012 サナ

 ヤスヒコとサナは、どちらも同じ時間に放課後を迎える。

 しかし、距離の問題でギルドに着くのはサナのほうが数十分早い。

 そのため、次の日もヤスヒコはサナを待たせることになった。


(喜んでもらえるといいが……どうなるやら)


 ヤスヒコは右手に持っている紙袋を見た。

 道中の和菓子屋で買ったきんつばが入っている。

 待たせるお詫びとして用意したものだ。


 ギルドに入ったヤスヒコは、真っ直ぐロビーを目指す。

 そこが待ち合わせ場所だ。


「む?」


 ロビーに着いてすぐにサナを発見した。

 ――が、彼女は別の男と一緒にいた。


 まだ春なのにタンクトップを着た金髪の男だ。

 背が180センチほどと高めで威圧感がある。


(彼氏か?)


 とりあえず近づくヤスヒコ。

 距離が詰まるにつれて、二人の関係性が見えてきた。


「すみません、私、友達を待っているんです」


「だからさ、今日はLINEの交換だけしよーよ! で、別の日に俺ともPTを組もうって話じゃん?」


「でも、あの、すみません、そういうのは……」


「えええええ! なんで? 待っているのって男なんでしょ? しかも彼氏とかじゃなくて! なら俺もいいじゃん! 何がダメなの?」


 サナはナンパ野郎に絡まれていたのだ。


「おい、やめろよ。嫌がっているじゃないか」


 ヤスヒコは迷わず介入した。

 そこらの男子と違い、ナンパ野郎に怖じ気づくことはない。

 彼からすれば腹を空かせたヒグマのほうがよほど危険だ。


「なんだお前は?」


 男がヤスヒコを睨む。


「ヤスヒコ君!」


 サナはヤスヒコの背後に逃げ込んだ。


「見ての通り彼女の友達だ。嫌がっているのが見て分からなかったのか?」


「なんだと!?」


 声を荒らげるナンパ野郎。

 ヤスヒコは「やるのか?」と拳を構える。

 しかし――。


「チッ、うぜーな」


 男は床に唾を吐いて離れた。

 空いている席に座り、怠そうにスマホを触っている。


「ヤスヒコ君、ありがとう、助けてくれて……」


「いいよ。怪我とかしていない?」


「はい、大丈夫です!」


 サナがペコリと頭を下げる。


「ならよかった。あ、そうそう、これ」


 ヤスヒコは紙袋を渡した。


「待たせたお詫びに買ってきたきんつばなんだけど……」


「そんな、お気遣いは不要ですのに」


「俺も食べたかったからさ。よかったら一緒に食べようよ」


 なかなか気の利いたセリフだ。

 もちろんヤスヒコはそんなこと分かっていない。

 彼は本当に自分も食べたかったのだ。


「はい! そういうことなら喜んで! ありがとうございます!」


 二人はカウンター席に座り、仲良くきんつばを食べた。

 サナは一口食べるたびに「美味しい!」と満面の笑みを浮かべる。

 ヤスヒコも「悪くない」と満足気に頷いた。


「こういう和菓子を食べているとお茶が欲しくなりますよね!」


「もちろんあるよ」


 学生鞄からペットボトルを取り出すヤスヒコ。

 片方は玉露茶で、もう片方は煎茶だ。

 どちらもホットで買ったが、既にぬるくなっていた。


「すごい! ありがとうございます! ヤスヒコ君ってスマートなんですね!」


「たまたまだよ」


 サナに褒められて、ヤスヒコは「フッ」とニヤけた。

 悪い気はしない。


「あの、ヤスヒコ君、今日なんですが、レベル5のダンジョンでもよろしいでしょうか?」


 落ち着いたところでサナが言った。


「レベル5? 別にいいけどどうしたの?」


 ヤスヒコからすると、レベル5と10に大差はない。

 ただ魔石の換金効率が下がるだけだ。

 たくさん稼ぎたいならレベル10か13が適していた。


「昨日のお金で、新しい武器を買ってみたんです」


 サナが左の腰に差している短剣を抜いた。

 雷属性のFランク武器〈ビギナーズダガー〉だ。


「ダガーか」


「はい。私もヤスヒコ君みたいにガシガシと戦えたらと思いまして。今日はダガーとファイヤーワンドの組み合わせで挑みたいんです」


「それで肩慣らしにレベル5がいい、と」


「ヤスヒコ君さえよろしければですが……」


「いいよ」


「ありがとうございます! 私、運動音痴だし近接戦闘の経験がないので、全然まともに戦えないと思うのですが、どうか大目に見てやってください」


 ぎこちないウインクをするサナ。

 可愛いなぁと思いつつ、ヤスヒコは「ほい」と答えた。


「さて、行くか」


 きんつばを食べ終えると、二人はダンジョンに向かった。


 ◇


 自己申告通り、サナの戦闘能力は低かった。


「うー、また空振り!」


 ザコモンスターのコボルトすらろくに仕留められない。

 敵の攻撃が怖くて腰が引けているからだ。

 ダガーの刃は全く届いていなかった。


「キェエエエエエエエック!」


「ひぃぃぃぃぃぃ! ヤスヒコ君、助けて!」


 ザシュッ。


「ふぅ……。ありがとうございます」


「どうも短剣は相性が悪そうだね」


「ですね……」


「ワンドの二刀流はダメなの? 両手で火球を連射するとか」


「ダメではないのですが、それなら魔力100の杖を使うほうが強いと思います。ダガーとワンドのように近距離と遠距離の両方に対応したいとかであれば話は変わってくるのですが……」


「なるほど。なら魔力100の杖を買うか」


「または魔力50の妨害や回復武器と組み合わせるか……って、それは普段のスタイルですね」


 あはは、と自虐的な笑みを浮かべるサナ。


「ダンジョンでの戦闘に詳しいわけじゃないので断言はできないが、近接戦がしたいなら長めの武器したほうがいいだろうなぁ。ユウイチが持っていた槍とかさ」


「ですね! とりあえずダガーは売ります!」


「そうしたほうがいい。ところで、どうやって売るの? 武器って」


「ギルド内に買取専門店がありますよ」


「そうだったんだ」


「でも、お店で売ると買い叩かれるので注意が必要です」


「店に売る以外の方法もあるの?」


「ハンターズってアプリで個人売買ができます! お店で売買するより面倒ですが、その分、安い価格で取引できるので私は気に入っています!」


「なるほど、参考になる」


 その後も二人は狩りを続けた。

 サナはワンドでの攻撃に終始し、ダガーは諦める。

 あくまでヤスヒコのサポートに徹した。


「本当に強いですね、ヤスヒコ君」


「ありがとう。今日はこのくらいで終わるか」


 昨日・一昨日に比べると控え目の数で終了する。

 低レベルのダンジョンなので効率良く稼げないからだ。

 サナも「分かりました!」と了承した。


「ヤスヒコ君って、貯めたお金は何に使っているのですか?」


「学費と生活費が大半だなー。奨学金の繰り上げ返済に回しているから貯金という貯金は全然なくて……って、なんだ?」


 話しながら来た道を辿っている時だった。

 ポータルの前に、数十人の男が立っていたのだ。


「さっきは調子いいこと言ってくれたなぁ、ええ? おい!」


 集団を率いる男が言った。

 ロビーでサナをナンパしていたチンピラだ。

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