目線を受けて、メグが改めて質問する。


「いや、違う。俺はヤスヒコだ」


 今度は素直に認めた。

 ヤスヒコの性欲が限界を超えたからだ。

 今は一刻も早く家に帰ってスッキリしたいと思っている。

 寿司のことは忘れた。


「別人じゃん! 何でウソついたの!?」


 メグはプッと吹き出した。

 ヤスヒコの行動が謎過ぎてウケたのだ。


「なんとなく気分で」


「なにそれ、変なの! まぁヤスヒコでもいいや」


 メグはヤスヒコに手を伸ばした。


「一緒にPTを組まない? こっちのレベルは13だけど」


 ヤスヒコのレベルは11。

 メグのほうが少しだけ高かった。


「PTか……」


 ヤスヒコも手を伸ばす。

 メグと握手を交わしながら彼は言った。


「すまん、無理だ。今日はもうダンジョンに行ってしまった」


「じゃあ何で手を伸ばしたの!? この手は何!?」


「女子の手に触れてみたくて」


「変態じゃん!」


 またしても吹き出すメグ。

 ヤスヒコの反応は彼女のツボにドンピシャだった。


「ヤスヒコって面白いね!」


「初めて言われた」


「絶対ウソでしょー!」


 メグはカウンター席に座った。

 隣の席を軽く叩いてヤスヒコにも座るよう促す。

 性欲に駆られているヤスヒコだが、ここは素直に従った。


「じゃあ明日PT組もうよ」


「いいよ」


「決定! LINE教えてよ、連絡するから」


「LINEが何か分からない」


 ヤスヒコには友達がいない。

 だからLINEをすることがなかった。

 両親との連絡にはメールや電話を使っていた。


「冗談でしょ! 今までどうやって生きてきたの!?」


 と言いつつ、メグはヤスヒコにLINEを導入させた。

 彼女は積極的な性格をしており、グイグイと話を進めていく。

 ヤスヒコは「楽だなぁ」と思いながら任せていた。


「これでよし! 時間とかはまたあとで決めよ!」


「分かった。なら俺はこれにて……」


「待って待って!」


 立ち上がろうとするヤスヒコの腕をメグが掴む。


「ちょっと愚痴らせてよ!」


「えー」


 露骨に顔を歪めるヤスヒコ。


「いいじゃん! 可愛い女子がこうして頼んでいるんだからさ!」


 メグは自分の胸にヤスヒコの腕を押し当てた。

 さらに体を少し傾けて、胸の谷間が見えるようにする。

 自身の武器を理解しているものの振る舞いだ。


「ホッホッホ」


 案の定、ヤスヒコは引っかかった。

 隠しきれない下品な笑みを浮かべて鼻の下を伸ばす。

 これなら愚痴の一つや二つどうってことない。


「さっき私が言っていた『リュウ』って奴いるじゃん?」


 メグが話し始める。

 ヤスヒコは彼女の胸を凝視しながら「うん」とだけ答えた。


「そいつとここで待ち合わせだったんよ。PTを組んでダンジョンに行く予定でね。あ、私、普段は学校の友達とPTを組んでいるんだけど、今日は時間が合わなかったんだ」


「へぇ」


「でさー、ハンターズ……て言っても分からないか。冒険者用のアプリがあるんだけど、それで知り合ったのがリュウでさー」


 メグはペラペラと話し続けた。

 ヤスヒコが「うん」と「へぇ」しか言わなくても気にしない。

 要は相槌を打ってくれる相手なら誰でも良かったのだ。


 愚痴の内容はリュウの愚痴から始まった。

 しかし、それは最初だけで、すぐに別の愚痴に変わった。

 学校に嫌いな教師がいるとか、親と喧嘩したとか、内容は色々だ。


(よくもまぁ舌の回る女だ。この一時間で俺の一年分よりもたくさん話しているぞ)


 ヤスヒコは感心していた。

 もちろんその間も胸の谷間を見ている。

 微かに見えるブラが彼の気持ちを昂ぶらせていた。


「ま、そんなわけでよ? こう見えて私もストレスがヤバいってことですよ!」


「そのようだ」


 ようやく話が終わった。

 外はすっかり夜になっている。


「じゃ、今日は解散で! あ、一緒に晩ご飯でも食べる? せっかくだし!」


「そうだな、せっかくだし一緒に――」


「やっぱりだめだ! 今日はお母さんに晩ご飯を食べるって言っちゃったんだ! ていうかもう8時過ぎてるじゃん! 何で止めてくれなかったの……って、勝手に止まれよって話だよね! あはは! ごめんヤスヒコ! またね!」


 メグは怒濤のマシンガントークを繰り出すと、颯爽と去っていった。


「まるで嵐のような女だな……」


 こうして、ヤスヒコに初めての女友達ができた。

 お喋り好きの爆乳女だ。

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