029 対人訓練

 ヤスヒコのレベルは34。

 対するイオリのレベルは22。

 だからといって勝負がどう転ぶかは分からない。


 レベルはダンジョンへの入場券のようなものだ。

 人間同士の戦いには何ら関係ない。

 レベル1がレベル100に勝つこともあり得る。


「せーのっ!」


 大きく息を吐くと、イオリは走り出した。

 小さな背丈に反する巨大なハンマーを引きずるように持っている。


「正面から突っ込んでくるのか」


 イノシシのような動きに驚くヤスヒコ。

 てっきり周囲の密林を巧みに使うのかと思った。


「やっぱりイオリはダメだなー」


「木を使えよ木を」


「あんな真っ直ぐに突っ込んでどうするんだ」


 野次馬がヤスヒコと感想を言っている。

 それでもイオリは気にしなかった。

 真っ向勝負で倒すのが信条なのだ。


(別に負けてもいいし戦い方を拝見させてもらうか)


 迎え撃つヤスヒコ。

 その気になればイオリの足に鞭を絡めてこかすことも可能だ。

 だが、何もしないで突っ立っていた。


「何してんだ新入り」


「ウォーハンマーを正面から受ける気か?」


「でもアイツ、何の防具も着けてなくないか?」


「脚力強化50の靴でも履いているんじゃない? 意表を突いて直前で動くつもりとか」


「そうかも……って、違うぞ! よく見ろ! アイツの靴、アシックスのロゴが入っているぞ!」


「なんだと!? アシックスは普通のシューズメーカーだぞ! 冒険者用の靴っていや四菱だろうがよぉおおおおお!!!!!」


 野次馬が驚く中――。


「うりゃー!」


 イオリが距離を詰めて攻撃。

 コマのように回転してヤスヒコに迫る。


 ドカァン!


 ハンマーはヤスヒコではなく手前の樹木に命中。

 幹を木っ端微塵に爆発させ、勢いをそのままにヤスヒコへ。


「凄まじいな」


 攻撃が命中する直前になって動くヤスヒコ。

 次の瞬間――。


「「「「えっ」」」」


 誰もが驚いた。

 イオリのハンマーが回転を止めたのだ。

 ヤスヒコが左手で掴んでいた。


「私のハンマーを片手で!?」


「どうなってんだ!?」


「あの体のどこにそんな筋肉があるんだよ!」


 誰もが驚く。

 この場に理解できている者はいなかった。


「衝撃を殺したら銃弾だって止められるさ」


 ヤスヒコの行動は単純だ。

 腕を伸ばして迫るハンマーの柄を掴むと、回転に合わせて手を引いた。

 卵でキャッチボールする時と同じ要領だ。


「銃弾って……何言ってんだアイツ!?」


 野次馬がざわつく中――。


「今度は俺の番だな」


 ヤスヒコが反撃。

 鞭でイオリを叩く――のではなく、締め上げた。


「続けるかい?」


 ニッと笑うヤスヒコ。


「ううん。私の負けだよ」


 イオリはウォーハンマーを地面に落として敗北を認めた。

 数十秒での決着だ。


「すげえなあの新入り!」


「イオリのハンマーを正面から素手で止めやがった!」


「そのあとの反撃も鮮やかだったな」


「スカウトされるだけのことはあるぜ」


「とんでもない大物が入ってきたわね」


 野次馬が熱狂する。

 もちろんヤスヒコは気にしていなかった。

 鞭を解き、地面に転がるハンマーを拾ってイオリに渡す。


「このハンマー、思ったより重いな……。よく振り回せたもんだ」


「それはマントのおかげだよ」


 イオリは武器を消した。

 これも〈具現化の指輪〉の力だ。

 念じることで装備の出し入れができる。


「防具なのか、そのマント」


「そうだよー。さっきまで着けていなかったでしょ?」


「そうだっけ? メシを食っている時にマントで口を拭いていなかった?」


「してないよ! そんなこと!」


 恥ずかしそうにツッコミを入れるイオリ。


「とにかくこれで俺の勝ちだ。友達として色々と教えてもらうぜ」


「うん、いいよ」


「さっそく質問だけど、防具について教えてくれるか? どういう効果があるとか。実は防具を装備したことがないんだ」


「え、ほんとに? それでよくレベル33まで上げられたね。私なんかCランクの武器を使っても苦戦しているのに……」


「たいていは一撃で死ぬのに苦戦する意味が分からないが……それはさておき、とりあえず防具の効果を教えてよ。例えばそのマントとかさ」


「えっとね、このマントは総合力を強化するもので、総合力っていうのは――」


 イオリが話している時だった。


「ヤスヒコー! 俺ともバトろうぜー」


「その前に俺とやろうぜ! ヤスヒコ!」


 多くの生徒がヤスヒコに近づいてきたのだ。

 我先にと対戦を申し込む。

 ヤスヒコが強いと分かって興味が湧いたのだ。

 冒険者学校に通っているだけあって向上心に満ちている。


「待ってくれ。今、イオリに話を聞いている最中だ」


「そんなの後にしようぜ! 仮想空間は2時間しか使えないんだ!」


「2時間も戦闘に明け暮れる気はないが……まぁいいか」


 ヤスヒコは生徒らの要望を聞くことにした。

 他の生徒がどういう戦い方をするか興味があったからだ。


「初対戦だしとりあえず1on1でいいよな?」


 男子生徒が尋ねる。


「なんでもいいよ。俺は早く終わらせたい」


「まるでハクトみたいな奴だな、ますます楽しくなってきた」


「ハクトって何だ……?」


「よーし、やるぞヤスヒコ! 準備しろー!」


 男子生徒はヤスヒコから20メートル近く距離を取った。

 武器のスリングショットを召喚する。


「やれやれ」


 ヤスヒコはため息をつきつつ相手を見る。

 他の生徒が離れると戦闘が始まった。


 ――――……。


「積極的に挑んでくるだけあってイオリより曲者だったな」


「いや、瞬殺だったんだけど俺!?」


 結果はヤスヒコの圧勝だ。

 開始30秒で決着した。


「次は俺だヤスヒコー!」


「私とも戦おうよー!」


「拙者とも勝負でござるよー!」


 先ほどよりも野次馬が増えている。

 他の仮想空間からも徐々に人が集まっていた。


「めんどくせぇ!」


 と言いつつ、ヤスヒコは皆に付き合った。

 友達の数は少なくとも最低限の社交性を持ち合わせている。


 ――そして、他を圧倒するだけの力も備えていた。


「まいった! 俺の負けだ!」


「降参よ、ヤスヒコ」


「ギブアーップ!」


 ヤスヒコは片っ端から倒していった。

 挑戦者たちはあの手この手で対策を練るが関係ない。

 ヤスヒコの反射神経と動体視力が全てを上回った。


 また、フィールドの影響も大きかった。

 この場所――熱帯雨林は、他の生徒にとって難しい場所だ。

 一方、ヤスヒコにとっては快適な空間である。

 慣れ親しんだ道東の森林を思い出すからだ。


 ヤスヒコが住んでいた北海道の東部はいわゆる田舎だ。

 場所によっては人間よりもヒグマを見かけることが多いこともある。

 奈良県でもないのに道路をシカが歩いていることも日常茶飯事だ。


 そんな場所で、ヤスヒコはよく森にこもっていた。

 エゾシカを狩り、ヒグマとは遊んだり殺し合ったりしたものだ。

 他の生徒とは森林の経験値が違い過ぎた。


「すげぇなアイツ!」


「連戦連勝かよ!」


「俺たちCクラスじゃ歯が立たないな……」


「つーかサシならBどころかAのアタッカーとも互角じゃね?」


「それはどうだろ? 防具を装備していないからな」


「あー、そっか、ヤスヒコって防具ないんだったな」


「それであの動きはやーばいでしょ!」


 野次馬の興奮が最高潮に達する。


「もうそろそろ時間だろ? 疲れたし俺はこれで……」


 汗だくのヤスヒコが帰ろうとしたその時だった。


「最後にもう一戦しよう。相手は俺だ」


 全長2メートルの大男が近づいてきた。

 筋骨隆々のキノコヘアーで目つき悪いたらこ唇の生徒だ。


「フミオだ……!」


「最後の相手がフミオはきついだろ」


「さすがに相手が悪すぎるぜ」


 野次馬がドン引きしている。


 それもそのはずだ。

 フミオはAクラスのアタッカーを努めている。


 レベルは95。

 これは同学年ではTOP3に入る高さだ。

 全学年で見てもTOP10に入る。


 だが、何よりも凄まじいのは装備だ。

 親が大富豪の彼は、全ての装備がAランクである。


 しかも防具を5つも身に着けていた。

 アームガード、ガントレット、マント、レガース、スニーカーだ。

 アキと同じでその全てが身体能力を強化するものである。


 これまでヤスヒコがねじ伏せてきた相手とは格が違っていた。

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