035 第一章エピローグ
「俺が言いたいのは、前に集中し続けていろってことだ」
「ど、どういうこと!?」
困惑するイオリ。
ヤスヒコは「簡単な話さ」と説明し始めた。
「さっきまでの戦いでさ、最後のほうは俺がサポートするのを織り込んでいただろ? だから気にせずガンガン突っ込んでいた」
「うん」
「普段からその調子で戦えば、PTでも上手くやっていけると思う。要するに『私は好き放題に暴れるから、お前らはそれをサポートしろ』ってスタイルにすることだ」
「そんな自己中なことできないよ。今回は相手がヤスヒコ君だから甘えていただけで」
「まさに今の発言がそうなんだが、イオリは性格と戦闘スタイルの差が問題になっている」
「えっ」
「イオリの戦闘スタイルは完全な自己中だ。目の前の敵だけを見て、身の丈ほどある巨大なハンマーをがむしゃらに振り回して突き進む。仲間と歩調を合わせることができない」
「そ、そうだよ……」
わりと心にグサッとくるイオリ。
もちろんヤスヒコは気にしない。
「それに対して性格は控え目で、気配りも上手だし、自分が主体になってガツガツするタイプではない。俺と仲良くなったのだって俺が話しかけたからだ」
「たしかに」
「この性格と戦闘スタイルの乖離を正すには、どちらか一方をもう一方に近づける必要がある」
「……どういうこと?」
イオリには、ヤスヒコの言い回しがしばしば難しく感じた。
「今まで他の生徒やセイラ先生がイオリにさせようとしていたのは、戦闘スタイルを性格に近づけようとする行為だ。『ハンマーをやめて杖を使え』とかさ」
「あー」
「だが、イオリには強い信念があって、戦闘スタイルを変えることは強いストレスに繋がる。杖を使ったところで上手くいかないのは目に見えている」
「私もそう思う」
「さらに加えるなら、イオリの戦闘能力は非常に高い。それを活かさないで殺すのはもったいない。であれば、できることは一つ。戦闘スタイルを変更するのではなく、自分のスタイルを貫くこと。そしてそれを仲間に伝え、自分主体の戦いをしてもらうことが大事だ」
「すごい……!」
イオリはハンマーを落とした。
両手で口を押さえて感動の涙を目に浮かべる。
「皆はイオリが大人しい女子だと思っているから大変だと思う。でも、結果を出せば認めてくれる。だから次の実戦訓練では、勇気を出して皆に言ってやれ。『私は好きに戦うから皆でサポートして。そうすれば絶対に上手くいくから』ってな」
「分かった! 絶対にそうする! でも、それで改善できなかったら……」
「できるさ」
ヤスヒコは断言する。
「何度も言うが、イオリは決して弱くない。ただ集団戦が苦手なだけだ。だから常に個人戦だと思え。そして仲間を信じて背中を預けろ。そうすれば結果はついてくる。絶対に」
「ヤスヒコ君……ありがとう……」
イオリはヤスヒコに抱きついた。
首に腕を回し、ぎゅーっと抱きしめる。
「私、ずっとスランプだったの。もう半年以上も。どうすればいいか分からなくて、いっぱい相談して、いっぱい勉強して、いっぱい頑張ったんだけど、全部ダメで、皆からも『お前はダメだ』『早熟なだけだったんだ』って言われて……。でも、ヤスヒコ君のおかげで変われそうな気がしてきた!」
「変われるさ。お前はレベル20そこらで止まる女じゃない。俺が保証しよう」
この日以降、イオリは覚醒した。
ヤスヒコの助言に従った結果、無双することになったのだ。
時間が経つにつれて皆の再評価が進み、最終的には皆からPTに求められるようになる。
――が、それはまた別の話である。
◇
水曜日が終わり、木曜日。
木曜日の午後は【武器訓練】で、仮想空間で様々な武器を使うもの。
楽しんでいるのはヤスヒコくらいなもので、あとの生徒はやる気がなかった。
そんな木曜日も終わって、金曜日。
月曜と木曜の次に人気がある【基礎訓練】の日だ。
内容は基礎的な能力を底上げするもの。
つまりランニングしたり筋トレしたりするということ。
スポーツジムにも負けないマシンの数々を使ってたっぷりと。
「やっぱ筋トレは最高だなぁ!」
「強くなったって感じがするよなぁ!」
「マッスル! パワー! 筋肉!」
「プロテインもキメちゃいますかぁ!」
「「「「がははは!」」」」
多くの生徒が上機嫌でトレーニングに耽っている。
大阪校の生徒は意欲的なので、自分を鍛えることが大好きだ。
ただ一人を除いて。
「何がおもしれぇんだ……。今度から金曜は休みでいいな……」
ヤスヒコは残念な顔でランニングマシンを使っていた。
一定のペースで走りながら汗を流す。
「えー、強くなって楽しいじゃん。なんで嫌なの?」
隣ではイオリも同じマシンを使っていた。
それなりに大きな胸を上下に揺らして楽しそうだ。
「体を鍛えて何になるっていうんだ。筋肉がなくたって魔物は倒せる」
「えー、そんなことないよー。例えば腕の筋力量が上がったら、腕力強化の防具を節約できるじゃん」
「そもそも腕力強化なんか装備しないからなぁ」
「今のは例え話だよ。他もそんな感じってこと!」
「俺には理解できないなぁ。そこまでして強くなる意味あるか?」
「そんな考え方であそこまで強いほうが理解できないよ」
イオリは首に掛けているタオルで顔を拭いた。
「道東の大自然で過ごしていたら誰でもこんな感じになるよ。たぶん道東の猟師が本気になったらレベル100くらい楽勝だぜ」
「そんなまさかぁ」
と笑って流したあと、イオリは尋ねた。
「ヤスヒコ君って、レイナと付き合いたいからレベル上げを頑張っているんだよね?」
「そうだよ」
「じゃあさ、大嫌いな筋トレやランニングをして鍛えないと国内トップレベルにはなれないってなったらどうするの? それでも鍛えない?」
ヤスヒコは少し考えてから答えた。
「場合によるかな」
「例えば?」
「もう少しで届きそうな位置に自分がいたら頑張るけど、どう考えても無理だなって思ったら諦めるよ。今の国内最高レベルって200あるかどうかだけど、レベル140とかで躓くようじゃ多少の筋トレでどうこうなるとは思えない」
「本当に向上心がないなぁ、ヤスヒコ君。より高みを目指して鍛えるとかしないの?」
「あいにく転校生なもんで、生粋のエリート思考ではないのさ」
などと言っているが、実際にはヤスヒコが誰よりも鍛えている。
なぜなら彼は寝ている時ですらも神経系トレーニングをしているからだ。
だから他の生徒よりも成長速度が速かった。
「じゃあ私がヤスヒコ君を上に引っ張ってあげる!」
「この数日でずいぶんと明るくなったものだ」
「おかげさまでね!」
水曜日の【実戦訓練】以降、イオリの姿勢が変わっていた。
背筋を伸ばし、前を向いて、以前よりも大きな声で話している。
受け答えもハキハキしており、全身から自信が漂っていた。
◇
放課後、ヤスヒコとイオリは泉州第一ギルドにやってきた。
イオリをメグたち三人と引き合わせるためだ。
これはイオリとメグたちの双方が希望したことである。
「緊張してきたぁ!」
ロビーのテーブル席で、イオリは声を震わせた。
ヤスヒコと並んで座り、メグたちがやってくるのを待つ。
「安心しろ、メグたちはいい奴等だ」
「念のために確認させて。メグさんは話し出すと止まらなくて、抜け駆けする悪い女なんだよね?」
「そうだ。特技は魔石の回収とメシを奢ることだ」
「サナさんはとにかく胸が大きくて、料理が上手で、ヤスヒコ君とベタベタするのが大好きなんだっけ?」
「付け加えるならアタッカーに転向してからメチャクチャ強くなった。ザコの殲滅効率だと俺よりも上だ」
「最後はアキさんだよね。アキさんはボランティア活動が大好きで、SかMで言うとドMで合ってる?」
「大正解だ。この前の夜なんか鞭で――お? 来たぞ」
話しているとメグたちがやってきた。
向こうもヤスヒコに気づいて「お!」と声を出す。
「あの女……!」
「ヤスヒコを狙っておるな」
サナとアキは瞬時に悟った。
イオリが新たなライバルであることを。
ヤスヒコから話を聞いてそんな気はしていた。
実際に顔や座り位置を見て確信する。
「お待たー! ヤスヒコ、今日もお疲れさん!」
メグは「ドーン!」と言いながらヤスヒコの正面に座る。
その隣に鬼の形相のサナが座り、静かな闘志を燃やすアキも続いた。
「そっちもお疲れ様。で、彼女が同じ学校に通っている……」
「はじめまして、イオリです」
座ったままペコリと頭を下げるイオリ。
「よろしくー! 私はメグ! で、隣がサナで、その隣がアキね! 同い年だし、私らのことは呼び捨てで呼んでよ! 話し方もタメでいいからさ! ヤスヒコにはそうなんでしょ?」
「うん、そうだよ。じゃあお言葉に甘えて……よろしくね、メグ」
「ほいさ! ところでさっそくだけど、イオリってヤスヒコのこと、好きなん?」
「え!?」
まさかの直球に固まるイオリ。
「そ、それは……」
「好きに決まっているだろ」
断言したのはヤスヒコだ。
今度はイオリだけでなくメグたち三人も「えっ」と驚く。
「だってイオリは友達だからな。友達のことは好きだろ?」
「そーいう意味じゃなかったんだけど、まぁいいや、それで! でさ、今日はダンジョンに行くんだっけ? それとも今から親睦を深めるために焼肉?」
「ダンジョンでいいんじゃない? イオリとの顔見せも終わったし、あとはいつも通りってことで」
何食わぬ顔でイオリを放置してダンジョンに行こうと提案するサナ。
「まぁそうだな。ルーティンは大事だ」
などとサナを援護するアキ。
この二人は新たなライバルを除外しようとしていた。
ところが。
「なら誰が居残りかじゃんけんで決めるかー!」
メグは歩調を合わせなかった。
もちろん彼女はサナやアキの魂胆を把握している。
知っていてなお、面白くなりそうな展開を選んでいるのだ。
「じゃんけんなんかしなくていいよ。女だけで行ってきたらいいんだ。俺はソロでもクリアできるし」
「「「それはだめ!」」」
メグ以外の三人が迷わず却下。
「なら二人と三人で分けたら? 私とヤスヒコがAチームで、サナ、アキ、イオリがBチーム。どっちが先にクリアできるかタイムアタックってことでさ」
「面白そうだな、それ」
乗り気なヤスヒコ。
「なるほど、これがメグの抜け駆け……! 上手い……!」
感心するイオリ。
「それだったらメグだけ待機でいいんじゃない?」とサナ。
「は? なんで私!?」
「だってメグだけ戦わないじゃん? だから待機してもらって、残りの四人で狩りに行くの! 安心していいよ、魔石のお金は分けてあげるから!」
「それは名案だな。寄生虫が減ることで戦力も上がるというわけだ」
アキが同意する。
「待て待て待てーい!」
メグが止めて、話が難航する。
そして――。
「じゃ、俺がソロってことで」
最終的に、ヤスヒコの案が採用された。
彼は一人でダンジョンに行き、女子は四人でPTを組む。
それが最も平等だという結論に至ったのだ。
「ま、誰が誰とPTかなんて関係ないか! どうせダンジョンで合流するんだから!」
「ごめんメグ。それは無理。私、レベル低いから……」
「え、マジで? イオリって私らより低いの?」
「うん。まだ24……」
「まじかー! じゃあウチらは25レベルのダンジョンかー!」
「というわけだから、またあとで合流しよう」
ヤスヒコが「じゃあな」と去っていく。
「私らも行きますか!」
少し遅れて立ち上がろうとするメグ。
「その前に一ついい?」
イオリが三人を止めた。
「どした?」
「サナとアキに言っておくことがあるの」
「私とアキに?」
「なんだ?」
驚く二人。
「雰囲気的に察していそうだけど念のための宣言。私もヤスヒコ君のこと好きだから、これからはライバルとしてよろしくね」
メグが「おほぉ」と笑う。
「正々堂々と宣戦布告をされるとイジワルできないね」
サナの言葉に、アキが「だな」と頷く。
「正直、アキだけじゃ物足りないと思っていたんだよね。どれだけ頑張ってもヤスヒコ君の正妻になるのは私だけど、せいぜい楽しませてよね」
ふふん、と笑うサナ。
イオリは「負けないよ!」と笑顔で返す。
「意気込みはいいが、勝つのは私だ。負け戦と分かっていて挑んできた度胸に敬意を払い、これからよろしくな」
アキなりの挨拶だ。
「じゃあ私からも一ついいかな?」
ここでメグが手を挙げる。
「なんか三人とも勘違いしているようだけど」
メグはイオリたちの顔を見てニヤリと笑った。
「あんたら全員、私に負けているからね?」
「それはないでしょ」と即答のサナ。
アキが頷くが、メグは「マジだって」と笑う。
「だって来週の休みは全部私が押さえているからね。金曜から二泊三日で二人きりのイチャイチャ旅行も予約してあるし」
「「「なんだってええええええええ!?」」」
「五月三週・四週の週末ってさ、旅行客が一気に減るから安くていいところが取れるんだよねー! だからヤスヒコとお泊まり旅行することにしましたー!」
メグはスマホを取り出し、旅行サイトの予約画面を皆に見せる。
それから「というわけで」と立ち上がった。
「フェアな戦いにこだわるのもいいけど、抜け駆け好きの悪い女もライバルに含まれていることを忘れないようにね。ヤスヒコの“初めて”はぜーんぶ私がいただいちゃうんで!」
ヤスヒコを巡る女子の争いはますます激化するのだった。
その頃、ヤスヒコは――。
「上級魔石ゲット。これでレベルアップだ。面倒くさいから俺も海外でサクッとレベルを上げようかなぁ」
――何ら問題なく狩りをしていた。
一目惚れした女・レイナと付き合うため、彼は今日も最高レベルを目指す。
とにかく強いヤスヒコ ~トップアイドルと付き合うため最高レベルを目指す~ 絢乃 @ayanovel
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