とにかく強いヤスヒコ ~トップアイドルと付き合うため最高レベルを目指す~

絢乃

001 プロローグ①

 レベル1ダンジョン。

 心地よいそよ風が雑草を揺らす中、一人の男子高校生が立っていた。

 どこにでもいそうなこの男の名は――ヤスヒコ。

 水曜日になると必ずダンジョンに来る青年だ。


「コォオオオオオオオン!」


 サラブレッド馬のような体格のキツネがヤスヒコに突っ込む。

 このダンジョンのボス――セブンスフォックスだ。

 七つの尾を持つことからその名がついていた。

 レベル1のダンジョンとはいえ、ボスなので多少は強い。


「…………」


 ヤスヒコは何も言わずに迎え撃つ。

 右手に握っている鉈を振り、最低限の動きでボスを倒す。


「コォォン……」


 ボスは蒸発するかのように消え、その場には球体の宝石が残った。

 魔石だ。


 ボスが落とした物なので上級魔石と呼ばれている。

 ザコが落とす魔石と違って透明ではなく色付きなのが特徴だ。


 魔物を倒して魔石を持ち帰って売る。

 ヤスヒコはそうやって自身の学費や生活費を工面していた。


「何ださっきの動き! あんたスゲーな!」


「それだけ強いのにどうしてレベル1のダンジョンにいるんだ!?」


 たまたまヤスヒコの戦いを見ていた男二人組が話しかける。


「楽に稼げたら何でもいいからね」


 ヤスヒコは魔石を学生鞄に入れて、その場を後にした。


「不思議な奴だなぁ」


「アイツくらい強いならレベル10どころか20は楽勝だろう」


「只の鉈で戦ってあの強さだもんな。もったいないよ」


 ダンジョンのレベルが高いほど、得られる魔石の価値も高くなる。

 現代社会は空前のダンジョンブームなので、社会的な地位も高くなる。

 しかし、ヤスヒコはそんなものに何の興味もなかった。


 物欲が一切なく、酒や女、タバコにも縁がない。

 故に必要最低限のお金さえ手に入ればなんでもよかった。


 だからダンジョンに入るのは週1回のみ。

 レベル1のボスを倒して6万円を稼ぐ。

 これを月4回こなして月収24万円。

 魔石の換金で得たお金は非課税のため手取りも同額。


 そんな人生が楽しいのだろうか。

 もし問われたら、ヤスヒコは即座に「いや」と言うだろう。


 彼が生きているのは、ただ死にたくないからに過ぎない。

 ヤスヒコは昔から人生に意義を見出していなかった。


 ◇


 翌日。

 ヤスヒコはいつもと同じ時間に登校した。

 今月から高校二年生としての学園生活が始まったばかりだ。


 北海道の東部から大阪の南西部に引っ越してきて早1年。

 電車での移動にもすっかり慣れていた。


「おー、ヤスヒコ、TikTokで面白い動画があったけど知ってるか?」


 ヤスヒコが席に着くと、同じクラスのユウイチが声を掛けてきた。

 俗に「陽キャ」と呼ばれるタイプの男で、誰にでも気さくに話す。

 近寄りがたい空気を放つヤスヒコが相手でも関係なかった。


「いや、TikTokが何かも分からない」


「マジで!? なら教えてやるよ! 一緒に動画観よーぜ!」


「ほい」


 ヤスヒコは滅多に自分から話しかけない。

 だが、話しかけられた場合は問題なく受け答えが可能だ。

 なので、学校ではそれなりに会話をすることがあった。

 友達はいないが。


「お?」


 いくつかの動画を観ている時に、ヤスヒコが反応した。


「この子が気に入ったのか?」


 ユウイチがニヤリと笑い、スマホの画面を指す。

 そこに映っているのはぎこちないダンスをしている女子高生だ。

 セミロングのピンク髪は、光を反射するほど艶やかだった。


「目を疑うほど可愛いな。これが皆の言う『加工の力』ってやつか」


「そう思うだろ? ところがこの子だけは無加工でコレなんだ」


「じゃあ、実際にこの可愛さなの?」


「……と、言われているが分からないな」


 そこで言葉を句切ると、ユウイチは「ただ」と続けた。


「実際がどうなのかは今日分かるよ」


「どういうことだ?」


「やっぱり知らなかったか。さすがはヤスヒコだ」


 得意気に笑うと、ユウイチは言った。


「この子――レイナは、今日、ウチの学校に来るんだ」


「マジかよ!」


 この時、ヤスヒコは人生で初めて声を荒らげた。

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