第25話 援軍

 それまで黙って成り行きを見ていた佐山さんが前に出た。

 熱くなっている藤倉を押さえている俺を手で制すると、冷静でありながら力強い声で話し始める。


「失礼します。私は弁護士の佐山と申します」


 佐山さんは名刺を出しながらそう言った。


「犬飼様から伺った話ですと、珠美様の保護には犬飼様では不適格だと申されていますが、どの点が不適格なのでしょうか?」


 佐山さんの隙の無い話し方と、弁護士という肩書を聞いた担当者が怯んだ。

 肩書に弱いのは、役所としては仕方ないのかもしれないが。


「えっ、その……犬飼様は無職ですし、未成年かもしれない女性を若い男性と同居させるのは……」


 目が泳ぎながら話す担当者に、佐山さんは続けざまに質問をする。


「今、無職と仰られましたが、犬飼様は安定して業績を伸ばしている高柳グループのシステム開発部門に就職が内定しております。生活の面においては申し分ないと思われますが。それに、珠美様が未成年という話も、戸籍が無く記憶喪失であり想像上の話ですよね? 仮に犬飼様が後見人に選任されるとしましても、後見人不適格者は民法847条により、未成年者、家庭裁判所で免ぜられた法定代理人、保佐人又は補助人、破産者、被後見人に対して訴訟をし、又はした者並びにその配偶者及び直系血族、行方の知れない者と規定されており――」


「すすす、すみません。少々お待ちください」


 弁舌を振るう佐山さんに気圧された担当者は、奥の席に座る上司に判断を委ねてしまったようだ。すごすごと肩を落として引っ込んでしまった。


 代わりに出てきたのは、恰幅の良い体に満面の笑みをたたえ、手もみをしながら申し訳なさそな態度をする上役である。

 その男性が頭を下げながら口を開く。


「犬飼様、この度は誠に申し訳ございません。私どもとしましても、このような件は前例がないことでありまして」


 さっきまでとは正反対の態度だ。苦々しい顔で嫌々対応していたのに、弁護士の名を出しただけで急に態度が丁寧になった。

 巷でよく聞く、『役所に何か申請をしたいなら弁護士を同行させよ』という話は本当だったようだ。


「それじゃあ珠美は返してもらえるのですか? 親しい俺や藤倉と離れ離れにされて泣いているはずなんですよ!」


「はい、それはもちろんです。ええ、我々が調査した内容と齟齬そごがあったようでして。犬飼様が大企業に週就職が決まっており、弁護士の方のお知り合いもおられるとは思いもよらず。誠に申し訳なく――」


 すんなり通ったようだ。ただ、大企業の社員だから対応が違うのは職業カーストみたいで釈然しゃくぜんとしないが。


 ただ、俺にはもう一つ言いたいことがあった。


「それから、珠美が連れ去られる時に、役所の方から来たと称する大男に押さえつけられ怪我をしたのだけど。まだ謝罪ももらってないんだけどな」


 そう言って、俺は破けた服や擦りむいた肘や膝を見せる。

 そこにすかさず佐山さんが入ってきた。


「不当に暴行され怪我を負ったとなれば、刑法第204条の傷害罪に該当します。15年以下の懲役又は50万円以下の罰金となり――」


「ももも、申し訳ございません! なな、何とぞ、被害届だけはご勘弁を!」


 上役の男と女性担当者とその他大勢が横に並び、一斉に頭を下げだした。刑法204条とやらのおかげらしい。


「分かれば良いんですよ。とにかく、早く珠美を返してください」


 このくらいにしておいた。立場が逆転したのは気分良いが、あまり威張ってしまうと周囲からクレーマーだと勘違いされそうだから。



 ◆ ◇ ◆



 ブロロロロロロ――――


 俺たちは高柳社長が手配してくれた車に乗り、郊外にある珠美のいるシェルターに向かっている。


 本来は行く当てのない人や支援が必要な人が入る大切な施設だ。支援団体も役所から要請を受け正義感で珠美を連れ去ったのだろう。

 まあ、情報の齟齬そごがあったとしても、俺はムカついているのだが。


「待ってろよ珠美。絶対に助け出すからな」


 流れゆく車窓を眺めながら独り言をつぶやく俺に、隣に座った藤倉も同調した。


「その通りです、先輩! 私もお供しますよ! 珠美ちゃんを取り返しましょう!」

「お、おう。藤倉、何か近くないか?」

「ぜっんぜん近くないです! むしろまだ遠いくらいですよ! ふんす!」


 珠美連れ去りの件が藤倉の心に火を付けてしまったのだろうか。それとも本気で略奪愛を狙っているのだろうか。

 グイグイ来る藤倉に、俺はたじたじだ。


「さあ先輩! 行きましょう!」

「お、おい、当たってるのだが……」

「当ててるんですよ先輩♡」

「こら!」


 俺は藤倉の顔面を押して距離をとった。

 もう実力行使だ。


「ふがっ、ちょ、先輩? 私の扱い酷くない?」

「それ以上近くなると色々ヤバいからな」

「ああぁ、せんぱぁい! でも、珠美ちゃんを助けたい気持ちは先輩と同じですよ」

「それは感謝してるよ」


 俺は藤倉を離しながら感謝の言葉を口にする。体勢はプロレス技のアイアンクロ―みたいだが。

 その光景を、助手席に座っている佐山さんは完全にスルーしている。


「ふむ、役所への働きかけと書類は揃ったか。後は――」


 佐山さんは、一人で対策を考えているようだ。


 こうして、俺たち奇妙な組み合わせの三人は、珠美を迎えに高速道路をひた走るのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る