第21話 告白

 突然の告白に、俺は耳を疑った。俺のような冴えない男を、藤倉のような美人で人気のあるキラキラ女子が好きになるなんてありえないと思ったからだ。


「えっ……藤倉?」


 困惑する俺を見た藤倉は、「はぁ」と溜め息をつきながら肩を落とした。


「やっぱり気付いてなかったんですね、先輩。あんなに私がモーションかけてたのに」

「えっ?」

「ほっんとに鈍感なんだから。仕事では気が利くのに、何で恋愛だとこうなのよ」

「ええっ、ふ、藤倉が……俺を?」


 当然、モテない俺でも彼女は欲しいと思っていた。それは学生時代から変わっていない。

 しかし、陽キャのノリについて行けなかったり、女性との恋愛的機微に疎かったり、はたまた昨今のセクハラ認定が怖かったりで、女性を口説くのは苦手だった。


 藤倉のことも、入社時から美人で可愛い後輩だと思っていたが、付き合えるなどとは微塵も思っていなかったのだ。


「えっと、ありがとう……でも」


 そこまで言って言葉に詰まった。

 前の俺なら喜んでOKしていたはずだろう。何しろ元職場で一番の可愛い後輩なのだから。


 しかし、今の俺の心には、ある一人の女性が大部分を占めているのだ。


(藤倉……。俺みたいな地味な男が、藤倉みたいな美人と付き合えるなんて、こんなチャンスは今後二度と無いんだろうな。でも、俺は珠美が……)


 胸の中で珠美の笑顔が再生される。


『タケルは良い人だよ』

『タケルは必要な人だよ』

『タマミはタケルと一緒で幸せだよ』

『タケルと一緒ならどこでも良いよ』


 珠美、最近思い出すのは珠美の笑顔ばかりだ。この何でも否定ばかりされる世の中で、ひたすら俺を肯定してくれるわんこのような存在。


(俺は珠美を……)


 俺が思い悩んでいるのを察したのか、藤倉の表情が沈んでゆく。


「あっ、せ、先輩、そうですよね。薄々分かってたんです。先輩の心の中にいるのは私じゃないって……」

「藤倉……」

「そ、そんな顔しないでくださいよ」

「ごめん」

「謝らないでください。先輩は悪くないのに」


 藤倉の目に、どんどん涙が溜まってゆき。その大粒の雫が白磁はくじのように綺麗な頬を伝って流れた。


「ううっ、うわぁ……先輩に振られちゃった……あああぁああぁ……ぐすっ、分かってたはずなのに」

「あの、藤倉……」


 突然、藤倉はビシィイイッと指を俺に突き付けた。


「先輩のばかぁ! アホぉ! 朴念仁ぼくねんじんの鈍感男ぉ! 絶対見返してやるぅ。逃がした魚は大きいって。わぁああああぁぁん! 珠美ちゃんと幸せになれってのよぉ。珠美ちゃんを泣かしたら許さないんだからぁ。でも先輩すきぃいいいぃ」


 怒るのか泣くのか祝うのか忙しい藤倉の肩を持って落ち着かせようとする。店内の客から注目されて恥ずかしいのだが。


「藤倉、ごめんな」

「だから謝るなぁアホぉ」

「ええっ、俺はどうすれば」

「そういうところが鈍感なのよぉ。わぁぁー」

「ごめん」

「だから謝るなぁ。でもやっぱり好きぃ」

「えええぇ」



 しばらく藤倉の肩を抱いていると、やっと泣き止んで笑顔を見せてくれた。


「落ち着いたか?」

「はい、すみません先輩。もう大丈夫です」

「し、心配だけど……あの……」

「ふふっ♡ 先輩ってチョロそうですよね」


 さっきまで泣いていたのに、小悪魔っぽい笑みを浮かべた藤倉が、上目遣いで俺を見る。


「お、おい」

「冗談です。でもダメですよ先輩。女子が泣いたら優しく肩を抱いたりして」


 サッ!


 俺は慌てて体を離した。


「これはだな……藤倉が心配で……」

「くすっ、やっぱり先輩って優しくてチョロそう」

「そりゃないだろ」

「まだ私にもチャンスがあるから押してみようかな?」

「待て待て待て」

「ふふっ、冗談です♡」


 冗談なのか本気なのか分からないが、藤倉の顔が妖艶で怖い。


(やっぱり女って怖い気がするぞ。俺のような経験値ゼロの男には、複雑な女心は難しいって)


 突然の告白イベントに翻弄ほんろうされながらも、何とか藤倉との関係を壊さないでいれたようだ。

 その証拠に、今も藤倉がふざけて俺に抱きつこうとしている。


「はぁ、先輩が誰かのものになっちゃうって思うと、何だか略奪愛したくなっちゃいます♡」

「勘弁してくれ」

「ふふっ♡ 冗談ですよ。珠美ちゃんの戸籍取得の件は、私も協力しますね」

「ああ、ありがとう」


 大きく手を振りながら藤倉は駅の改札に入って行った。


 彼女は完全に吹っ切れているようにも見えるが、何だか無理をしているような気もする。恋愛経験の無い俺にも、藤倉が勇気を出して告白し、俺に気を使って明るくしてくれているのは察していた。



「ふうっ、あの美人の藤倉が俺を……。待て待て、思い上がるな俺。モテ期が来たわけじゃないぞ。偶然だ偶然」


 自分に言い聞かせながら家路をたどる。

 途中で買い物をしようとスーパーの前まできたところでスマホに着信があった。


 ピロロロロ、ピロロロロ――


「あっ、高柳社長だ」


 面接の合否かと思い、俺は慌ててスマホを落としそうにしながら取った。


「はい、犬飼です」

「犬飼君、私だよ高柳だ」

「お世話になっております。先日はありがとうございました」


 挨拶を交わしながら、俺はスマホを右手で掴みなおし耳に当てる。


「そうそう、先日の面接の件だがね。早めに伝えた方が良いと思って私から電話したんだよ」

「はい」

「犬飼君、おめでとう。キミは真面目だし人間性も良い。仕事への取り組みも期待できそうだ。ぜひ採用したいのだが」


 高柳社長の話は、入社面接の合格通知だった。


「あ、ありがとうございます。頑張ります」

「よろしく頼むよ」

「はい」


 入社手続きの話をしてから、高柳社長は公園で助けられた件の話をする。


「ああ、それから、助けてもらったお礼で食事をご馳走したいんだ。銀座で行きつけの良い店を知っているんだ。あの時一緒だった女性も一緒にどうかね?」


 珠美と一緒に高級寿司を奢ってもらえることになった。安い回転寿司しか食べたことのない俺には未知の領域だ。


 入社と高級寿司が決まり、丁重にお礼を言ってから電話を切った。


 ピッ!


「やった! やったぞ! 何もかも失ってどん底だった俺が、珠美と出会ってから人生が好転してきたぞ!」


 両手を突き上げて喜んでから、周囲に人が多いのに気づき恥ずかしくなる。


「よ、よし、今日は奮発して豪華な食事にしようかな」


 スーパーでいつもより豪華な総菜と食材を買った。

 帰りに入ったコンビニで、珠美の好きな少女漫画の6巻が出ていたので、それも購入する。


 幼馴染との純愛を描く【幼馴染いちゃこら恋愛アンリミテッド】という漫画だ。


「ふふっ、珠美も喜ぶかな」


 俺は珠美の笑顔を思い浮かべながら家路をたどった。


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