030 レイナ

 日本を代表するトップアイドル・レイナ。

 その日、彼女は冒険者学校の大阪校へ来ていた。

 ある目的のために。


「すみません、急な訪問にご対応していただきまして」


「いえいえぇ、レイナさんであれば、生徒たちもきっと喜ぶと思いますぅ」


 校門の前で、レイナはセイラと言葉を交わした。

 彼女の後ろには数人のボディーガードとマネージャーが立っている。

 まるで総理大臣を警護しているかのような厳重さだ。


「それで、例の彼はどこに……?」


「この時間だとぉ、仮想空間だと思いますぅ」


 セイラは営業スマイルを浮かべて答える。

 初めて生で見たレイナの顔は、想像していたよりも可愛かった。

 容姿に自信のある彼女だが、それでもレイナには及ばないと悟る。


(なんだろう、漂うオーラが違うわぁ)


 並んでいると比べられる。

 そう判断したセイラは、「あとはご自由にぃ」と逃げていった。


「ちょっと」


 と、レイナが止めるもセイラは無視した。


「まぁいいわ。例のファイルをちょうだい」


 マネージャーが「どうぞ」と薄いファイルを渡す。

 その中には一枚の経歴書が入っていた。

 出身地や家族構成、両親の職業や出身校など。

 あと、最も大事な情報――顔写真も。


「ありがとう、覚えたわ」


 レイナはファイルをマネージャーに返し、校門を潜った。


 ◇


 以前、他の冒険者学校に行ったことがあるレイナ。

 そのため、彼女は仮想空間を含む大まかな施設について知っていた。

 しかし――。


「あのー、誰かいませんかー?」


 最初の仮想空間は無人だった。


「もう終わったのかしら?」


 マネージャーやボディーガードは何も答えない。


「すみませーん、二年生の方はいませんかー?」


 次の仮想空間に足を運ぶレイナだが、やはりここも無人だ。

 そうして手前の仮想空間から潰していくと。


「うおおおおおおおお!」


「すっげえええええええええええええ!」


「マジかよ!」


 一つの仮想空間から生徒たちの声が聞こえてきた。

 本来であれば完全防音のため、中の声が漏れることはない。

 ただ、扉が開けっぱなしになっていたためダダ漏れだった。


「すごい人の数! あそこに集まっているのだわ!」


 レイナは駆け足で近づいた。

 普段なら誰かが気づいて「レイナだ!」と声を荒らげるだろう。

 しかしこの時、全ての生徒が他に夢中だったので気づかなかった。

 そのおかげで、レイナはあっさり輪に入れた。


(きっとあの人に違いないわ!)


 レイナは「すみません、通してください」と生徒たちを掻き分ける。

 ボディーガードたちは強引に割り込んでいく。


「なんだこいつら……って、レイナじゃん!」


 ここでようやく一人の男子が気づいた。

 その瞬間、男女関係なく全員がレイナを見て驚く。

 よくあることなので、レイナは全く気にせずに進んだ。

 そして、目的の人物――ではなく、別の人間を発見した。


「やりなおせぇえええ! こんなの認められるかぁ! この俺が! このフミオ様が負けるなんざありえねぇんだよぉおおおおお!!!!!!」


 高級なAランク装備に身を包む男・フミオが吠える。

 だが、レイナが見たのは彼ではない。

 その向かいに立っていた男だ。


「君は……!」


 思い出すのに一瞬の間を要するレイナ。

 その間に、相手の男子は彼女を見て言った。


「レイナじゃないか」


「思い出した、生放送の時の……」


「久しぶりだな」


「ど、どうして君がここに?」


 驚くレイナ。

 彼女にとって、ヤスヒコはレベル1のザコという認識。

 それが冒険者学校のエリート校にいるのだから当然の反応だった。


「そりゃスカウトに――」


「ヤスヒコォオオオオオオオオオオ!」


 フミオが不意打ちを繰り出した。

 Aランク防具によって実現された驚異の速度で距離を詰める。

 さらに間髪を容れずに大剣で斬りかかった。


「危ない!」


 思わず叫ぶレイナ。

 しかし、彼女が叫ぶと同時に勝負は終わっていた。


「これで七度目だ。いい加減に懲りろよ。お前では俺に勝てない」


 ヤスヒコはフミオの背後に回っていたのだ。

 さらに今までとは違い、フミオの頸椎に手刀をお見舞いする。


「あがっ……ごぉ……」


 フミオはその場に気絶した。


「すご……! なに今の動き……!」


 レイナは目を疑った。

 手品でも見ているような気分だ。


 一方、周りの生徒は何も驚いていない。

 彼らはヤスヒコの強さを十分に理解していたのだ。


「さて話の続きだけど、俺はスカウトされてここに転校してきたんだ」


「今の強さを見れば納得ね……」


「ところでレイナはどうしてここに? まさか気が変わって俺と付き合う気になったのか?」


「そんなわけないじゃない、君がここにいたことも知らなかったのに」


 レイナは鼻で笑った。


「それもそうか」と納得するヤスヒコ。


 さらに彼は「ならどうしてだ?」と質問する。


「私はある人に会いたくてきたの」


「ある人?」


「二年で一番……いえ、日本で一番強い冒険者よ」


「その『一番強い』とはレベルが高いという意味か?」


「もちろん」


「同い年にいたのか、国内最強の男が」


 ヤスヒコは詳細を訊こうとイオリを捜す。

 しかし、小さな彼女は人混みに紛れて見えなかった。


「ヤスヒコは今日が初日だから知らなかったんだな」


 代わりに他の生徒が言った。

 さらに別の生徒がレイナの疑問を解消する。


「その生徒なら今日はいないぜ」


「どうして? お休み?」


「今はレベルを上げるため海外に行っているよ」


「「海外でレベル上げ?」」


 レイナだけでなくヤスヒコも言う。


「そりゃアイツとPTを組んでレベル上げに行ける奴が日本にはいないからな。だからレベル制限のない国で世界の強豪と組むんだ。アメリカや中国なんかはレベル200クラスがごろごろといるからな」


「安全重視で1レベルずつしか上げられないのは日本独自の決まりだったのか」


「そうだよ。だから奴はいきなり10レベルとか上がるぜ」


「それはインチキだろ」とヤスヒコ。


「禁止されているわけじゃないし、ヤスヒコもレベル上げを急ぎたいなら海外に行くといいじゃん。アジアだと中国が頭一つ抜けて強いけど、ヤスヒコなら普通に通用すると思うぜ。中国語が話せたらだけど」


「AIにリアルタイム通訳をさせるんじゃダメか?」


「たぶん厳しいんじゃね? 知らんけど」


「そうか」


 ヤスヒコの話が終わるのを見計らってレイナが言う。


「じゃ、目的の人がいないし私は帰るわね」


「待った」


 止めるヤスヒコ。


「ん?」


「レイナがそいつに会いたいのって、将来の恋人候補だからなのか?」


「もちろん。2位以下と10レベル以上も離れているし、殆ど決まりのようなものだからね。挨拶をしておこうと思ったの」


 それを聞いたヤスヒコは「ふっ」と笑った。


「何がおかしいの?」


 むっとするレイナ。


「いや別に。そういう理由なら安心してくれと言いたいだけさ」


「安心?」


「再来年の3月、君が告白する相手はそいつではなく俺になる」


 ヤスヒコは皆の前で断言した。

 男子は「言うねぇ!」と囃し立て、女子は「キュンと来た」と大興奮。


「思ったより腕は立つようだけど、レベルは?」


「今はまだ34だ」


「それであの人を抜くっていうの?」


「時間はたっぷりある。その気になれば海外で上げればいいしな。余裕さ」


 ここでモブの男子が「おい、ヤスヒコ」と割り込んだ。


「アイツの強さは別格だぞ。フミオも滅茶苦茶強いほうだが、アイツはその数十倍の強さだ。さすがのお前でも厳しいものがあると思うぜ」


「純粋な実力は分からないが、勝敗の条件はレベルの高さだからな。その気になれば何とかなるだろう」


「強気だなぁ。レベルが上がると敵だって強くなるのによ。ま、他人事だから何だっていいけど」


 そう言うと、モブの男子はスッと後ろに下がっていった。


「そんなわけだからレイナ、俺に告白する準備をしておいてくれ」


「前に君が私にした告白が真剣だったことを証明してくれるわけね? 冗談ではなく本気で」


「ああ、そうだ」


「なら改めて名前を教えてもらえる?」


「名前なら知っているだろ?」


「君の口から直接聞きたいの」


 ヤスヒコは「そうか」と言い、レイナの目を見て名乗った。


「俺の名は――ヤスヒコだ」


「とにかく強いヤスヒコ君ね、その名前、今度はちゃんと覚えておくわ」


 レイナは「頑張ってね」とウインクし、その場をあとにした。


「……やっぱり可愛いな、レイナ」


 実は最近、ヤスヒコはモチベーションが下がっていた。

 レベルを上げなくてもメグ、サナ、アキの三人がいればいい。

 そう思い始めていたのだ。


 だが、レイナと再会によって認識を改めた。

 やはりあの女と付き合いたい。

 初めて見たときに抱いた気持ちが復活したのだ。


「ぜってぇ俺がトップになってやる」


 ヤスヒコは自分の心に誓った。

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