033 イオリ

 意気揚々と学校を出たヤスヒコ。

 しかし校門を抜けたところではたと思い出して学校に戻った。

 イオリとともに職員室へ行ってセイラと話す。


「始める前から諦めちゃったのかなぁ?」


 セイラが「ふふ」と笑ってヤスヒコを見る。


「いえ、忘れ物がありまして」


 ヤスヒコは目を合わさず周囲を見る。

 職員室に関しては、一般的な高校と変わらなかった。

 ただ、そこにいる職員の大半が教師ではなくスカウトだ。

 ヤスヒコを勧誘したサツキの席もある。


「忘れ物ってぇ?」とセイラ。


「指輪です。〈具現化の指輪〉。俺もあれが欲しい」


 異次元に装備を収納し、必要に応じて召喚できる便利な指輪。

 冒険者学校の生徒で持っていないのはヤスヒコだけだ。


「もちろんかまわないけどぉ、登録する装備は固まったのぉ? イオリさんから聞いているかもしれないけどぉ、そう簡単に内容を変更できないよぉ?」


「分かっていますよ」


 即答するヤスヒコ。

 驚いたことに彼はウソをついた。

 イオリからは何の話も聞いていなかったのだ。

 お茶目な気まぐれである。


(え、私、話したっけ?)


 だからイオリは困惑していた。

 その間にも話は進んでいく。


「それならぁ、技術室に行ってぇ、エンジニアの方に登録してもらってぇ。話は通しておくからねぇ。細かいことはぁ、イオリさんに聞いてねぇ」


「ほい。イオリ、案内してくれ」


「うん」


 ヤスヒコとイオリは技術室に向かった。


 ◇


「たしかにどれだけ念じても何も出ないなぁ」


「ダンジョンではちゃんと効果が発動するから安心してね」


 ヤスヒコとイオリは電車に乗っていた。

 ガラガラの席に並んで座っている。


「本当に防具の登録だけでよかったの? 普通は武器を持ち歩くのが煩わしいから指輪を利用するものだけど」


 イオリはヤスヒコの装備に目を向けた。

 魔力80の鎌を両脚で挟んでいる。

 死神が使いそうな大鎌だ。


「武器は色々と試したいからな。冒険者学校だとCランクのあらゆる武器が使い放題だ。片っ端から使っていけば、思わぬ巡り合わせがあるかもしれない」


「そ、そうだよね……」


 イオリはバツの悪そうな顔で目を逸らした。

 彼女は最初から一貫してウォーハンマーを貫いているのだ。

 他の武器を使おうと考えたことは一度もない。

 また、他の武器を勧められても絶対に使わなかった。


「そういやイオリって、なんでウォーハンマーにこだわりがあるんだ?」


「…………」


 すぐには答えないイオリ。


「言いにくいことだったか」


「そうじゃないけど……馬鹿にしないって約束してくれる?」


 普通の人間なら「当たり前だ」やら「もちろん」と言うだろう。

 だがヤスヒコは違った。


「それは約束できない」


 さすがのイオリも「えっ」と驚く。


「内容が分からないのに約束なんかできないよ」


 真顔で言うヤスヒコ。

 それがなんだか滑稽で、イオリは「ぷっ」と吹き出した。


「それもそうだよね。ごめん。じゃあ“可能な限り”馬鹿にしないってことで」


「それなら約束しよう」


 イオリは笑みを浮かべて頷いた。


「恥ずかしい話なんだけど、ウォーハンマーってカッコイイじゃん?」


「カッコイイ?」


「大きいし、振り回すのは大変だけど、その分、遠心力っていうのかな? なんか威力もすごいし」


「たしかに強力だ。木を軽々と粉砕するからな」


「それが気に入ったの。皆は『お前の性格なら杖で遠距離攻撃をしたほうがいい』とか言うんだけど、私は嫌。真っ向勝負で、強力な一撃を放って敵を倒したい」


 そこまで言うと、イオリは恐る恐るヤスヒコの顔を覗いた。


「……というのが理由なんだけど、やっぱり馬鹿にするよね?」


 対するヤスヒコは真顔で答えた。


「今の話のどこに馬鹿にする要素があるんだ?」


「へ? だって……」


「むしろ俺は感動したよ。すげーじゃん。そういう理由なら絶対にウォーハンマーでいくべきだ。他の武器なんか使っちゃいけない」


「そ、そうなの? なんで?」


 まさかの反応に驚くイオリ。

「ウォーハンマーでいくべき」などと言われたのは初めてだ。

 すごく嬉しかった。


「だってさ、ダンジョンって命懸けじゃん? 北海道のヒグマに比べたらザコばかりだけど、それでも油断したら死にかねない」


「そうだね。ヒグマとの比較は分からないけど」


「そんな中で、イオリは理屈じゃなくてロマンで武器を選んでいるんだぜ? 普通の人間にはできない。メグたちから『どうかしてんじゃないの』って言われる俺ですら無理な判断だ」


「ヤスヒコ君……」


「だから俺は、イオリにはウォーハンマーを貫いてほしい。周りがなんて言おうが気にするな。レベルだって20もありゃ十分だ。低レベルのダンジョンでザコ狩りをお金には困らないんだし」


「ありがとう。そんな風に言ってもらえたの初めてだからすごく嬉しいよ」


「普通の意見だと思うけどな」


 イオリは優しい笑みを浮かべる。

 この時、彼女はヤスヒコに対して恋心を抱いた。


「でもね、ヤスヒコ君」


「ん?」


「レベルはもうちょっと上げないといけないんだよね」


「どうしてだ?」


「だってこのままじゃ退学になっちゃうもん」


「退学?」


「昨日か一昨日にも言った気がするけど、冒険者学校の大阪校には決まりがあって、学年末までに一定のレベルを超えていないと退学なの」


「なんか聞いた気がするな。そのレベル制限っていくつなんだ?」


「1年は20、2年は30、3年は45だよ」


「つまり3年になるには30レベルが必要ってことか」


「卒業するなら45レベルだね」


「45なら余裕だな」


「ヤスヒコ君ならね。でも、私は厳しいよ。30ですら……」


「そこは俺のアドバイスで改善してやるさ」


 妙に自信たっぷりなヤスヒコ。


「ほんとに? 何か考えがあるの?」


「もちろん何もない」


「ないんかい!」


 思わずツッコミを入れてしまうイオリ。

 自分のキャラに合わないことだと分かっていても止められなかった。


「だが、レベル30の敵がどの程度の強さかは知っている。イオリの戦闘力なら余裕で到達できるさ。だから気負いするほどでもないだろう」


「……ほんとヤスヒコ君って、嬉しくなることばかり言ってくれるなぁ」


「そんなつもりはないけどな」


 ヤスヒコは大きなあくびを一つして、「ところで」と話を変えた。


「いつになったらギルドに着くんだ? ずいぶんと遠いな」


「もうすぐだよ。遠いって言うけど、電車に乗ってからは10分程しか経っていないからね」


「その前にバスがあったじゃん」


「まぁね。乗り換えって面倒くさいよね」


 冒険者学校から堺第七ギルドまでは片道40分だ。

 バスで20分、電車で15分、そして徒歩で5分。

 乗り換えに費やす時間も考慮すると約45分といったところ。

 大阪の地理に疎いヤスヒコからすると地獄のような長さに感じた。

 だが、そんな長旅ももうおしまいだ。

 車掌のアナウンスが流れた時、イオリが言った。


「次の駅だよ、ヤスヒコ君。駅に着いたらあとはすぐだから」


「ようやくか。楽しみだぜ」


 大鎌を振るう姿を想像して、ヤスヒコはニヤリと笑った。

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