第26話 大切な気持ち(side珠美)

 ブロロロロロロ――

 キキッ!

 バタンッ! バタンッ!


 街から少し離れた畑が広がる場所で車が止まると、この私、タマミを連れてきた女の人たちが下車したよ。

 タマミの腕を引っ張って車から降ろそうとするの。


「ほら、下りて珠美ちゃん!」

「今から安全なシェルターに入るからね」


 少し強引で腕が痛いよ。


「やめて! 嫌っ! タマミはタケルと一緒にいるの! お家に帰して!」


 タマミが必死に頼んでも、女の人は全く聞いてくれないの。


「ダメです! 絶対にあの男のところには帰しません!」

「そうよ! 男は脳が性欲でできてるオチ〇ポモンスターなんだから!」


 女の人の目が怖いよ。


「タケルは良い人だよ」

「良い人のフリをして実は悪い人なのよ!」

「そうよそうよ! 男は全員痴漢なの! 滅べば良いのに」


 意味が分からないよ。確かに悪い人は居るけど、良い人だって居るのに。それにタケルは良い人だよ。


「わふぅ……男の人にも良い人は居るのに」

「騙されちゃダメよ!」

「えええ……」



 訳が分からないままタマミは小さな部屋に入れられてしまったの。

 小さなテーブルとベッドがあるだけの部屋に。


「わふぅ……タケルに会いたいよ……」


 思い浮かぶのはタケルのことばかり。


 コンビニ前で叩かれていた私を助けてくれようとしたり。

 道で座り込んでいた私を保護してくれたね。

 美味しい料理をご馳走してくれたよ。

 悪い人に襲われた時は、命がけで助けてくれたね。

 怖くて眠れない時は、一緒に寝てくれたんだよ。


「タケル……好き……今ならタマミにも分かるよ」


 少女漫画やテレビドラマで知ったんだよ。

 私のこの想いは恋だってことを。

 ご主人様に尽くそうと思っていた私が、今は好きなタケルを幸せにしたいって思ったんだよ。

 大好きなタケルに笑っていてほしい。

 ずっとずっと笑顔でいてほしい。

 幸せになってほしい。

 そんなタケルと、ずっと一緒に居たい。


「そうだ! タケルに会いたいよ! 戻らないと。タケルと一緒の家に」


 私はここを抜け出そうと決意した。

 とりあえず部屋を脱出だ。


 ガチャ!


 部屋のドアを開けると、そこはテレビや冷蔵庫のあるリビングになっていたよ。

 女の人が一人、大きなテーブルに並んでいる椅子に座っていたの。


 私を連れてきた人とは違う、初めて見る人だけど。


「わふっ、お姉さんは誰なの?」


 私が声をかけると、その女の人は驚いた顔で私を見た。


「あなたは……ああ、新しい入居者なのね」

「わふっ? タマミは入居者じゃないよ。すぐ帰るの」

「帰る? あなた若いわね。もしかして親の虐待?」

「虐待……?」

「暴力とか……そういうのよ。私は夫のDVでね」


 話を聞くと、その女の人は暴力を振るわれて、ここに避難したみたいなの。


「――――って、なってね。私も悪いのよ。あの人をイライラさせちゃうから」


 その女の人は自信なさげに目を伏せたの。まるで自分自身を責めるように。


「悪くないよ! お姉さんは悪くない。暴力を振るう人が悪い人だよ」

「タマミちゃんは良い子なのね」

「タマミも前のご主人様に暴力を振るわれたの。それで捨てられて。でも、今は助けてくれる人がいるの」

「タマミちゃん……」

「だからお姉さんにも、きっと良い人ができるはずだよ」

「優しいのね。タマミちゃんは」


 やっとお姉さんが笑顔になったよ。



 ◆ ◇ ◆



 リビングに数人の女の人が集まり話をしていると、私を連れてきた女の人が帰ってきたの。


「あら? やけに賑やかですね」


 そう言った女の人に応えるよう、DVされていたお姉さんたちが話始めたよ。


「このタマミちゃんがね、皆の話を聞いてくれるのよ」

「ありがとうねぇ、タマミちゃん」

「タマミちゃんと話したら、少しだけ気が楽になったよ」

「わふっ! タマミ、話聞くよ」


 私を連れてきた女の人は、目を丸くして迫ってきた。


「えっ! ええええっ! 急に避難者の顔に笑顔が戻ってる! これって、まるでアニマルセラピーね! 貴女って犬みたい! 凄い、凄いわよ!」


 ガシッ!

 女の人は私の手を握ったの。


「珠美ちゃん! 貴女、ここの施設で働かない?」

「イヤ、タケルのとこに帰して」


 交渉は決裂したの。

 だってタケルと会いたいから。


 ピピピピピピピ、ピピピピピピピ――


 突然、女の人のスマホが鳴って会話は中断したよ。女の人は慌てて電話にでたの。


「はい、はい、そうですが……えっ! それはどういう? ええっ! そんな……はい、そうですか」


 何かあったのかな?


「ありえない……決定が覆るだなんて……」

「どうしたの? もしかして、タケルが助けに来るの?」

「そんなわけない! 助けになんか来るはずが……」

「来るよ。タケルは来てくれる。きっと」


 そう、きっとタケルは来てくれる。

 だって私の大切なご主人様で、私の大好きな人なのだから。


 タマミは誓うのです。

 タケルが私を助けてくれるのなら、タマミもタケルを助けたいと。返しきれない恩かもしれないけど、タマミは一生かけて返すつもりなの。


 タケルがずっと笑顔でいれるように、タマミはずっとずっとタケルを愛したい。タケルの役に立ちたい。タケルを支えたい。


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