第6話 わんこ女神降臨
「お嬢ちゃん、迷子なの?」
俺は女の子に声をかけた。なるべく不審者に見えないよう明るめに。
「うぇえええぇえっ……えぐっ、えぐっ……」
ギャン泣きしていたその子は、俺に話しかけられ少しだけ泣き止んだ。これで余計に泣かれたらどうしようかと思っていたところだが。
「お嬢ちゃんはママと一緒だったのかな?」
「うん……ママがいなくなっちゃった」
「じゃあ、お兄さんと一緒にママを探しに行こう。お巡りさんに聞いてみようか?」
「うん」
交番に向かおうと思ったが、ショッピングセンターの案内所の方が近いかもしれない。
女の子の手を引き歩き始めたところで、母親らしき女性と一緒に警察官が歩いて来るのが見えた。
「あああぁ!
その母親の第一声がそれである。
「は? ま、待ってください。俺は迷子の子を交番に連れて行こうとして……」
「いっやぁああああ! 私の娘から手を離して! 誘拐ですよ!」
母親は人の話を聞こうとしない。またまた厄介な人間に引っ掛かってしまう。
やはりこうなってしまったか。俺は昔から貧乏くじを引くことが多いのだ。
「ちょっと話を聞かせてもらえますか?」
母親と一緒にいた警官が俺の行く手を阻む。明らかに俺を疑っているようだ。
「話を聞いてください。俺は泣いていたこの子を迷子だと思って」
「ああ、そういうのは署で聞くから」
「だから何もしてないって言ってるのに」
「皆そう言うんだよね。はいはい、暴れるようなら公務執行妨害にするよ」
この警官も話を聞かないタイプのようだ。
世の中、ろくでもないヤツが多過ぎる。根拠や証拠を無視し、一方的に攻撃してくるのだ。しかも己の間違いを認めようとしない。
これでは冤罪事件も減らないはずだ。
(最悪だ……やっぱり貧乏くじかよ。そもそも俺は巨乳好きだっつーの! 子供には興味ないんですけど!)
心の中で巨乳好きを叫んでもしょうがない。
そんな最悪の状況の中、俺を味方する高らかな声が響き渡った。
「タケルはわるくないよ! いいひとだよ! そのこがないていたからたすけたの!」
珠美が俺と警官の間に割り込んできたのだ。きっと、俺が悪い人に連れ去られるとでも思ったのだろう。
「えっと、貴女は誰ですか? 目撃者?」
面倒くさそうな顔になった警官が、珠美の方を向き質問した。
「わたしみてたの。そのこ、ずっとないてた。だれもたすけてくれなかった。でも、タケルはたすけた。いいひと」
そこに、迷子だった女の子も助け船を出した。
「ホ、ホントなの。えぐっ、ぐすっ、ママがいなくなっちゃって。ひぐっ、ずっと泣いていたの。そのお兄ちゃんは、お巡りさんの所に連れて行ってくれるって言って……。ぐすっ」
本人が俺の潔白を証明したことで、形勢は一気に逆転した。喚いていた母親がバツの悪そうな顔をする。
警官も苦々しい顔で母親の方を向いた。
「お母さん、さっき貴女は連れ去られたって言いましたよね? もしかして、貴女が目を離して迷子になったんですか?」
「し、知らないわよ! そんなのどうでも良いでしょ! 私は悪くないから! 全部男が悪いのよ! 私の元旦那だって浮気したんだから! 私は悪くない! 全部男が悪いの! ほら、行くわよ
「ママぁ」
逆切れした母親は娘を連れてズンズン歩いて行ってしまった。その場に残された俺たちが途方に暮れる。
「えっと、協力ご苦労様です。では」
そう言って警官が去って行く。容疑は晴れたのだが
「おい、人を犯人扱いして謝罪も無しかよ……」
遠くて聞こえないだろうが、去って行く警官の背中に声をかけた。
「はぁあああぁ、助かった……」
「わふぅ」
ホッと胸を撫でおろすと、珠美が無邪気な顔で俺の腕にくっついた。
「行こうか珠美」
「うん」
俺が珠美の顔を見ると、無垢な笑顔で返してくれる。
「よかったね、タケル」
「ん?」
「おんなのこ、ママがみつかった」
「そ、そうだな……。女の子は助かったんだよな」
母親や警官の態度に腹が立っていたが、女の子が事故や事件に巻き込まれることなく助かったのだから良しとするか。
「俺も助かったよ。珠美のおかげだ」
「わふぅ、タマミえらい?」
「えらいえらい」
ナデナデナデ――
「わふぅ♡」
珠美の頭を撫でてやると、気持ち良さそうな顔をして抱きついてきた。本当に犬みたいだ。
(珠美には色々と教えられる気がするな。ギスギスと嫌な社会でも、人を思いやったり助けたりする心を忘れちゃいけないとか……)
「帰ろうか?」
「うん!」
こうして大問題になりそうだったトラブルは、珠美のおかげで回避された。まるで勝利の女神……いや、わんこ女神のようだ。
◆ ◇ ◆
部屋に戻った俺は、珠美の前にプレゼントの袋を置く。彼女たちが下着を選んでいる時に、こっそり買っておいたものだ。
「ほら珠美、プレゼントだぞ」
「わふっ、わふっ!」
嬉しそうな顔の珠美が袋を食い入るように見ている。
だが、俺が袋の中らか漢字ドリルを取り出すと、一気に顔がショボーンとなった。
「むふぅ……たべられない?」
「た、食べ物じゃないぞ」
「えー」
「でもほら、マンガだぞ。見て覚える漢字ドリルのマンガなんだ」
「わふっ?」
最初は興味を惹かなかったようだったが、中がマンガになっているのを知った珠美が本を手に取った。
「これ、おもしろい」
「良かったな」
「いせかいてんせい」
「最近の漢字ドリルは異世界ものなのか……」
(何にせよ興味を惹いてくれて良かった。カタコトだと苦労しそうだからな。これで読み書きができるようになってくれれば良いのだが)
「一、二、三、四、五、かずのかぞえかた」
「おっ、もう数字を覚えたのか。偉い偉い」
ナデナデナデナデ――
「わふぅ」
驚異のスピードで漢数字を覚えた珠美の頭を撫でる。
「大、中、小、山、川……」
「て、天才かっ! 覚えるの早過ぎだろ」
漢字ドリルのマンガを見ながら、珠美は次々と漢字を覚えてゆく。
「たまみ、てんさい?」
「頭が良いってことだぞ」
「きっと、てんせいスキルのせい」
「その設定はブレないんだな」
食い入るように漢字ドリルを覗き込む珠美を眺めながら、ふと俺は思い出していた。
(あの時のゴールデンレトリバーはどうなったんだろうか? あんな飼い主じゃなく、もっと優しい人に出会えてくれたら……。世の中にはペットを玩具感覚で買って、要らなくなったからと平気で飼育放棄するヤカラも存在するからな……)
ふと、珠美を見つめていると、あの時のゴールデンレトリバーと重なってしまう。
もしかしたら……あの時の犬が俺のもとに転生して会いに来たのではと。そんな非現実的なことまで考えてしまうのだ。
「ははっ、まさかな……」
俺は
「珠美、とりあえずここに居て良いけどな、いつまでも一緒には居られないんだ。やがては保護施設とかな――」
「いや! ずっとタケルといる。ほかにいくとこないよ。ごしゅじんさまのやくにたてるようにするから。ずっといっしょにいたい」
「珠美……」
珠美は、涙を浮かべた目で真っ直ぐ俺を見つめる。その姿が、本当にあのコンビニで出会った犬のように思えてしまう。
(どうしちまったんだ俺は……。彼女は犬じゃない。人間だ。それなのに、どうしても、あの犬と重ね合わせてしまう。ずっと一緒にいるなんて許されるはずもないのに……。でも……)
ぽふっ!
俺は珠美の頭に手を置いた。
「わかった……。珠美、いつまで居れるか分からないけど、ここに居て良いから。俺が何とかするよ。珠美が自分で決められるようになるまで、俺が何とかするから」
「わふぅ、ごしゅじんさま。タケルといっしょにいる。わたし、タケルといっしょにいたい」
ぎゅぅぅぅぅ~っ!
全身で喜びを表現するかのように珠美が抱きついてきた。
「ちょ、ちょっと苦しい。む、胸が……」
「わふっ、わふっ」
彼女が何処から来て何者なのかは分からないが、この先どうすれば心穏やかに暮らせるのかを俺は考え始めていた。
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