第5話 買い出し
熱い視線で俺を見つめていた藤倉は、この世の終わりみたいなハイライト無し目になった。そして、今度はゴミを見るような目で俺を見ている。
きっとドMなら最高の気分だろう。
「せ、せせ、先輩……お、女の子に御主人様って言わせてるんですか? も、もしかして、え、S……M――」
「ち、違うからっ! 断じて違う! 藤倉が思っているような如何わしいことは無いから」
俺が必死に否定すればするほど、藤倉の困惑度が増してゆくようだ。
「わわ、私って、そんなにエッチな子だと思われてたんですかぁあああぁ! そ、そりゃ、エッチかと言われれば……エッチかもしれませんが……。今日も勝負下着を……って、なに言わせてんですかぁああああ! あぁん、先輩のばかぁああああ!」
「お、落ち着け藤倉。とりあえず落ち着こう……」
――――――――
何とか藤倉を落ち着かせ、事の成り行きを説明する。道端に女の子が落ちていたとか信じられない話だが。
「――――という訳なんだ。この子は記憶喪失なのか訳アリなのか知らないけど、あのまま寒空の下に放置するのはダメだと思ったから」
俺の話を聞き終わった藤倉が、額に手を当てて考え込んでいる。
「……ですよね。そうですよね。先輩が女性に酷いコトするはずないですよね。だって、私を助けてくれた人なんですから」
熱い瞳、ハイライト無し目、ゴミを見る目と続いた藤倉の目が、再び熱い瞳になった。
凄い目力で俺を見つめている。
「先輩っ! 先輩が無理やり女性にイヤラシイことするなんて有り得ませんよね! 先輩は良い人ですから」
「お、おう……。あまり持ち上げられても困るのだが……。そこまで良い人でもないし」
「そんなことありません! 犬飼先輩は良い人です!」
(あれっ? 藤倉ってこういう女子だったのか? 会社では大人しくて気が弱そうだと思ってたのに、意外とグイグイ来ると言うか……)
俺が戸惑っていると、藤倉の方はどんどん話を進めている。
「分かりました。私に協力させてください、先輩。そういうことでしたら、先ず服や日用品を買いに行きましょう」
「助かるよ。女性の服や下着とか俺には分からないからな。藤倉がいてくれて良かった。他に相談できる女性がいないし」
「えっ、他に頼れる女性がいないんですか……。せ、先輩っ、いつでも私を頼ってくださいね。そうなんだ……他にいないんだぁ」
そう言った藤倉が胸に手を当てホッとする。
だが、すぐに顔を引き締めてズバッと指を立てた。
「いいですか先輩っ! あくまで一時的にですよ。いつまでもこのままって訳には行きませんから。いくら彼女が警察に行くのを拒んだとしても、家出少女かもしれない人を
藤倉の言う通りだ。例え下心が無かったとしても、世間はそう見ないだろう。もし珠美が未成年だったとしたら、俺は誘拐罪に問われかねない。
藤倉は珠美に目線を合わせて話し始めた。
「ねえ、珠美ちゃん。一時的に私の家に来る?」
「イヤっ! ずっとタケルといっしょ」
ぎゅっ!
珠美は俺の腕に抱きついた。
「ちょ、ちょぉおおおっとぉおお待ったぁああ! やっぱり男女同じ部屋なのは反対です。先輩がエッチなことするかもしれませんし」
「おい藤倉、さっきと言ってることが違うだろ……」
やはり俺がエッチしそうだという結論に達してしまった。良い人という話は何だったのか。
ただ、藤倉も一緒に買い物には行ってくれるようだが。
◆ ◇ ◆
一通り女性用の服や下着や日用品を買い揃えた俺たちは、喫茶店に入り休憩をしていた。
買い物の途中、俺は下着売り場が気まずくて、離れた場所で待っていたりした。何度か珠美が下着を持って俺に見せに来るので困ったのだが。
『タケル、これにする』
『おい、見せなくて良いから。着けてるの想像しちゃうだろ』
『せぇええええぇんぱぁああぁい!』
と、こんな感じに――――
今は買った服に着替えさせていて、珠美が普通の女の子のように見える。
いつまでも俺のシャツやジャージではおかしいだろう。これでやっと一段落だ。
「今日はありがとな。藤倉」
改めてお礼を言うと、藤倉の顔が照れくさそうな顔になる。
「いつでも声かけてください。私にできることなら」
「ああ、助かるよ」
「でも……いつまでもこのままという訳にも……」
藤倉の言う通りだ。俺は決断を先延ばししているだけかもしれない。
その話題になっている張本人は、美味しそうな顔してパフェを食べていた。
「ペロッ、ペロッ、あまぁい」
クリームの付いたスプーンをペロペロする珠美を見た藤倉がつぶやく。
「何だか犬みたいですね」
「本人も自分は犬の生まれ変わりだと言ってるがな」
「ええっ! す、凄い設定ですね」
「でも、彼女の仕草を見ていると嘘とは思えないんだよ」
珠美の言葉には邪心が全く感じられない。少々おバカにも見えるのだが、その言葉は本心だけを発しているように見えた。
俺は、ふと思い出して話題を変えた。
「そう言えば、会社の方は何かあったのか? さっき含みを持たせたように感じたが」
「そうです、そうなんですよ先輩!」
藤倉が満面の笑顔になり身を乗り出した。
「聞いてくださいよ。先輩が退職してからというもの、私たちの部署は仕事が回らずテンテコ舞いなんですから。あの
それは面白い話だ。粕田の仕事はほぼ全て俺が代わりにやっていたのだ。人の手柄を自分の手柄として上に報告していたのだろう。
俺が居なくなり、仕事が回らなくなってから初めて上層部も気づいたという訳か。
「ははっ、粕田は上司としてのマネンジメント能力も皆無だからな。罵声と根性論を押し付けるだけで、計画も指示も間違ったものばかりだし。何故あいつが昇進したのか謎だな。反面教師としては役立つのかもしれんが」
「ですよね。今まで犬飼先輩がフォローしてくれていたから成り立っていたんですよ」
「藤倉は俺を買いかぶり過ぎだ。俺は、ただの社畜だったんだよ」
俺が仕事を回していたなどと言うのは少し違うのだろう。実際には仕事に追われ私生活まで潰されていたのだから。
その後、藤倉とは世間話をしてから別れた。彼女も転職を考えていると言っていたが、あんなパワハラやセクハラが横行する職場からは離れた方が身のためだろう。
◆ ◇ ◆
珠美と二人で家路をたどっていると、ショッピングセンターの前を通りかかったところで泣いている小さな女の子に遭遇した。
迷子だろうか。小さな体で茫然と立ち尽くしたままボロボロと涙をこぼしている。
「うわぁああああああぁ~ん! ママぁあああぁ!」
ちょうどタイミングが悪いのか、周囲には男性しかいないようだ。誰もが気にして見てはいるが、自分から声をかけようとはしていない。
(迷子の女の子か? このご時世だと、下手に幼児を保護すると誘拐と間違われるからな。善意で警察に連れて行こうとしても、母親から連れ去りだと主張されたら
嫌な時代だ。近頃は独身男性への偏見や社会の目が厳しい。良かれと思って声をかけても『声かけ事案』として扱われ、人助けと思ってAEDをやろうとしても『痴漢』という声まで出てしまう。
(ここはスルーするか? 誰か女性が来たら保護してくれるはずだろう。俺が関わると毎回貧乏くじを引いてしまうし)
女の子から視線を外すと、珠美が俺の腕を引っ張った。
グイグイグイ!
「ねえ、あのこ、ないてるよ。かわいそう。きっとママとはぐれちゃったんだよ」
「珠美……」
「たすけてあげようよ。タケル」
(そうだな……。俺は何を迷っていたんだ。例え皆が自分のことしか考えていない世の中でも、人助けするのを迷うのはどうなんだ)
俺は女の子に声をかけた。
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