第7話 その頃、とあるブラック企業では(side咲那)
私、
犬飼先輩が退職してからというもの、社内は仕事が滞って混乱している。特に私の所属する課は最悪だ。
「こらっ!
今も粕田課長が社長の叱責を受けているところだ。
「プロジェクトが何も進んでいないではないか! 前は遅延こそあれ成果を出していたはずだが!」
「しゃ、社長、これはですね、犬飼が抜けで人員が足りないと申しますか……」
「それを回すのがキミの仕事だろ! キミは課長だよね。その歳でマネンジメント能力もないのか。キミを昇進させたのは間違いだったようだな。これじゃ降格も有り得るぞ」
「そそそ、そんな殺生なぁ」
いつもは怒声を出し威張り散らしている粕田課長が、これ以上ないくらい背中を丸めて平身低頭している。
部下にはパワハラしまくるのに、上司には媚びへつらう恥ずかしい人だ。
何かで読んだことがあるけど、部下にパワハラしたり店員に横柄な態度をとったりする人は、能力より無駄にプライドばかり高い人間が多いらしいのです。
まさに粕田課長そのものですよね。
犬飼先輩の話題が出た側から、デスクの方では業務管理システムが不具合を起こしトラブルになってしまいました。
「あの、先日あったウイルス感染の影響で、社内システムに異常が出てしまっているのですが。何とか直りませんかね?」
「このシステムを組んだのって犬飼だったよな。管理もあいつがやってたし、彼がいないと何もできないぞ」
中堅社員同士が顔を見合わせて溜め息をついています。
(そうですよ! 犬飼先輩は凄いんです。そ、そりゃ、ちょっと真面目で堅物で冴えない感じもするけど……。能ある鷹は爪を隠すという言うように、黙々と仕事をしているように見えて、実は縁の下の力持ちで皆を支えていたのですから)
先輩が聞いたら『冴えないは余計だ』とツッコまれそうですが、私からしたら、あの人畜無害そうな雰囲気も好印象なのですから問題ないのです。
「おい、粕田君! 社内システムが使えないとはどういうことだね!」
社長が粕田課長に詰め寄る。
「えぇ……あの……いやぁ……先日、ウイルスとやらに感染しまして、パソコンが使えない状態なのですよ。変なメールのフォルダ……だっけ、を開いたら画面がガーって」
「ばっ、馬鹿もん! パソコンが使えないのなら体を動かさんか! そして早く修理するなり専門家を呼ぶなりせんか! この役立たずが!」
「うへぇ、も、申し訳……」
もう粕田課長の顔が赤くなったり青くなったりと変調をきたしている。彼のプライドはズタズタだろう。
部下にパワハラやセクハラをする問題上司なので、誰も心配はしないだろうが。
ここで私は決定的な一言を発することにした。実は私も転職活動をしているのだ。このブラック企業から逃げる前に、どうしても言いたいことが有るのです。
「社長、この会社の社内システムを作ったのは犬飼さんですよ。業務の効率化を利益に換算すると計り知れません。これと同等のもの外注したり保守管理してもらったら、莫大な資金が必要になります。彼を辞めさせてしまったのは間違いでしたね」
「なっ、何だと! それを早く言わんか! おい、粕田! キミはいつも『犬飼は役に立たん若造だ』と言ってたじゃないか! 一体どういうことだね! あれは嘘だったのか!」
社長の追求が更に激しくなる。もう粕田課長は汗ビッショリでヘコヘコするばかりだ。
「ひっ、ひーはっ、そ、それはですね。嘘と言いますか言葉の綾と言いますか……。ほら、よく言うじゃありませんか。部下は叩いて潰せ……じゃなかった、叩いて伸ばせって。わ、私は彼を鍛える為にですね、あえてダメだと……」
「ダメなのはキミだろうがぁあああ! 彼が有能だと知ってたら辞めさせなかったんだ! キミのせいで我が社の利益が大幅に下がっているのだからね! もうキミはボーナスカットだ! 決定だよ決定!」
「そ、そんな……ああああ……」
社長お得意のボーナスカットで、粕田課長が床に崩れ落ちた。ワンマン独裁社長なので、指先一つで社員のボーナスカットなのだ。
「全くけしからん! これじゃ高級クラブに飲みに行く回数を減らさなきゃならんだろが」
社長の方といえば、何やら問題発言をしながら部屋を出て行った。
社員の交際費は出し渋るのに、自身の高級クラブや愛人へのお手当を会社の経費から出させるのは横領ではなからろうか。
社長が去り粕田課長が生気の抜けた顔になっている中、社員たちが犬飼先輩の話をしている。
「やっぱり犬飼が抜けたのは大きいな」
「ああ、あいつは陰で調整してくれたり、上手く段取りしてくれてたからな」
「有能なのが辞めて……残ったのがあの無能課長だとヤバくないか?」
「俺たちも次を考えていた方が良いかもな」
(そうです! 犬飼先輩は凄いんです!)
同僚や先輩たちも転職を考えているようです。このまま辞める社員が多いと、更に会社の業務に支障をきたすでしょう。
今はSNSなどで簡単にブラック企業の情報は出回ってしまう。ここの社長のように、辞めても新卒を補充すれば良いという考えは通らなくなるのですよ。
(ああっ、こんな前近代的なブラック企業で唯一、私の心の癒しだった犬飼先輩……。あなたが辞めてしまったら、もうこんな掃き溜めに用は無いですよね)
掃き溜めとは酷い言いようだけど、粕田課長のセクハラを受けた身としては言いたくもなる。
まさに掃き溜めに鶴。私が鶴なのはおこがましいかもしれないけど。
そんな、
(せ、せせせ、先輩……。あんな可愛い子と一緒の部屋とか……。ままま、まさか、あぁあんなコトや、こぉおおぉんなコトを? いやいやいや、それは無い。先輩ってドーテぇ……貞操観念堅そうだし)
ご
こうして女の戦いは幕を切ったのです。
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