第27話 再び巡り合う運命

 高速道路を下り、両側に畑が広がる道を進むと目的の施設はあった。

 白を基調とした景色に溶け込む建物である。


 ブロロロロロロ――

 バタンッ! バタンッ!


 敷地内に車を入れると、すぐに女性が近寄ってきた。珠美を連れ去った人たちだ。


「ちょっと、何しに来たのよ!」

「ここから先は通さないわよ!」


 立ちはだかる女性に、佐山さんが書類を見せる。


「もう連絡が入っていると思いますが、珠美様の一時保護は解除されました。役所側の判断に誤解があったようです。支援団体とは情報の齟齬そごが発生したようですが、こちらで解決させましたので問題ありません。珠美様はこちらで引き取りますので」


 だが、女性は書類には目もくれず反論する。


「ダメです! 珠美ちゃんは返せません!」

「こちらは法に則り粛々と進めますが」

「何が法よ! 法なんて糞くらえだわ!」

「そんな我儘は法治国家では通用しません」

「私には通用しますぅ! むしろ私が法なんですぅ!」

「うっ……」


 しまった。あの佐山さんが怯んでいる。不測の事態だ。最強の助っ人だと思ったが、法の通じない相手には無力だった。


(くっ、ここは俺は出るしかないか)


 満を持して俺は一歩を踏み出した。ここはこの俺がホットな情熱で訴えるしかないだろう。


「待ってください! 珠美は俺の大切な人なんです! 返してもらいます!」

「返せるわけないでしょ! このオチ〇ポモンスター!」

「オ、オチ……」


 予期せぬ下ネタが出て俺まで怯んでしまった。この女……デキる!


「ふっ、俺はオチ〇ポモンスターじゃないぜ」

「うっさい! うっさい! うっさい! あんたはオチモンゲットしてれば良いのよ!」

「誰がオチモンだ!」


 予想外の切り返しに成す術がない。

 ところがこちらも予想外のところから反撃が入る。


「ちょっと、私の先輩に何言ってくれてんのよ!」


 再び熱くなった藤倉がもの凄い剣幕で対抗し始めたのだ。


「はあ? 貴女は誰ですか?」

「私は先輩の彼女です!」


(おい、誰が彼女だ!?)


 俺は心の中でツッコんだ。

 ただ、藤倉は俺に目配せして、『私に任せてください』と言っているようだ。


「はあ? 貴女が彼女なら何なんですか!?」

「この犬飼先輩は私の数々の色仕掛けに全く反応しない男なんですよ!」

「は?」

「それどころか珠美ちゃんと一つ屋根の下で暮らしても手を出さないピュア男子なの!」

「えっと……」

「つまり、先輩は女に全く免疫の無い童貞の中の童貞!」

「ど、どどど、童貞ですって!」

「そうです! キングオブ童貞の先輩が、女性に酷いことするわけないでしょ!」


 シィィィィィィーン!


 藤倉のセリフが、のどかな田園風景の中に響き渡った。俺が童貞男子ピュアボーイだという恥ずかしいセリフが。


(お、おい、藤倉…………。そんなに童貞を強調するな。てか、何で俺が童貞なのを知ってるんだよ?)


 デタラメな作戦だと思いきや、何故か相手女性の心に響いたようだ。

 さっきから一人で『うんうん』と唸っている。


「そうですか。童貞なら仕方ないですね」

「分かってくれましたか」

「はい、貴女も苦労しているようですね」

「そうなんです。彼氏が奥手過ぎて全く手を出して来ないんです!」

「分かります。最近の男は草食系が多いですよね」


(分からねえよ! てか、オチ〇ポモンスターの話は何処に行ったんだよ! さっきと言ってることが正反対だろ!)


 ツッコみどころが多いが、それより今はチャンスだ。

 俺はこの機を逃さない。


「とにかく俺は珠美を如何わしいい理由で保護したんじゃありません! 人間らしい暮らしをさせてあげたいだけです! 返してください!」


 今度は女性の反応が違った。


「そうですね……」

「それじゃあ」

「分かりました。許可します」

「よ、良かった」

「私どもとしては、虐待するかもしれない人のもとには帰せないんですよ。だから慎重になっただけです」


 どうやら俺が童貞男子ピュアボーイなのが功を奏したようだ。


 普段なら童貞扱いで腹を立てるところだが、今回ばかりは俺の童貞力に感謝だ。藤倉のハグを避け続けてきたピュアなところが役に立ったのだろう。


「はぁ……珠美ちゃんは入居者の心に寄り添ってくれる良い子だから、ずっとここで働いてほしかったのですが……」


 その女性が残念そうな顔になって溜め息をついた。


(珠美……ここでも人気者なのか。凄い愛されキャラだな。わんこ系女子の癒しパワーおそるべし)



 しばらくすると、建物の中から職員に連れられて珠美が出てきた。今朝ぶりだというのに、まるで何年も待ち焦がれていたような気持ちがする。


「珠美!」


 俺の姿を見つけた珠美が、全速力で駆けてくる。しっぽが付いていたら大きく振っていたはずだ。


「タケルぅううううぅ!」

「珠美ぃ!」


 ガシッ!


 全身で喜びを表しながら珠美が抱きついてきた。


「タケルぅ、タケルぅ、会いたかったよ! きっと迎えに来てくれるって信じてたよ」

「当たり前だぞ。珠美は大切な人だからな。俺も会いたかった」

「うわぁああああぁん! タケルぅううっ!」

「珠美ぃいいいいぃ!」


 泣きながら抱き合う俺たちを見た職員まで涙ぐんでいる。俺をボロクソ言っていたはずなのに。


「私どもは最初から信じていましたよ。犬飼様」

「おい、オチモンゲットとか言ってたのはどうなった?」

「聞き間違いでしょ。モロチンゲットと言ったのです」

「もっと悪いわ!」


 最後は下ネタになってしまい締まらないが、こうして俺は珠美を取り返すのに成功した。


 入居者たちまで皆で珠美に手を振っている。

 ほんの少しの時間だったのに、傷ついた人の心を癒せたのだろうか。


 そういえば、俺を押さえつけた大男がいたら一発殴っておこうかと思っていたが、どうやらあの男はここの職員ではないらしい。

 まあ、余計なトラブルを増やさずに済んだのだから良しとしよう。



 ◆ ◇ ◆



 俺は帰りの車に揺られていた。

 行きとは違って、狭い後部座席で二人の美女に挟まれているのだが。


「わふぅ♡ タケル好きぃ♡」

「はわぁ、せんぱぁい♡ カッコよかったです♡」


 珠美だけなら良いのだが、何故か藤倉までデレている。どうしたものか。


「おい藤倉、もっと離れてくれ」

「嫌です先輩!」

「くっ、どうしてこうなった……」


 こんな状況なのに、助手席の佐山さんはぶつぶつ独り言をつぶやいている。


「ふふっ、この私がオチモンゲットで打ち負かされるだなんて……。くっ、私もまだまだか。精進せねば……」


 訳が分からないぞ。


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