031 防具

 対人訓練で疲れ果てたヤスヒコ。

 しかし、放課後になっても息つく暇はない。

 彼はギルドに行き、ロビーでメグたちと合流した。


「どうよ! エリート校のスクールライフは!」


 メグが開口一番に尋ねてくる。


「ヤスヒコ君、なんだか疲れてそう……」


 心配そうにするサナ。


「あのヤスヒコですら疲れるほど過酷なのか」


 アキは驚いている。


「いや、過酷ではないよ。ただ俺は転校生だからさ、それで色々と大変だっただけさ」


「レベル上げは休みにする? 無理しなくていいよ! ヤスヒコのおかげで私らわりとバブリーだし!」


 声を弾ませるメグに、「バブリーって」と苦笑いのサナ。


「問題ない。レベル上げに行こう。この武器が魔物に通用するのか試してみたいしな」


 ヤスヒコは腰に装備している鞭を手で叩いた。


「鞭じゃん! ヤスヒコ、あんたインディにでもなったの!?」


「インディ?」


「インディアナ・ジョーンズだよ! ほら、映画の!」


「なんだっけそれ?」


 メグの言う映画が分からずサナを見るヤスヒコ。

 しかし、サナも「さぁ?」と首を傾げる。


「私と前に観た作品だ。考古学者が秘宝を探す話の」


「あー、あの映画か、楽しかったなぁ」


「うむ! 今度は続編を観よう。もちろんイチャイチャしながらな」


 アキのドヤ顔がサナに炸裂する。

 サナが何やら言い返そうとするが、その前にメグが言った。


「ヤスヒコがインディを知らなかったせいで私が滑っちゃったじゃん!」


「それは失礼」


「とにかくレベルを上げるならダンジョンに行こう! 皆の衆、私に続けー!」


 メグが右手を突き上げながら進んでいく。

 大きな胸が上下にブルンブルン揺れて、皆の目を釘付けにしていた。


「そういえばヤスヒコ君、学校には馴染めた?」


 サナが尋ねると、ヤスヒコは「おう」と即答した。


「早くも人気者だよ」


「「「…………」」」


 サナだけでなく他の二人も黙る。

 そして次の瞬間――。


「ヤスヒコ君って冗談を言うんだね! しかも真顔で!」


「ヤスヒコ! あんた不意打ちで笑わすのやめてよ!」


「真に受けるところだったではないかヤスヒコ」


 三人は冗談だと思い込んで吹き出した。


「冗談ではないんだが……」


 実際、ヤスヒコは同学年の連中に溶け込めていた。

 フミオのように彼に敵対心を抱く者もいるが、それは少数派だ。

 大多数の生徒が「すげー奴が来た!」と興奮していた。


 だが、その場にいない三人には知る由もなかった。


 ◇


 日が変わって火曜日。

 欠席してもペナルティはつかないが、それでもヤスヒコは登校した。


「あれ? 昨日と違って全然いないな」


 講堂は閑散としていた。

 昨日はほぼ全員が出席していたのに、今日は半分すらいない。

 もっと言えば20人程度だった。

 昨日の約6分の1である。


「あ、ヤスヒコ君」


「おはよう、イオリ」


 ヤスヒコは昨日と同じ席でイオリと話す。


「今日は生徒の数が少ないようだけど何かあったのか?」


「別に何もないよ。曜日によって変わるの」


「曜日によって? どうしてだ?」


「皆の目的が午後の訓練だから。月曜日の対人訓練と水曜日の実戦訓練は人気だから、それを受けるのにやってくるの。逆に火曜日と木曜日は色々な装備を練習するだけだから、大体の人がレベル上げを優先してギルドに行くね」


「なるほど。話を聞く限り、たしかに火曜日と木曜日は休んで当然に思える」


「ペナルティもないからね」


「ならどうしてイオリは出席しているんだ?」


「私は……ちょっとスランプ中だから」


「スランプ?」


「私ね、他の人と連携をとるのが下手でね、一年の頃からPTでの狩りが上手くいっていないの。それで迷惑ばかりかけちゃったから、誰にもPTを組んでもらえないし、レベルもずっと上がっていないんだよね」


「たしかに避けられている感じだったな」


 イオリは決して嫌われているわけではない。

 昨日も複数の生徒と話していたし、気の合う生徒もいる。

 だが、それとPTを組むかどうかは別の話だ。


 ダンジョンでの活動は命懸け。

 なので人間としての好き嫌いだけでは判断できない。

 彼女の場合、PT適性の致命的な低さがネックになっていた。


 他の生徒からすると、組みたくない相手とは仲良くしづらい。

 友情が芽生えたら断るのが難しくなってしまうからだ。


「だから今は開き直ってソロでレベル30まで上げることにしたの」


「ふむ」


 ヤスヒコはそれ以上のことは何も言わなかった。


 ◇


 火曜日の午後に行われる授業は『防具訓練』だ。

 専用の仮想空間を使って様々な防具を試す時間である。

 この時、ヤスヒコは人生で初めて防具を装備した。


「すげー! なんだこのスピード!」


 まずはCランクの脚力強化50に大興奮。

 チーターにでもなったかのような走力が実現した。


 脚力全般が強化されるため跳躍力も向上している。

 本気で垂直跳びをすると5メートルを超えそうなくらいだ。

 ただその場合は着地の衝撃で足を骨折しかねない。


「――だからね、高く飛びたい時は脚力強化の防具とダメージ軽減の防具を併用するの。例えばレガースで軽減してスニーカーで脚力を強化するとか」


「なるほどなぁ」


 イオリの説明を受けながら、ヤスヒコは色々な防具を試した。

 その結果、彼が出した答えは――。


「強化系がダントツでいいな。軽減や他の【属性】は微妙だ」


「それが皆の総意だね。だからほぼ全ての人が強化タイプの防具を装備しているよ。軽減を装備するのはタンクの人くらいかな」


「タンクって?」


「前に出て敵を引き付ける人のこと。仲間が安全に攻撃するための囮だね」


「なるほど。PTならではの役割だな」


 ヤスヒコにとって目から鱗の話だった。

 メグたちとのPTに、タンクなどというものは存在しないのだ。

 あるのは単体攻撃アタツカー範囲攻撃アタツカー、そして魔石回収メグだけである。

 妨害役デバツファー回復役ヒーラーなどというものは実装していなかった。


「防具の効果ってすごいでしょ? Cランクだと魔力10でも明確に違いが分かるもの」


 ヤスヒコは「だなぁ」と同意するも、「ただ……」と続けた。


「魔力10と20の違いはそこまで分からないな。10と30になるとはっきりするんだが」


「その辺の感じ方は人それぞれだね。防具に魔力を割くと武器の性能が落ちるから、ヤスヒコ君だったら武器70、防具30くらいの魔力配分がいいんじゃない?」


「たしかに。腕力10、脚力10、総合力10って感じにすると、運動能力が飛躍的に向上して快適そうだ」


 この授業によって、ヤスヒコは防具を装備することを決定。

 とにかく強い男の強さに拍車がかかるのだった。

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