第28話 幸運を呼ぶ珠美

 お盆が明けて八月も終わりに近付いた頃、俺は高柳システム株式会社へと入社した。

 珠美を連れ戻った俺を、高柳社長は温かく迎えてくれたのだ。


 今にして思うと、自棄を起こして問題を起こさなくて良かった。ムカつく相手をぶん殴ったりしたら俺が訴えられちゃうからな。

 そういう意味で、藤倉と佐山さんが一緒だったのは助かった。今でも感謝している。



 そして、入社してからしばらく経ち、秋も深まり木枯らしが吹く季節になった。


 前職で作ったシステム開発のノウハウが活かせたのか、戸惑いながらもだいぶ仕事にも慣れてきたようだ。


「犬飼、今夜一杯どうだ?」


 退勤時間になると、職場の先輩が俺に声をかけてきた。

 まあ、俺は帰らなくてはならないのだが。


「すみません。今夜は早く帰らないと」

「ああ、そうだったな。奥さんが手料理作って待っててくれるんだろ」

「はい、まだ籍は入れてないのですが」

「この幸せ者め。彼女を泣かすなよ」


 先輩はあっさり引き下がり、一人でオフィスを出て言った。行きつけの店にでも向かったのだろう。


「よし、珠美が待ちくたびれてそうだからな。急ぐとするか」


 俺もオフィスを出て珠美の待つアパートへと急ぐ。



 ◆ ◇ ◆



 ガチャ!


 玄関のドアを開けると、待ってましたとばかりに愛しい人が出迎えてくれる。


「お帰り、武流たける

「ただいま、珠美」

「ご飯できてるよ」

「ありがとう」

「えへへぇ♡」


 あれから珠美の日本語も上達し、今では完璧に使いこなしている。

 駅前の喫茶店がバイトを募集しており、珠美の初仕事として挑戦したいと言っているくらいだ。


「そうだ、えっと。お帰りなさい……ア・ナ・タ♡」

「ぶっふぁぁあああっ!」


 何処で覚えたのか、珠美は新婚さんモードの喋り方まで完璧だ。


「ご飯にする? お風呂にする? それとも……タ・マ・ミ♡」

「くっ、究極の選択だぜ……」

「わふっ♡ ご飯は『あーん』で、お風呂は『お背中流します』付きだよ」

「どれも魅力的で選べない!」


 こんな新婚さんプレイ的会話をしているのだが、まだ俺と珠美はエッチをしていない。


 珠美の就籍許可も決まり、晴れて戸籍も取得でき、今では夫婦のようになっているのにも関わらずだ。


「珠美……」

「武流♡」

「珠美」

「武流ぅ♡」


 二人の顔が近付き、重なりそうになったその時――


 ピーンポォーン!

 ガチャ!


「せぇーんぱぁーい! 来ちゃいました!」


 サッ!


 慌てて俺は珠美と距離を取った。

 お邪魔な後輩が突撃してきたからである。


「って、あれぇ? 私お邪魔でした?」


 藤倉が小悪魔っぽい顔でおどけてみせる。これは確信犯だろう。


「藤倉……ちょっと良いか?」

「何ですか先輩?」

「最近うちに来るの多くないか? もう少しだな――」

「不肖、この藤倉咲那、いつでも何処でも先輩のイチャイチャオーラを感知したら駆け付ける所存です」

「き、聞いちゃいねえ……」


 そうなのだ。俺と珠美が良い感じになると、必ず藤倉が現れるのだ。


「わふっ、咲那ちゃん、こんばんは」

「珠美ちゃん、昨日ぶりぃ!」


 と、こんな感じに二人は仲良しだ。珠美に友達ができたのは嬉しいのだが。


「まあ、上がってくれ藤倉」

「はーい、先輩♡」


 藤倉を部屋に通すと、ふざけて抱きついてきたので顔を手で止める。これもいつも通りだ。


「ふがっ、ちょっと先輩、やっぱり私の扱い酷くない?」

「つい……」

「もうっ、先輩がつれない態度をとると、余計に執着しちゃいそうです」

「勘弁してくれ」

「冗談です♡」


 こんな感じに賑やかな時間となる。珠美も楽しんでいるみたいなので良しとしよう。


「そういえば新しい会社が決まったんだって?」


 俺は夕食に目を輝かせている藤倉に話しかけた。


「そうなんですよ。再就職決まりました。未払い賃金も振り込まれましたし」

「良かったな」

「先輩のおかげです♡」

「あれは佐山さんが手を回してくれたからだよ」

「ふふっ、先輩ったら謙遜しちゃって♡」


 そうなのだ。あのブラック企業は倒産した。

 下須山げすやま社長が逮捕された後、社長夫人と息子が会社の資金を盗んで失踪したのだ。

 当然、社員の給料も未払いのままだった。


 見かねた俺が、佐山さんに話を持って行き、知り合いの弁護士を回してもらったという訳である。


 そこからは早かった。

 労働基準監督署へ通報と簡易裁判所への提訴、そして会社口座と売掛金の差し押さえとスムーズに進んだ。

 社長夫人とドラ息子まで逮捕されるオマケ付きで。


 あの虐待夫婦も実刑くらって刑務所行きになりそうなので、クズがまとめて断罪されるようでスッキリした気分だ。


「しかし、珠美と出会ってから人生が好転した気がするな」

「そうですね先輩、珠美ちゃんは幸運の女神ですよ」


 俺と藤倉が珠美を見つめる。

 その珠美は美味しそうにご飯を食べているのだが。


「わふっ、タマミ女神?」

「そうだぞ。幸運のわんこ女神だな」

「ふふっ、本当にわんちゃんみたいですね」


 三人で笑い合う。少し前には思いもしなかった光景だ。

 あの頃は心をすり減らし希望さえ失っていた。

 今では考えられない。

 搾取さくしゅされ続け正常な判断力を失い、あれが普通だと思い込んでいたのだろう。


 だが今は違う。

 大切な人がいて、大切な自分の暮らしがある。



「さてと、お邪魔虫の私は退散しますね」


 ご飯を食べて満足したのか、藤倉が席を立った。


「おう、藤倉も……その、なんだ、良い人を見つけろよ」

「むぅ……」


 俺は余計なことを言ってしまったのか、藤倉に睨まれた。


「もうっ、ムカつくぅ。ぜったい先輩より良い人見つけてやるんだからぁ!」

「お、おう、頑張れ」

「それよそれ! ほんっとムカつく」

「すまん」

「はい、先輩。それ餞別せんべつです。お幸せに」


 そう言って藤倉が手渡したのは、箱に入った0.01ミリ的なゴム製品だった。


「お、おい、藤倉……」

「奥手な先輩でも使う時が来ますよね」

「こら!」

「ふふっ、私と使っても良いんですよ?」

「なっ!」

「じゃ、またね。珠美ちゃんと先輩」


 最後まで嵐を起こして藤倉は帰っていった。


「ふっ、困った藤倉だぜ」

「武流? それは?」

「えっ、えっと、こ、これは水道の補修材なんだ」

「タマミそれ知ってるよ。配信のレディコミで読んだ」

「なんだと!」


 最近は珠美にもスマホを持たせている。連絡が取れるようにと。

 まさか電子書籍で大人の恋愛漫画を読んでいたとは。

 因みに珠美の戸籍は十八歳に決まったので合法だ。


「それ……使わないの?」

「ううっ、そ、そうだな。その時が来たらな」

「武流♡」

「珠美」


 そのまま二人の影が重なる。

 くちびるに珠美の柔らかな感触を確かめてから、俺は顔を離す。ドキドキで胸が爆発しそうだ。


「えへへ♡」

「珠美」

「ずっと一緒だよ♡」


 そう、俺は出会えたのだ。

 幸運を呼ぶ天使に。

 俺を肯定し明日への希望をくれる珠美に。






 ――――――――――――――――


 皆様、最後までお読みいただきありがとうございます。


 この物語は、当初カクヨムコン用に書いていたのですが、冒頭三万文字くらいを書いたままお蔵入りしていたものでした。

 このまま公開しないのも勿体ないと思い、約八万文字まで加筆し公開に至りました。


 書こうと思った切っ掛けは、コロナ禍のペットブームの裏で捨て犬が激増したというニュースを見たことでした。

 捨てられた犬の悲しそうな顔が頭に残っており、捨てたやつが断罪される話を書こうと思った次第です。

 虐待したクズやパワハラ上司は檻の中で反省してもらいましょう。


 あくまでフィクションですので、実在する団体などを叩くのはお控えくださいませ。


 それではまた。


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全肯定わんこ系彼女の珠美ちゃん。 ~虐待され捨てられたゴールデンレトリバー、転生し優しい御主人に拾われ幸せになる~ みなもと十華@『姉喰い勇者』発売中 @minamoto_toka

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