第10話 浄化

 やっと書類選考が通った企業の面接に来てみれば、そこは差別と圧迫と弱肉強食の魔界だった。

 集団面接と銘打めいうった、コミュ力と自己表現力が試される戦場に、俺は放り込まれてしまったようなのだ。


「はい、そちらの方から順に自己PRをお願いします」


 厳しい視線の面接官がペンで俺の三つ隣の椅子に座る男を指した。


「は、はい、私は前職で販売の仕事に携わり、人と接することで自分を成長させ――」


 緊張の面持ちで立ち上がったその男が、必死の形相で自己PRを始める。緊張で少し声が上ずっているのだが。

 それを見ていた面接官が、あからさまに見下したような顔になりため息をついた。


「はぁ、はい、もう結構でーす!」

「えっ、あ、あの……」

「キミねぇ、ありきたりなんだよ。そんなんじゃ全然PRにならない」

「はい……」

「じゃ次の方どうぞ!」


 男は肩を落として椅子に座り、続いて隣の女が立ち上がった。


「私は資格取得やスキルアップを積極的に――」


 カタッ!


 話を聞いていた面接官が、テーブルの上にペンを放り投げた。


「あのねえ、声が小さいんだよ。キミ、やる気ある?」

「あ、あります……」

「ぜっんぜんダメ! やる気があるなら腹から声出せってんだよ!」

「すみません……」

「ああっ! もういいから。はい次!」


 意気消沈した女が座ると、その隣の男が立ち上がった。このメンバーの中では比較的年齢が高いようだ。


「私は――」

「あ、ちょっと待って」


 口を開いた男を、面接官が遮った。


「キミ、随分老けてるけど何歳だっけ?」

「ええぇ、今年で四十歳になりました……」

「ああ、四十ね。うちの企業は若い戦力を求めてるんだよね」

「ですが、書類選考を通っていますが」

「それねぇ、選考時にギリギリ三十代だから通しちゃったのかな」

「はあ……」

「ごめん、帰って良いから」

「そ、そんな」


 何かを言い返そうとする男だが、グッとこぶしを握ったまま部屋を出て行った。


「はい、次の方」


 俺の番が回ってきた。


「はい、私の強みは前職でのシステム――」



 ◆ ◇ ◆



「やっと終わった……」


 会社の入っているビルを出た俺はつぶやく。


 無駄に時間を費やして、ゴッソリと自己肯定感を削られただけである。

 因みに結果はお察しの通りだ。


「何だあの面接官の態度は! やっと面接まで漕ぎ着けたかと思えば、圧迫面接でメンタル削られただけかよ。中途入社ってこんなに厳しいのか?」


 やっぱり世の中はクソである。やたらと新卒と処女ばかりを有難がり、中途と童貞は見下される。

 企業はロボットのように命令通り働く人間が欲しいのであり、余計な知恵のついた半端者を嫌うのだ。


「失業保険が出るのは二か月後だし、少ない貯金を切り崩して生活しないとな……」


 会社都合の場合はすぐに給付されるのだが、パワハラなどで辞めた場合は自己都合となり給付制限がつく謎仕様なのが失業保険である。


「ふう、そうだ、珠美にお土産のケーキでも買ってやるとするか」


 ふと目についたケーキ屋を見て、留守番をしている珠美を思い出す。貯金は少ないが、珠美の喜ぶ顔が浮かんだのだから仕方がない。



 モンブランとショートケーキを一つずつ注文し、会計を終え店を出たところで声をかけられた。


「あれっ? 犬飼じゃないか」


 声の方を向くと、そこには大学時代の友人が立っていた。


戸部とべ? 戸部とべか。懐かしいな」

「ああ、卒業以来だな」

「久しぶり」

「そういやお前、今何をしてるんだ?」

「あっ……えっと」


 言い淀んでしまった。失業中とは言いづらいからだ。


「実は会社を辞めたんだ。今は再就職活動だな」

「そうか、このご時世だと無職は大変だぞ」

「まあな」

「金が無いからって犯罪者になるなよ」

「おい、ならねえよ」


 普段なら冗談で済ますところだが、こうメンタルが削られている時では、いちいちイラッとくる。


「そういや聞いたか犬飼? 田中のやつ結婚したらしいぜ」

「全然聞いてないな。連絡も無いし」

「俺も人づてに聞いたんだがな。卒業してから五年も経つと薄情なもんだぜ」

「そういうもんかね」


 一抹の寂しさが胸をよぎる。

 ただ、戸部の口は更に軽く回るのだが。


「俺も付き合ってる彼女と籍を入れようと思ってるんだよ。今の時代、後になればなるほど結婚できなくなるらしいからな。惨めな老後を迎えたくないし。お前も学生気分でいるんじゃねーぞ。社会人としての自覚を持てよ。俺みたいに大人になれよ」


 上から目線で説教されげんなりする。何故、人は歳を取ると説教臭くなるのか。まだそんな歳でもないのだが。


 戸部と別れて家路をたどる。一刻も早く珠美の顔を見たいから。



 ◆ ◇ ◆



 ガチャ!

「ただいま」


 玄関のドアを開けると、まるで尻尾を振ってるかのような喜び方で珠美が出迎えてくれる。


「タケルおかえりー! わふっ、わふっ」

「お、おい、抱き着くなよ」

「タケルに会えて嬉しいよ! わふっ」

「ははっ、珠美は良い子だな」


 テーブルの上にケーキを置くと、珠美が目を輝かせて飛び跳ねた。


「わふっ! わふっ! ケーキ! 美味しそう!」

「どっちか好きな方を選んで良いぞ」

「うーん、どっちも食べたい」


 珠美が目をキョロキョロさせて真剣に選んでいる。このままでは永遠に迷っていそうだ。


「半分ずつにして両方食べようか?」

「わー! タケル天才!」


 本気で感心している珠美が微笑ましい。


 キッチンから包丁を持ってきて、ケーキを半分こにする。少し大きい方を珠美にあげた。


「あむっあむっ、美味しいね!」

「ほら、一気に食ったら喉につかえるぞ」

「んぐっ……」

「ほら、お茶だぞ」

「ごくっごくっごくっ」


 今日一日で自己肯定感がゴッソリ削られたが、コミカルな珠美を見ていると癒されるようだ。


「タケル?」


 俺が疲れた顔をしていたからだろうか。珠美が心配そうな顔をする。


「タケル、どうかしたの? 元気ない?」

「ちょっとな。面接がダメだったんだよ」

「めんせつ?」

「会社がな、俺を要らないってことなんだ」

「タケルは必要な人だよ! 大切な私のご主人様!」


 真っ直ぐな目で珠美が俺を見つめる。


「きっと、その会社……は悪い人なんだよ。タケルは良い人だから合わなかっただけ。きっとタケルと合う良い会社があるよ」


 珠美に言われてハッとする。


(確かにそうだ。せっかくブラック企業とおさらばしたのに、またブラック企業に再就職したんじゃ意味ないよな。むしろ、あんな圧迫面接をするブラック企業に受からなかったのは良かったじゃないか。何で俺は落ち込んでるんだよ。むしろ喜ぶところだろ)


「そうだな。珠美の言う通りだ。よしよし」

「うへへぇ、タマミえらい?」

「偉い偉い」

「えへへー」


 珠美の頭を撫でてやると、とびきりの笑顔で返してくれる。まるで俺の心が浄化してゆくだようだ。


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