第11話 プール
「暑い、めっちゃ暑い……」
季節は七月に入り暑さが日を追うごとに激しさを増す。ジリジリと肌を焼くような太陽が照り付ける外とは違い、室内はエアコンという文明の利器で守られているはずなのだが……。
ピッ!
リモコンの温度ボタンを下げてみるのだが、エアコンの調子が悪いのかさほど室温が下がらない。
「壊れてんのか? 一応、冷風は出てるようだけど」
まあ、出力の低いエアコンをフル回転させているからなのだろう。いかに文明の利器でも、ここ最近の暑さには小部屋用低価格帯エアコンではキツいのかもしれない。
「タケルー! 暑いよー」
この暑さで珠美もぐったりしている。
テーブルに胸を乗せている仕草が目に留まり、俺は視線を逸らした。
「そうだな。こう暑いとプールにでも行きたいよな」
「プール! 行きたぁーい!」
「おっ、珠美、プールを知ってるのか」
「わふっ、テレビで観たよ」
最近の珠美は言葉をぐんぐん覚えて行き、テレビを観ては新しい情報を取り入れているようなのだ。
まるで子供の成長を見ているみたいで、結婚もしていない俺でも心がほっこりしてしまう。
ピロロロロ、ピロロロロ――
ちょうど立ち上がろうとした時、スマホに着信があった。
手に取って見ると、画面には藤倉と出ている。
「藤倉か、
ピッ!
すぐに応答マークをスワイプする。
「お久しぶりです、先輩」
「おう藤倉、元気にしてたか?」
「はい、おかげさまで」
「あれから粕田に何かされてないか? 心配してたんだ」
「先輩……心配してくれていたんですね……」
藤倉は何か言い出しにくそうな気配がある。やはり悩みがあるのだろうか。
「あの……せ、先輩……相談したいことが……」
「やっぱり相談があったんだな。良いぞ。俺ならいつでも相談に乗るよ」
「良いんですか! お、お願いします。今日とか」
「構わないぞ。それで、何処で落ち合おうか?」
「そ、それがですね……」
やっぱり藤倉が言い出しにくそうだ。よほど悩んでいるのだろうか。
「せ、先輩!」
「おう」
「プール行きませんか!?」
「は?」
突然、脈絡のない話になり戸惑ってしまった。
どうして相談からプールにつながるのだ。
「そ、それがですね、流れるプールで有名なレジャーランドの招待券を貰ったのですが……い、一緒に行く人もいなくて、このまま期限が切れちゃうのも勿体ないですし……もし良かったら先輩どうですか……なんて? か、勘違いしないでくださいよ。変な意味じゃないですから。珠美ちゃんも気晴らしにどうかなって思って……」
ちょうど珠美がプールに行きたがっていたら、偶然にも藤倉からプールのお誘いがきた。これはナイスタイミングだ。
「良いのか? 俺たちと一緒で?」
「はい、もちろんです」
「ありがとう。じゃあお言葉に甘えて」
「よっしゃ!」
「えっ? 何か言ったか?」
「い、いえ、こっちの話です」
こうして俺たちは一緒にプールに行くことになった。たまには開放的な場所で相談を受けるのも良いかもしれない。
きっと藤倉も、プールの方が話しやすいのだろう。
◆ ◇ ◆
「せんぱぁーい!」
待ち合わせの駅前に行くと、すでに藤倉が待っていた。まだ集合時間前なのだが。
「藤倉、待ったか?」
「いえいえ、私も今来たところです」
「なら良かった」
今日の藤倉は、何だか露出度が高い気がする。胸元や腋がざっくり開いた白いワンピースで、夏らしく生足にサンダルだ。
「どうかしましたか、先輩?」
「えっと、今日の藤倉はセクシーと言うか何と言うか……」
「ええっ! そう見えますか? よしっ!」
何故か藤倉がガッツポーズをする。何のリアクションだろう。
「むふぅ!」
俺と藤倉が話していると、珠美が間に入ってきた。構ってもらえなくて痺れを切らしたのだろう。
「あっ、珠美ちゃんも久しぶり」
「わふぅ! フジクラ良い人! プール誘ってくれた。ありがと」
「うん、今日は楽しんでね」
「わふっ! プール楽しみ。タマミ、犬かきで泳ぎたい」
珠美の頭を撫でた藤倉が俺の方を向く。
「先輩、珠美ちゃんの日本語が上達してますね」
「それが凄い上達速度なんだよ。漢字ドリルもすぐに覚えちゃって」
「凄いですね。それで記憶は戻らないんですか?」
「ああ、というか……やっぱり自分は犬の生まれ変わりだって」
「その設定は絶対なんですね」
藤倉と珠美の異世界転生について話しながら電車に乗った。俺がオタクなのがバレないギリギリのラインで。
ガタンガタンガタン――
電車を降りてお目当てのレジャーランドに到着した。
更衣室に向かおうとする俺の後を、珠美が平然とついてくる。
「た、珠美ちゃん! 女子はこっちよ!」
危うく男子更衣室に入りそうになった珠美を、藤倉が腕をつかんで止めた。
「わふぅ? タマミ、タケルと一緒が良い」
「女子は女子更衣室って決まってるのよ」
「そうなの?」
「そうなの」
藤倉に連れられ珠美が女子更衣室に入っていった。
「ふうっ、藤倉がいてくれて良かった。俺一人じゃ女子更衣室で対応できないしな」
ほっと一息してから、俺は男子更衣室に入った。
適当なロッカーを選んでバッグを突っ込むと、学生時代に使っていた水着を取り出す。久しぶりに南国風トランクス型水着の活躍だ。
まあ、海に行こう思い買ったのだが、結局行かなかったのだがな。
因みに珠美は水着が無いので、受付でレンタルしたらしい。その辺も藤倉に任せてある。
ガァァーン!
水着に着替えて待っていると、やっと二人が出てきた。何故か藤倉がガックシと肩を落としているのだが。
「どうした、藤倉?」
「む、胸が……ドーンって……」
何を言っているのかわからなかったが、珠美の姿を見て納得した。
ドドーン!
普段の珠美を見て何となく想像していたが、その胸部装甲は超ド級だった。88以上……いや、90は超えている。さすがに戦闘力53万までは行かないが。
「はは……ははは……新調した大胆なビキニなのに……。圧倒的巨乳力の前では、私なんて……」
藤倉が愕然としている。
(藤倉……何か分らんが元気を出せ。世の中の男が皆、巨乳好きという訳じゃない。小さいのが好きな男もいるはずだ)
胸について深く考察していると、珠美が藤倉の胸を揉み始めた。
「わふっ! フジクラ面白い」
「む、胸を触らないでー」
その珠美だが、無邪気に胸が気になるだけのようだ。気にしているみたいだから勘弁してさしあげろ。
「ま、まあ、泳ごうか?」
「はい、先輩」
「わふぅ」
俺は二人を誘ってプールへと向かった。
「入ろうか」
「せんぱぁーい」
プールに入ったところで、藤倉が俺の方に倒れてきたので、つい避けてしまう。
バシャァーン!
「わっぷっ、せ、先輩、ひどぃいいっ」
「すまん、なんか避けちゃった」
「そこは華麗に抱き留めるところでしょ」
「そうなのか? すまん」
会社では大人しく真面目な藤倉だが、プールでは子供のようにはしゃぎたいのかもしれない。
女性経験が無い俺にはよく分からないが。
バシャバシャバシャ!
「わふわふわふ!」
珠美の犬かきは、初めてとは思えないほど上手だった。バチャバチャと手足を動かす姿は、本当に犬みたいだ。
「タケルぅ~っ!」
「お、おい」
ぎゅぅぅ~っ!
珠美が俺に抱きついてきた。きっと藤倉の真似だろう。
何とか不適切な密着にならないよう距離を取るが、珠美の抱き着きが激しくて無理なようだ。
「珠美、当たってるから!」
「タケルっ、プール気持ちいいね」
「そ、そうだな」
珠美本人にはエッチな気など無いようだ。俺が意識し過ぎなのだろうか。
「せ、先輩、わわ、私も良いですか?」
藤倉が手をウニウニと動かしながら俺の方ににじり寄ってくる。
「藤倉……その手は何だ?」
「えっと、す、スキンシップ?」
「は?」
「珠美ちゃんみたいに、抱きぃ~みたいな?」
「いや、マズいだろ」
「で、ですよね……」
ズゥゥゥゥーン!
何故か藤倉がガックシと肩を落とした。一体それは何だったのだろう。
――――――――――――――――
藤倉さん、ちょっとスキンシップしたいお年頃なのかも。
ちょっとでも「面白い」「期待できそう」「続きが気になる」と思った方は、作品フォローと☆☆☆を★★★にしていただけると幸いです。
作者のモチベが上がります。
星はいくつでも思ったままの数を入れてくれて構いません。
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