010 ユウイチ

 月曜日。

 放課後、ヤスヒコはいつものようにギルドへ向かおうとした。

 そこに同じクラスの陽キャことユウイチがやってきた。


「ヤスヒコ、レイナとは付き合えそうかー?」


 ユウイチが茶化し気味に言う。

 陽キャなだけあって嫌味っぽさは全くない。

 だからヤスヒコも無視せずに答えた。


「今のところ順調だよ」


「おー、そりゃ強気だなぁ! 普段はソロで狩ってんの?」


「おう。基本的には一人だ」


 ヤスヒコがPTで狩りをしたのは昨日だけだ。

 相手はメグ。

 率先して童貞を喰ってくれた恩人である。


「なら手伝ってやるよー! 俺、わりと強いから!」


「分かった」


 ヤスヒコはユウイチの提案を受け入れた。

 一昨日までの彼なら「不要だ」と断っていただろう。


 承諾したのはメグとの経験が大きい。

 PTを組むことで予期せぬ幸運が起きるかもしれない。

 例えば昨日のズッコンバッコンのような。

 とにかく強いヤスヒコは、一皮剥けたことで社交性を身に着けていた。


「でも、今日はPTを組む人が決まってるんだ」


「え、マジで? 学校では誰とも喋らないヤスヒコが?」


「まぁな」


「相手は誰? ヤバい奴?」


 陽キャのユウイチは心配になっていた。

 ヤスヒコが悪い奴に目を付けられているのではないかと。

 友達でもないのに優しい男である。


「大丈夫。女だから」


「え、女!? ヤスヒコが!?」


「びっくりだよな。俺も驚いている」


「おいおい、レイナに告白しといて女のツレがいたのかよー! マジの彼女?」


 ユウイチは肘でヤスヒコを小突きながらニヤつく。


「彼女ではない」


「マジかー! ま、デートなら邪魔しちゃ悪いな!」


 サッと身を引こうとするユウイチだが。


「デートじゃないよ。相手は二人いるから」


「二人!? 女と男ってことか?」


 ユウイチはヤスヒコの相手がカップルだと思った。

 謎のカップル+オマケでヤスヒコという組み合わせだ。

 ハンターズで知り合った相手か何かだろう、と。

 だが、ヤスヒコの答えは違っていた。


「いや、両方とも女だよ」


「おいマジかよ!!!!」


 衝撃過ぎて大声を出してしまうユウイチ。

 教室に残っている少数の生徒が驚いた様子で彼を見る。


「どういう関係なの? ヤスヒコに女が二人もなんて!」


「一人は友達で、もう一人はソイツの友達だ。俺も会ったことがないからよく分からない」


 ユウイチは「マジかぁ」としみじみしたように呟く。

 それからハッとした。


「つーことは三人PTってことだよな?」


「そうだよ」


「だったら俺も混ぜてくれよ! PTって4人までいけるだろ?」


「別にかまわないけど、相手にも聞いてみないと」


「聞いて聞いて! ダブルデートといこうぜ!」


 ヤスヒコは何も言わずにスマホを取り出した。

 メグにLINEを送り、同じ学校の男子も連れて行っていいか尋ねる。

 返事は速攻で帰ってきた。


「別にいいよ、だって!」


「うおっしゃー! なぁヤスヒコ、相手の女ってどんな子? 可愛い? 俺実は面食いだからブスだと悲しいんだけど!」


「俺は可愛いと思ったよ。あと胸がデカい。本人曰くGカップらしい」


「そんな話もする関係かよ! ていうか可愛くて巨乳とか最高かよ!」


 ユウイチのテンションは最高潮に達していた。


(ヤスヒコには悪いが、片方は俺がもらうぜ!)


 ユウイチはこの後の展開を妄想してニヤけるのだった。


 ◇


 ヤスヒコとユウイチがギルドに着くと。


「おそーい! 女を待たせるとか分かってないねぇ!」


 メグと彼女の友達は既に待っていた。

 声を荒らげているメグだが、別に怒ってはいない。

 自分たちのほうが先に着くと分かっていたからだ。


「うは、マジですげー可愛いじゃん!」


 ユウイチはメグたちを見て声を弾ませた。

 メグもさることながら、その友達も容姿のレベルが高い。

 黒髪のロングで、スカートの丈は標準。

 顔は美人というより可愛いタイプで、典型的な清楚系だ。

 太ももに食い込む黒のニーハイもポイントが高かった。


「は、はじめまして、サナと言います。今日はよろしくお願いします」


 サナがペコリとお辞儀する。

 メグと違って人見知りで、特に男子相手だと緊張してしまう。


「どうも! 俺、ユウイチ! 武器はこの槍! バリバリのアタッカーだから戦いは任せて! よろしくね!」


 ユウイチは背中に担いでいる長い槍を指してスマイルを決める。


(サナちゃん可愛いー! メグちゃんもいいけど、俺はサナちゃんのほうがタイプだなー!)


 早くもサナにロックオンするユウイチ。

 グイグイ押せばコロッと落ちそうだ、と考えていた。

 もちろん心の中でヤスヒコに感謝することも忘れない。


「サナはアタッカーとヒーラーの二刀流でさ、ファイヤーワンドで攻撃しつつプロテクションワンドで皆に軽減効果を付与するんだよね」


 メグが補足する。

 サナの両脇に差してある短い杖が今しがた言った武器だ。


「ヤスヒコの自己紹介は省略でいいよ! 私が先にしておいたから!」


「分かった。ならダンジョンに行こう」


 ユウイチが「イエーイ!」と槍を掲げる。

 周囲の冒険者が鬱陶しそうな顔で見てくるが気にしない。

 彼は完全に浮かれていた――この時までは。


「今日はレベル13でいいんだよね?」


 メグが確認する。

 ヤスヒコとサナが頷く一方、ユウイチは「え」と真顔になった。


「ユウイチ、レベル13のダンジョンは無理?」とメグ。


「ごめん! 俺、レベル10しかないんだ。いつも10のダンジョンだったから! でも10のボスを倒したことあるし、腕には自信あるよ! だから今日は10でお願いできないかな?」


 PTでダンジョンに挑む際、最もレベルの低い者が基準になる。

 ユウイチのレベルが10なので、この場合は11のダンジョンが限界だ。


「私らはいいけど……」


 メグがヤスヒコを見る。


「悪いが無理だ。ユウイチ、別の機会に頼む」


 ヤスヒコは迷わず断った。

 メグは「だよね」と苦笑い。


「ちょ、ヤスヒコ、マジかよ! 別にいいじゃん、10でも! 稼げる額に大差ないし、このギルドの10は楽だから簡単に数をこなせるぜ?」


 ユウイチの反応は実に一般的だ。

 冒険者1万人にこう言うと、9999人は「だね」と同意する。

 そして「今日はレベル10にするか」と合わせるだろう。

 しかし、ヤスヒコは残りの1人に該当する男だった。


「俺の目的はレベル上げだから。10じゃ意味がない」


 こうして、ヤスヒコは当初の予定通り3人でダンジョンへ行くことに。

 ユウイチに興味のないメグは何も言わずに従う。

 メグが異論を唱えなかったので、サナも何も言わなかった。

 三人はユウイチをロビーに残して歩き出す。


「サナ、ヤスヒコを見てどう思った?」


「どうって?」


「ちょー弱そうでしょ?」


「え? そ、そんなことは……」


「でも安心して! ちょー強いから! マジで最強だから!」


「そんなに?」


「うん! こりゃ手放せないと思ってさ、昨日一発ヤラせてあげたの!」


「ちょ、メグ……!」


 顔を真っ赤にするサナ。


「ヤスヒコ、メグちゃんとヤッたのかよ」


 呆然とするユウイチ。

 彼の声は三人に届いていなかった。


「だってヤスヒコと一緒にいたらガンガン稼げるし! そのお礼にヤラせるぐらいどうってことないっしょ! キープ料みたいなね! むしろ賢いっしょ私!」


 がはは、と笑うメグ。

 サナは「人前でそんなこと行っちゃダメだよ」と恥ずかしそうに俯く。


「どうなってんだよヤスヒコ……。前までレベル1だったじゃねぇかよ……。つーか俺まだ童貞だよ……」


 ショックのあまり、ユウイチは失神した。

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