032 皆大好き水曜日

 水曜日。

 ヤスヒコは午後の授業だけ参加することにした。

 朝はメグ、サナ、アキのハーレムを満喫していたからだ。


 メグたちは今日、創立記念日で休みだった。

 なので、昨日はヤスヒコの家に泊まっていたのだ。


 おかげさまでヤスヒコは寝不足になった。

 そのうえ、ヘルニアを疑うくらいに腰が悲鳴を上げている。

 若気の至りで朝まで騒いだのが効いた。


「ヤスヒコ君、おはよう。せっかくの水曜日なのに休むのかと思ったよ」


 学校に着いたヤスヒコをイオリが迎える。

 彼女は食堂で買ったお弁当を教室で食べていた。


「いやいや、参加するさ。今日の実戦訓練が一番人気なんだろ?」


 隣に座るヤスヒコ。


「お金を稼ぐチャンスだからね。私にとっては名誉挽回のチャンスでもあるんだけど」


 あはは、と力なく笑うイオリ。


「ま、気楽にいこうぜ。メグも言っていたが、何事も楽しまないと損だ」


 ヤスヒコは鞄から弁当を取り出した。

 見るからに高級そうな容器で、何かにはご馳走が入っている。

 品数が非常に多くて、誰が見ても気合が入っていると分かった。


「ヤスヒコ君のお弁当すごいね。どうしたの?」


「これはサナが作ってくれたんだ」


「あー、前に言っていた恋人の……」


「恋人ではない」


「そっか、そうだった。家によく来て、お泊まりして、イチャイチャして、料理も作ってくれて、一緒にお風呂に入って、同じベッドで寝て、キスやそれ以上のこともたくさんしている友達だよね?」


「その通りだ」


(それを恋人って言うと思うんだけど……。でもたしか他にアキって人もいたよね。それに惚れている相手はレイナって言ってたし、どうなってるの!?)


 イオリは複雑怪奇な顔をするのだった。


 ◇


 昼ご飯が終わると、講堂に生徒たちが集まった。

 一番人気の水曜日なだけあって、出席率は95%に達している。


「それでは今から【実戦訓練】のPTとダンジョンを決めていくわねぇ」


 教壇で話すのは担任のセイラ。


「念のために確認しておくけど、先生が決めた相手とPTを組み、先生が決めたダンジョンを攻略すりゃいいんだよな?」


 ヤスヒコはひそひそとイオリに話す。

 イオリは「そうだよ」と頷いた。


(これがスカウトのお姉さんが言っていたやつか)


 サツキに勧誘された時のことを思い出すヤスヒコ。

 メグたちとのレベルに差が生じる理由がこの実戦訓練だと納得した。


「あ、でも、その前にぃ、ヤスヒコ君、前に出てもらえるかなぁ?」


 セイラに呼ばれて、ヤスヒコは小走りで教壇に向かう。


「転校してきて数日が経ったけど、学校内の誰かとPTを組んだことはある?」


「ないです」


「だったらヤスヒコ君には好きな人とPTを組んでもらうねぇ」


「俺が選んでいいってこと?」


「うんうん。でも、攻略するダンジョンは私が決めるねぇ」


「分かりました」


 次の瞬間、多くの生徒が前のめりになって手を挙げた。


「ヤスヒコ! 俺と組もうぜ!」


「私はどう!?」


「ダンジョンでの動きが見てみたいんだ!」


 皆がヤスヒコと組みたがっている。

 その中には――。


「俺を選べヤスヒコォ!」


 彼にボロ負けしたフミオの姿もあった。


 フミオはヤスヒコに敵対心を抱いている。

 だが、それはヤスヒコの強さを認めているからだ。

 近い感情で言うと「嫉妬」が当てはまるだろう。


 また、フミオは証明したいと思っていた。

 ダンジョンでは自分のほうが遥かに強いのだと。

 実戦で差を証明すれば、対人戦での無様な敗北は帳消しにできる。


 しかし――。


「自由に選んでいいってことなら俺はイオリと組みたい」


 ヤスヒコは迷わずにイオリを選んだ。


「え? 私?」


 驚くイオリ。

 皆の視線が集まって恥ずかしそうだ。


「イオリはやめとけって! アイツ、連携できねーから危ないぞ!」


 近くの女子が「それは言い過ぎ」と注意する。

 ただし、その女子にしても否定はしていなかった。

 イオリのPT適性が著しく低いのは誰もが認識していることだ。


「だからこそイオリがいいんだ」


「それはどうしてかなぁ?」


 セイラが興味深そうにヤスヒコを見る。


「俺は月曜日にここにいるほぼ全員と対人戦をしたが、イオリは決して弱くなかった。何人かの生徒も言っていたが、1on1になるとイオリはそれなりに戦える」


「うんうん」と相槌を打つセイラ。


「なのに落ちこぼれ認定を受けているってことは、皆の言う通りPTでの動きが本当に酷いのだろう。だから、どれだけ酷いかをこの目で確かめたい。で、可能なら改善してやりたい」


「ヤスヒコ君……!」


 キュンとするイオリ。


「気持ちは分かるけど無理だってヤスヒコ! セイラ先生だって匙を投げたんだぜ? お前がどれだけ強くてもどうにもなんねーよ! イオリはPTに向いていないんだ」


 モブの男子が反論する。

 それに対する異論が出ることはなく、イオリは悲しそうに俯いた。


「ま、やってみなければ分からないさ。単純な強さで言えばアキに匹敵するレベルだし、貢献度で言えばメグよりも遥かに優秀だと思われる。適材適所と言えるポジションがあるはずだ」


「アキとメグが誰か分からねぇけど、イオリがウォーハンマーを捨てない限りどうにもならねぇと思うけどな」


「彼の言う通りよぉヤスヒコ君。イオリさんの適性を考えるとぉ、杖を使った遠距離のアタッカーが最適だと思うよぉ。でもねぇ、イオリさんにはこだわりがあってぇ、絶対にウォーハンマーを捨てることはないのぉ。だからどうにもならないんじゃないかなぁ」


「無理と言われるほどやる気になりますね」


 ヤスヒコは最後まで意見を変えなかった。


「じゃあ一人目はイオリさんとしてぇ、あとの二人は誰にするぅ?」


 一転して誰も自分を選んでくれと訴えない。

 イオリと組むのは危ないから嫌なのだ。


「四人で組む必要がないならイオリと二人がいいです」


 ヤスヒコもできれば他は不要だと思っていた。

 二人きりのほうがイオリの改善に取り組みやすいからだ。


 それに、イオリと二人なら気兼ねなく話せる。

 ヤスヒコにとって、彼女は学内で唯一の友達なのだ。

 かつてのユウイチみたいな存在である。


「じゃあ今回は二人にしよっかぁ。イオリさんもそれでいいかなぁ?」


「は、はい、大丈夫です」


「これでPTは決定だねぇ。あとはダンジョンだけどぉ」


 セイラは少し考えた。

 それは珍しいことらしく、他の生徒が驚いている。


「ヤスヒコ君の実力を正確には把握していないしぃ、イオリさんと二人なら危険も冒せないからからぁ……」


 そう前置きしてからセイラは言った。


「堺第七ギルドのレベル50を攻略してきてもらおうかなぁ」


「「「レベル50!?」」」


 生徒たちがどよめく。


「先生、俺のレベルは34でイオリは22かそこらですよ。50は入れない」


「大丈夫だよぉ。実戦訓練でのダンジョン攻略にはレベル制限がないからねぇ。ランクポイントにも反映されないしぃ、1日1回の利用制限にも引っかからないからぁ、いざとなったらサクッと逃げてくれたらいいよぉ」


「なるほど。攻略したらレベルは上がりますか?」


「ダンジョンのレベルが自分より高い時だけねぇ。ただし1レベルだけだよぉ。あとぉ、魔石を換金して得たお金は君たちのものだからねぇ」


「太っ腹だ。皆が率先して参加するわけだ」


「先生、いくらなんでもイオリとのPTでレベル50は危なすぎっすよ!」


 モブの男子が心配そうに言った。


「たぶん大丈夫だよぉ。もし死んでもぉ、学校や私が責任を問われることはないしぃ、やっぱり大丈夫だよぉ」


「えぇぇぇぇ……」


「俺はレベル50どころかもっと上でもいいですよ」


 自信顔のヤスヒコ。


「それは良い心意気だけどぉ、まずはレベル50からねぇ」


「分かりました」


 ヤスヒコは頷き、イオリの隣に戻る。

 セイラは他のPTとダンジョンを決めていく。


「私のために気を遣ってくれたんだよね? ありがとう、ヤスヒコ君」


 イオリは小さな声で言って頭をペコリ。


「気遣ったわけではないさ。スランプから抜け出す良いきかっけになればいいと思っただけだよ」


「ヤスヒコ君……!」


「前までの俺なら何でも一人で解決してきたけど、誰かに頼るのも悪くないと最近では思っていてな。学校ではイオリに頼っているし、他ではメグやサナ、アキに頼りっぱなしだ」


「成長しているんだね、ヤスヒコ君」


「そういうことだ」


「ではかいさーん。みんなぁ、がんばってねぇ」


 セイラがPT編成を終え、生徒たちが我先にと飛び出していく。


「私たちも行こっか」


「だな」


 ヤスヒコとイオリも立ち上がる。


「あ、そうだ、ヤスヒコ君」


「ん?」


「いつかメグさんたちに会わせてね。どんな人たちなのか興味があるの」


「いいよ。でもメグは気をつけた方がいいぜ」


「なんで?」


「アイツは抜け駆けがお得意な悪い女だからな」


「え?」


 ヤスヒコはニヤリと笑って歩き出す。

 心の中では「我ながら面白いな」と感心していた。

 今の発言は彼の中ではとっておきのジョークだったのだ。


 イオリは首を傾げたままその後ろに続く。

 ヤスヒコの言ったセリフの意味がさっぱり分からなかった。


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