009 初めてのPT

 日曜日――。

 午前9時50分、ヤスヒコはギルドのロビーにいた。

 10時00分にメグと待ち合わせている。


 ヤスヒコの顔には、早くも疲労の色が伺えた。

 連日のレベル上げによるもの……ではない。

 人生初となる女子とのLINEに興奮して眠れなかったのだ。

 既読マークが付くだけで顔がニヤけた。


「HEY! ヤスヒコ! お待たー!」


 メグは9時59分に現れた。

 着ているワンピースが違うだけで、基本的には昨日と同じ格好だ。

 黒のタイツやショートブーツも変わりない。


「ヤスヒコ、朝ご飯は食べた? 先に食べてから狩りに行く? それとも狩りが先? ていうかヤスヒコって好きな食べ物なに? 私は最近うどんにハマっててさー!」


 さっそくメグのマシンガントークが始まる。

 その勢いに圧倒されつつ、ヤスヒコは答えた。


「朝ご飯は済ませてあるから狩りにいこう。すぐに終わるだろうし」


「OK! レベル12のダンジョンでいいんだよね?」


「うむ」


 どこのダンジョンに行くかで、二人の意見は分かれていた。


 メグはレベル10のダンジョンを熱望していたのだ。

 二人のいる〈泉州第一ギルド〉のレベル10ダンジョンが快適だから。

 このダンジョンを目的に他所からも冒険者が訪れることも多い。


 一方、ヤスヒコはレベル12のダンジョンを希望した。

 彼の目的はレベル上げであって楽に稼ぐことではない。

 そのため、レベル12以外のダンジョンは認められなかった。


 話し合いの結果、ヤスヒコの希望が通った。

 というより、ヤスヒコが最後の最後まで譲らなかったのだ。


「先に言っておくけど、私、戦闘は苦手だよ。本当に大丈夫?」


「別に大丈夫だとは思うけど、戦闘が苦手ってどういうことだ?」


「妨害メインなんだよねー!」


 メグが腰に装備している杖を掲げた。

 妨害タイプの武器で、動きを鈍らせたり混乱させたりできる。

 ただ、ヤスヒコの武器みたいにダメージを与えることはできない。

 PT向けの武器である。


「なるほど。妨害タイプの武器は初めて見るから楽しみだ」


「任せて! 嫌がらせに関しちゃプロだから私! なんたってレベル1の時から筋金入りの――ペラペラ、ペラペラ」


 話し出すと止まらないメグ。

 そんな彼女を無視して、ヤスヒコは受付に向かった。


 ◇


 レベル12のダンジョンは、11のダンジョンより快適だった。

 酸素濃度が普通で、気温も30度と少し高い程度。

 ただ、場所が密林なので視界が優れず動きづらかった。


「ヤスヒコォオオオオ! 助けてぇええ!」


 初っ端のボス戦でメグが危険に陥った。

 相手は大樹に擬態するモンスターのトレント。

 ボスなので「ボストレント」という名前だ。


 メグはトレントの枝に絡め取られた。

 地上4メートルほどの場所で、強引に四肢を開かされている。

 まるでタコ足の如くニョロニョロと動く枝にやられ放題だ。


「これは……! なかなかエロいな……!」


 ヤスヒコはニンマリ笑って動かない。

 紐パンが丸見えなので凝視する。


「なに見てんの! このままじゃ私食われるって! 早く助けてよ!」


「まぁ待て、慌てるな……! まだ早い……!」


 ジュルリ。

 ヤスヒコは舌なめずりをして微笑む。


「ヤスヒコ! お前絶対に童貞だろ! ボケ! 助けろ!」


 メグの怒声が森に響く。


「グォオオオオオオオ!」


 いよいよトレントが動き出した。

 大きな口を開けて、メグを飲み込もうとする。


「今だ!」


 ヤスヒコは動き出した。

 凹凸の酷い足場を軽快に進んでトレントを攻撃する。


「グォオオオオオオオオオオ!」


 トレントはカチコチに凍り、次の瞬間には砕けて死亡した。


「ひゃああああああああああ」


 トレントが消えたことでメグが落下する。

 ヤスヒコはスッと下に移動して彼女をキャッチした。

 お姫様抱っこの格好になる。


「大丈夫か、メグ」


「うん、なんとか」


「それはなによりだ」


 ヤスヒコがメグを地面に下ろす。

 すると次の瞬間、彼の睾丸がメグに蹴り上げられた。


「グハッ! 何故……!」


「助けるのが遅かった罰! おかげで死にかけたんだからね!」


「助けてやったのに……」


 ヤスヒコは顔面を真っ青にして項垂れるのだった。


 ◇


 普段のヤスヒコであれば、用が済んだので帰っている。

 だが、この日は違っていた。


 メグが狩りの続行を求めたのだ。

 ボスをも瞬殺するヤスヒコの圧倒的な強さが理由である。

 稼げる内に稼いでおきたい、というのがメグの言い分だった。


 ヤスヒコは快諾した。

 ダンジョンを選ぶ際に融通を利かせてもらったお礼だ。

 それにメグと一緒にいると楽しかった。


「どうよヤスヒコ! 私のパニックロッドは! すごいっしょ!」


 メグの妨害攻撃は集団のザコと戦うのに役立った。

 効果は前方扇状の範囲に一定確率で混乱を付与するというもの。

 混乱した魔物は敵味方の区別が付かなくなり、最も近い者に攻撃する。

 結果、同士討ちが発生することとなった。


「たしかに有効な武器だが、この程度のザコには不要だな」


 ヤスヒコは片っ端から敵を倒していく。

 ザコはボスに比べて格段に弱いため、集団だろうと関係ない。


「やば! ヤスヒコって後ろにも目が付いてんのってくらいに避けまくるじゃん! それに攻撃もシュンシュンッて速いし! 強すぎでしょ! なんで私よりレベルが低かったのか分からないんだけど!」


 とにかく強いヤスヒコにはメグも大興奮。

 しばしば戦うことを忘れて話し続けるほどだった。


 ◇


 持てなくなるまで魔石を集めたあと、二人は帰還した。

 それだけの量の魔石ともなれば換金で得られるお金も凄まじい。

 合計70万円――一人当たり35万円の儲けだ。


「いやー稼ぎまくりましたなぁ!」


「戦ったのは俺だけどね」


「私だって混乱状態にしまくってたよ!」


「大して役に立っていなかったけどな」


「それはヤスヒコが強すぎるからっしょー!」


 ギルドの外に向かって歩く二人。

 メグはかつてない収入にウキウキしていた。

 だが、今はそれよりも大事なことがある。


「お腹空いたよねー!」


「ああ、そうだな」


 空腹である。

 現在の時刻は15時過ぎ。

 二人のお腹はグゥグゥと鳴りまくっていた。


「たくさん稼いだし何か食べに行こうよ! 私が奢ってあげる! 高いところに行っちゃおー!」


「ありがとう」


「戦いのあとは肉がいいんだけど、焼肉でオッケー?」


「おう」


「んじゃ、しゅっぱーつ!」


 メグはヤスヒコの手首を掴んで歩く。

 引っ張られる格好のヤスヒコだが、抵抗することはなかった。


 ◇


 焼き肉が終わると解散――。

 と思いきや、二人には続きがあった。

 なんとヤスヒコの住むワンルームマンションにやってきたのだ。


「ここがヤスヒコの家かー! なーんもないじゃん!」


「まぁな」


 きっかけは焼肉屋での会話だ。

 自分のことを話しきったあと、メグはヤスヒコのことを質問した。

 通っている学校や家族構成、趣味や恋人の有無など。


 その結果、ヤスヒコが想像以上の変わり者だと判明した。

 無趣味で、若者の文化に浸透しておらず、総理大臣の名前も知らない。

 だから一緒に人気のドラマを観よう、という話になったのだ。


「ちょ! テレビないじゃん!」


 ところが、ヤスヒコの家にはテレビがなかった。

 かといってパソコンやタブレット端末も存在しない。

 一人掛けのソファとテーブル、それにいくつかの収納ボックスだけだ。

 布団は床に敷いており、服は備え付けのクローゼットに収納してある。

 ミニマリストの部屋でももう少し何かあるものだ。


「テレビがないとドラマを観られないのか? スマホで観るものだとばかり思っていたが」


「あー、Netflixとか?」


「分からないけどたぶんそれ」


「たしかにNetflixでも大丈夫! でも、ヤスヒコは加入してるの?」


「もちろんしていない」


「だよねー! なら私のスマホで一緒に観よっか! 私はこう見えてNetflixの一番高いプランに入ってるから!」


 メグが布団の上でうつ伏せになる。

 慣れた手つきでスマホを操作してNetflixを開いた。


「ヤスヒコ、早く隣においでよ。立ったままだと見えないっしょ?」


「あ、ああ」


 ヤスヒコは躊躇いながらもメグの隣に腰を下ろす。

 シングルサイズの布団なので、二人で並ぶと窮屈この上なかった。


「大丈夫? 見える?」


 メグが尋ねる。

 互いの肩が当たっているのに気にしていない様子。


「見えるよ」


「じゃあ再生するねー!」


 メグがドラマを再生。

 若者の間で流行っている日本の作品だ。

 しばらくの間、二人は静かにドラマを観ていた。




 だが、次第にいい雰囲気になっていき――。




 気がつくと、ヤスヒコは童貞を卒業していた。

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